フロイライン、再開

 大学が終わり紗英とともに帰宅すると。

 当然のように今日から営業再開している喫茶店が確認できた。


「あ、結構混んでるね」


「まあ久しぶりの営業だから、常連さんたちが来てくれたんだろう」


 こういっちゃなんだが、いちおう学生街の喫茶店であるのと、とある理由で大学内の喫茶店がつぶれてしまっているせいで、フロイラインは学生を中心に結構人気がある。

 中をのぞくと客がカウンターにも数名。恵理さんは初めての接客らしく、割とあたふたしているさまが遠目からにもわか……


「……ん?」


 紗英も俺と一緒にウィンドウから中の様子を確認している。

 その恵理さんの傍らで、ちんまりした女の子がテーブルを拭いているのだが……


「……小百合? なんで働いてるんだ?」


「あ、ほんとだ。中学校にまだ行ってないの?」


「あ、ああ、転校手続きも済んだし、明日から通えるはずなんだが……」


 思わず裏からではなく、店の入り口から喫茶店へ乱入してしまう。


「いらっしゃいま……なんだ、睦月。裏から入ってきなさいよ」


 おふくろからのごあいさつ。

 それを無視して、俺は小百合のほうへつかつかと歩いて向かった。


「あ、お兄ちゃん、おかえりなさい」


「あ、ああ、ただいま。というかなんで、小百合が喫茶店に?」


「え、ええと、することがなかったので、喫茶店を手伝わせてもらえないかなとお願いして……」


 小百合が愛想笑いみたいな笑顔でそう言う。

 間髪入れずにおふくろがフォローしてきた。


「小百合ちゃん、すごく働いてくれるのよ。おかげで助かったわー、恵理よりも洗い物やお掃除の手際がいいし」


「え、えへへ……」


 おふくろの言葉に照れ、身につけている青のエプロンをつまみながらもじもじする小百合がカワイイ。

 これ、小百合目当てで喫茶店に通う常連も出てくるんじゃないか、なんて心配してしまうくらいだ。


「ちょっと久美? アタシも必死になって頑張ってるんだけど、ちょっとはねぎらうそぶりくらい見せなさいよ?」


「うっさいわね、きょうだけでお冷やのグラス三つも破壊してて、先が思いやられるわよ恵理のほうは。アンタには早く慣れてもらわなきゃならないんだから、無駄口叩いてないで働きなさい」


「アタシは褒められて伸びる人間なんだってば!」


「ああそう、じゃあ破壊した備品の分は恵理の給料から引いといてあげるわ。これ以上給料が引かれないように頑張ってね、期待してるわよ」


 おおお、おふくろが久しぶりに女王様モードになっておる。恵理さんが反論できん。

 俺は腕をまくるそぶりをして、気持ちを切り替えた。


「……まあ、久しぶりに営業したせいか、忙しいみたいだしね。どれ、俺も働くとするか。じゃあ紗英もいつも通りよろしく」


「うん、じゃあ着替えてくるね」


 紗英が裏へ引っ込んだ後に、小百合の頭をポンポンと叩いて、ねぎらうことも忘れない。


「ありがとうな小百合、助かったよ」


「い、いいえ、そんなに大したことはしてません。それに……なんだか、こんな雰囲気がすごくいいなあって、わたしのほうが楽しくなっちゃって……」


「……楽しい?」


「は、はい! なにかこう、みんなで協力し合ってなにかをする楽しさ、っていうか……」


 ああなるほど。

 なんとなく分かった、小百合はおそらく、一つのことをみんなでやり遂げる文化祭のような達成感を味わっているんだな。


「……それが家族ってものだよ。喫茶店も生活も、みんなで助け合う。それが当たり前なんだ」


 家族というものが増えて、生活も百八十度変わって。

 戸惑うこともあっただろうが、小百合が心からそう言ってくれていることは、素直に兄として嬉しい。


「は、はい! これからもお手伝いさせてください!」


「無理しない程度に、よろしくね。小百合に助けてもらえるなら、俺も嬉しいから。あ、ただ自分のことをおろそかにしないようにね?」


 小百合をなでつつ、俺は感謝の意を表した。


「もちろんです! え、えへへ……嬉しいなあ、わたしがみんなの役に立てるなんて……」


「……」


 小百合にとっても、自分が必要とされることは嬉しいんだな。

 うん、これからも喫茶店を手伝ってもらうことにしようか。


 なんて兄バカ全開モードでいると。


「……ムツキ。だらしない顔してる」


 白い肌とうなじがギリギリ隠れる長さのさびれたブロンドを持つ、どう見ても日本人ではない青い瞳の女性から、流暢りゅうちょうな日本語でそうツッコまれ、少しだけ焦った。


「……サーシャ? きてたのか?」


「来てたのかとはひどくない? そんなにイモウトのことしか見てなかったの?」


「そうだ」


 この女性は、学部は違うが万葉大学に通う同じ二年で、出身がロシアだかウクライナだか忘れたが、確かフルネームがアレクサンドラ・マルチェンコだったように記憶している。あいまいだが。

 というのも普通に『サーシャ』と愛称でしか呼んでないので、覚えてないだけ。


「はぁ……そりゃ、マサゴも焦れるわけよね……」


「うっせえな。なんで胡桃沢の話がそこで出てくる」


 サーシャと知り合ったのはサークルだ。最近俺は顔を出してすらいないが、軽音楽部である。

 ちなみに紗英も胡桃沢もいちおう同じ幽霊サークル員なのだが、ロクに顔を出してもいないくせに、胡桃沢はサーシャとなぜか仲がいい。

 俺はといえば、このヘタな日本人より日本語ペラペラな外人女性、というあたりに少し違和感を持っていて最初は苦手だったのだが。


「マサゴもあとで来るわよ。なんでもマサゴと動物公園デートの約束したんだって?」


「げっ」


 今は違う意味でこいつが苦手だ。


「……お兄ちゃん? デートって……?」


 こんちくしょう。なんでわざわざ小百合の前でそんなこと暴露するんだよ。

 そういうとこだぞサーシャ。

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