デートの約束

「……あ、あのな、小百合」


「……」


 ねえちょっと待って。

 なんで黒いもやが小百合の中に取り込まれてるの? なにこれ穢れ? こんなにはっきり見えるの?

 ヤバい、これは必死に言い訳しなければならないところだ。ゼッタイに。


「デートとかそんなたいそうなもんじゃ……そ、そう、デートじゃないんだ、ただ暇つぶしに連れてかれるだけで」


「……」


 必死に言い訳しても、小百合のきれいな瞳がさらに濁ってきている。

 神よ、これ以上どう言い訳すればいいんでしょうか? 分かんねえよこんな事態への対処、新米兄にはさ。


 カラン。

 その時、扉が開いた。ついでに黒歴史が動いた。


「おー、繁盛してるじゃーん! あ、宮沢っちとサーシャ、やほ。ところで宮沢っちー、今度の週末のデートのことだけど」


「ば、バカ! 胡桃沢、なに錯乱してるんだ!」


「……はい?」


 錯乱しているのは俺だ。

 まさかのタイミングで胡桃沢登場。『デート』という単語に、小百合以上にナーバスになっている俺がいる。


「何言ってるのー、今更キャンセルは受け付けないからね?」


 ああ頼む胡桃沢、空気読め。


 「……う、うううっ!」


 それを聞いた小百合が、うめき声をあげながらダッシュで立ち去ってしまった。


「あっ」

「うわ!?」


 ドン!

 着替えを終えて店へやってきた紗英とぶつかるも、小百合は止まらない。

 紗英はそんな小百合の様子を訝しんだ。


「……どうしたのかな、小百合ちゃん? なにか悲しそうだったけど……」


「悪い、紗英、フォロー頼む」


「えっ?」


 ここで追いかけねば兄の沽券にかかわるってな。

 待て、小百合!



 ―・―・―・―・―・―・―



 残念ながら、小百合の行きそうな場所は限られている。

 具体的に言うと自分の部屋だ。


 というわけで、小百合の部屋のドアをノック。


 コンコンコン。


「……おーい、小百合?」


 コンコンコン。

 返事はない。だが気配はする。


 しゃーない、兄の特権を利用して、部屋へ侵入しよう。

 ノブを回したら、カギはかかっていなかったので。


 部屋の中を見渡すと。

 隅っこのほうで、体育座りでいじけたような小百合が目に入った。

 こんなふうにいじけさせたりしないと誓ったのにな。情けない兄ですまん。


「あ、あのな、小百合」


「……わかってます」


「ほへ?」


「この前大学にお邪魔して、わかってるんです。お兄ちゃんには、お似合いの女性がまわりにたくさんいるって」


「……そんな女性、いるか?」


 言い訳より前に否定が出るってどうなの。

 俺の周りにいる魅力的な女性……小百合よりも、か?


 ナイナイ。

 思わず顔の前で手を左右に振っちゃったじゃないか。


 しかし、それでもネガティブ小百合砲は止まらず。


「だから、お兄ちゃんがデートするのは当然なんです。わたしよりもふさわしい……」


「こーら」


 あきれつつ、俺は小百合のほっぺたをつまんだ。

 ふにょん、という擬音がよく似合う柔らかさである。


「は、はにゃ!?」


「そんなふうに自分を卑下されると、かわいい妹を持つ兄として悲しくなるからやめなさい。それに、少なくとも俺にやましい心はない。というかデートなんてたいそうなもんじゃない」


「……」


 本音である。

 そんなことよりも今の俺は、小百合とどうやってもっと仲良くなろうか、という悩みでいっぱいいっぱいなわけで。


 …………


「そうだ!」


「ひぅ!?」


「小百合、もし予定が何もないならば、来週の週末にでもお兄ちゃんとデートしないか?」


「……ふぇ?」


 ほっぺたをぷにぷにされたまま何かをしゃべろうという小百合がおもしろかわいいのだが。

 さすがにこのままだとかわいそうなので、つまんだ手を離してから小百合に提案。


 なんで今まで思いつかなかったのだろう。

 そうだよそうだよソースだよ。小百合とデートすれば兄妹さらに仲良くなれるうえに、小百合の楽しそうな笑顔を見て俺も幸せになれるじゃん。


 …………


 ま、まあ、小百合が笑顔を見せてくれるような楽しいデートにしないとならないんだけどさ。


「な? 兄妹仲良く、水入らずで。どうだ?」


「……」


「小百合の行きたいところ、どこへでもつきあうからさ」


「……本当、ですか?」


 おお、食いついてくれた。これ以上、小百合に泣いててほしくないし。

 それにしても妹による上目遣いの破壊力、ぱないの。

 ちょっとドキドキするな。


「本当ですよお姫様。姫のためなら、なんでもどこへでもお望みのままに」


 妹相手にドキッとした照れ隠しとばかりに、少し気障なセリフを言ってみる兄。


「……どこへでも?」


「お兄ちゃん嘘つかない。よし、じゃあさ、どこでデートしたいか、来週までに考えておいて」


 さっきまで小百合のほっぺをつねっていた手を、今度は小百合の頭にのせて。

 ナデナデしながらそういうと、小百合が無言でこくんと頷く。


 今度から、定期的に小百合と兄妹デートするなんてのも、いいかもしれない。そう思った。


「お兄ちゃんと行きたいところが多すぎて、どこに行くか決めるのが大変そうです……」


 はにかんだ小百合の笑顔、何とか復活。

 ここでようやくホッとした。今までで最大の危機だったように思う。

 サーシャ許すまじ。


 …………


 ところでさ。

 今さら気づいた。俺、ちゃんとしたデートって、まともに経験したことないんだけど。


 ……大丈夫かな。




────────────────────────



いろいろありまして長期休養ごめんなさい。

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