姉に相談(紗英視点)

 巻き添え食らったよ。

 いやさ、巻き添えと言っていいのかどうか悩むけど。

 サーシャちゃんとデートっていうのは悪い気はしないし、深く考えるのはやめとこ。


 まあ、ね。

 サーシャちゃん、いかにもこうスラブ系の美女っていう外見だからさ。

 当然ながら大学内の人気も高いんだけど、つかみどころのない性格のせいか、誰とでも仲良くやってるわけじゃないし。


 ──さて、どうしようかな。


 そんな感じで、今日のバイトは少しだけうわのそらだった。

 九時を迎えて、帰宅する前に店の裏でエプロンを脱いだら。


「あ、あの、お姉ちゃんに相談が……」


 小百合ちゃんからおどおどした態度で相談を持ち掛けられた。


 この子、本当にかわいい。睦月がデレデレになるのもわかるなあ。

 なんとなくだけど、睦月の初恋相手、香織ちゃんに雰囲気とか似ているしね。


「どうかしたの?」


 ボクに年下属性はないけど、お姉ちゃんとして頼られたら力になってあげないと。


「あ、あの、実は次の次の日曜日、お兄ちゃんとデートすることになりまして……」


「……へえ」


 小百合ちゃんの言葉で察した。

 どうやら睦月は、小百合ちゃんをなだめるために、デートの約束をしたみたいだね。


「そっか。なら、小百合ちゃんもデートの日はおしゃれしないと」


「そ、そうなんです。相談というのがまさにそのことで……」


「……ああ、そっか」


 睦月から話は聞いてる。

 小百合ちゃん、お母さんと二人きりの生活で、決して裕福とは言えなかったと。

 おしゃれするよりも、生きることで精いっぱいだったんじゃないかなとは思ってた。


 こんなにかわいいのにね。


 さて、どうしようかな。

 ボクのお古とかでよければ、たくさん服は余ってるんだけど。

 睦月とのデートにボクのお古を譲るなんて失礼だよね。


 ならば、頼りにする相手は決まりだ。


「あのさ、小百合ちゃん」


「なんでしょう?」


「金曜日に、ボクの母親が一か月ぶりに家に帰ってくるんだ。ボクの母はレディースファッションブランドのオーナーでね、デート用の服ならプレゼントできると思う」


「えっ……でも、わたし、お金、持ってません……」


「何言ってるの。以前下着を買いに行ったとき、睦月がボクに『小百合ちゃんの服を見繕う手伝いをしてほしい』って頼んできたの、聞いてるでしょ?」


「あっ……」


「アレはこういう意味なんだよ。もちろんお金なんて妹から巻き上げる気もないし、お姉ちゃんからのプレゼントと思って、遠慮なく受け取ってもらえると嬉しいな」


 小百合ちゃんが目を輝かせている。

 それでも申し訳なさも一緒に顔に出しているのが、奥ゆかしくていいね。

 ホント、ボクも姉バカになっちゃいそう。


「だから、悪いんだけど金曜日はウチに来てもらえる?」


「……あ、ありがとう、ございます……」


 ペコリと小百合ちゃんが頭を下げた。気にしないで、と声をかけてから続ける。


「小百合ちゃんなら、何を着ても似合う気がするね。まあ任せてよ、睦月が思わず惚れ直すくらいかわいいコーディネートをしてあげるから」


「お、お願いしましゅ!!!」


 興奮してるせいか気合が入ってるせいかはわからないけど、噛んじゃってるね。

 クスクス笑いながら、ボクも妹がほしかったなあ、なんて昔愚痴ってたことを思い出したよ。


「そ、それとですね。もう一つお聞きしたいことが」


「うん?」


 ボクが笑うのをやめると、小百合ちゃんが突然真剣になった。

 なんだろうと思って身構えると。


「あ、あの……デートの時は、女子のたしなみとして、勝負下着なるものを身に着けると聞いたことがあるのですが」


 すぐにひざから力が抜けた。

 思わず転びそうになるのをこらえ、咳ばらいをひとつ。


「……そんな無駄知識、誰から聞いたの?」


「お、お母さんが常日頃から……」


 いたいけな中学二年生になんてこと吹き込んでるんだろうあの人。

 小百合ちゃんのお母さん……恵理さん、だっけ? あの人ちょっと苦手だからボクから注意とかはできないけどさあ。

 先に娘に教えなければならないことたくさんあるでしょうに。


 …………


 なんというか、米子さんに近い部分を感じる。

 恵理さんとは距離を置いたほうがいいのかも。


「あのね、小百合ちゃん。睦月は兄、小百合ちゃんは妹。兄妹が仲良くなるためのデートで、勝負下着は必要ないの。わかるよね?」


「え、で、でも、万が一お兄ちゃんに服を脱がされるような状況になったら」


「睦月がもしそんなことしたら、ボクは殴ってでも止めるよ?」


「え、ええ……しょぼーん……」


「なんでそんなに落ち込んでるのかなあ!?」


 結局、小百合ちゃんも恵理さんの娘ってこと?

 これは、妹が間違った暴走しないように、姉のボクが目を光らせないと。


「……小百合ちゃん」


「は、はい?」


「これから、なにかわからない事や悩み事があったら、絶対にひとりで抱え込まずにボクに相談してね」


「……え?」


「お兄ちゃんに相談しづらいこともあるだろうし、妹の悩みを解決するのはお姉ちゃんの役目だから。ね、約束して?」


 念押しで、危なっかしい妹の目の前にそっと小指を差し出すと。

 その意味を少しだけ考えてから、小百合ちゃんもそっと小指を絡めてくれた。


「約束します! お姉ちゃんに相談するって!」


「うん、ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら」


「はーりせんぼん、のーます♪」


「「ゆーびきった!」」


 契約完了。

 手のかかる妹ほどかわいいに違いないね、これは。


「じゃあ、金曜日。睦月には詳細は内緒でね。待ってるよ」


「はい!」


「母さんも小百合ちゃんに会いたがってたし、なんなら泊まっていってもいいからね?」


 こんなかわいい妹を睦月だけに占有されるのは悔しいもん。たまには姉にも甘やかされるといいよ。

 というわけでお泊まりのご提案。


「……本当ですか? なら、お許しいただいてきます」


「うん。お許し出るといいね。金曜日、楽しみにしてる」


「えへへ、わたしも楽しみです……もし泊まれるなら、お姉ちゃんと一緒にお風呂入って、一緒に寝ながらいろんなお話したいなあ……」


「いやそれはちょっと」

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