割り込み、します
「じゃあ、大学終わったらバイトに行くからね」
「すまないな、いつも」
紗英と大学へ行く途中、会話。
ちなみに紗英はフロイラインで働くことについて特に何か面接とかしたわけではなく。
なんとなく近所なので高校時代から手伝ってくれてて、気がついたら看板男の娘になっていたといういい加減さである。
紗英の存在は、近所で知らない人はいないのだが。
フロイラインは万葉大学生もよく来る喫茶店だったので、大学内でも紗英のことが評判になり、そのせいでミス万葉大コンテストも有利だったらしい。
もちろん近所に住んでいる面々は紗英が男だとも知っている。関係ない客だとどう見てもわからないとしても。判断材料は胸くらいか。
おかげで大学内で紗英が男だと知れ渡ったときは大騒ぎだったが、逆に熱烈な紗英ファンも増えたりして。
『もうこれわかんないね』
ミス万葉大に選ばれた後の、紗英のコメントがこれである。
あ、紗英がミス万葉大に選ばれてから、俺に注がれる視線もやたらと増えたことは記しておく。なんせいつも紗英と行動を共にしていたわけだ、大学内で。
…………
俺に彼女ができないのは、ほとんどが紗英のせいかもしれない。今気づいた。
ま、紗英を彼女にするのはどう頑張っても来世以降の出来事なわけだけど、俺にとって大事な親友であることは間違いないわけだから、気にすることはないのか。
…………
というか待てよ。
女装していても好みがノーマルということは知っているけど、今まで紗英に彼女ができたことはないはず。
「なあ、紗英」
「ん?」
「紗英ってさ、今までに彼女できたことあるのか?」
「……睦月、知ってるでしょ」
しまった、紗英の機嫌を損ねてしまった。
「な、なんでだろうな。紗英なら間違いなくモテるはずなのに」
フォローフォロー。
俺がそう言いつつ紗英の肩を叩くと、後ろから声がかかる。
「あ、宮沢っちに坪井っち、おはよー! 相変わらず朝からラブラブだよねー!」
「おおっと、胡桃沢か。おはよう」
「あ、真砂ちゃん。おはよう」
胡桃沢真砂、登場。
こいつ見た目が派手な癖に、講義は一切サボらないんだよな。真面目なやつめ。
「なになにー? なんだか朝から禁断の恋愛っぽい雰囲気をふりまいてー?」
「ああ、いや、紗英に彼女がいないっていうのが不思議だよな、って話をしてた」
「は? そんなの、ふたりが恋人同士だと思われてるからに決まってるじゃん! バカなの? 死ぬの?」
胡桃沢が辛辣。
「ああん? 紗英は女装こそしてるけど好みはノーマルだし、なんで俺と恋人同士にならなきゃならない?」
「あのねー、いっとくけど
「……」
「しかもスキンシップも激しいしー、真砂もたまに『実はこいつら付き合ってるんじゃね?』って思うことよくあるよ?」
マジか。そしてやっぱりか。
「いやでも紗英が男だっていうのは、もう大学内でも知れ渡ってるはずだろ?」
「うーん、そうかもしんないけど、真砂のサークルでも『たとえ坪井っちが男とわかっていても、あの二人には割り込める気がしない』ってみんな言ってるしねー」
「んなばかな」
「真砂だって必死に割り込もうとしてるのに、いっつも坪井っちに隣かっさらわれるしー?」
「……む、睦月と一緒にいるのがよくないのかぁ……」
説明を受け、紗英が落ち込んでいる。
うむぅ、そう言われてみれば、紗英って幼なじみで物心ついた時からよく遊んでて、一緒にいて家族並みに楽で心地いいやつではあるんだけど。
「……まさかの証言。紗英、すまない。まさかそんなイメージがついてるとは思わなんだ。紗英に彼女ができるまで距離を置いたほうがいいのか?」
「う、ううん、べつに彼女がどうしても欲しいってわけじゃないし、睦月が気にすることじゃないよ」
「まあ確かに小中高大一緒、家も近所だからなあ。いまさら紗英と一緒にいない方が何か変というかなんというか」
「そうだね。別にいやいや一緒なわけじゃないから」
「……あっれー? 真砂もアピってるのに、無視ですかー?」
「ん? どうかしたか胡桃沢?」
そこで胡桃沢にわき腹を叩かれた。
「いてぇ!」
「まったくー、宮沢っちはそのにぶいとこ何とかしないと彼女できないよ? 相手してくれるのなんて、真砂をはじめとした化学科の女子だけじゃん!」
「ほっとけ。というか、化学科の女子は相手してくれてるんじゃなくて、からかってるだけだろ。この前の米子フィーバーみたいに」
「……あ、あはは……」
俺の言葉に紗英が愛想笑いを返してくれた。わけわからん。
「宮沢っちはちょっと天然記念物レベルで鈍感すぎでしょ? そんなだと、妹ちゃんにも愛想つかされるよ?」
「それは困る」
「そこだけ即答なんだね、睦月……」
当然だ。
小百合に嫌われたら、俺は樹海をさまようレベルで落ち込むかもしれない自覚はある。
「うん、ならその鈍感を治そうよ! というわけでー……」
なにやらそこで胡桃沢が一枚のパンフレットを鞄から出し、俺に渡してくる。
思わず反射的に受け取ってしまった。どうも俺って、ティッシュ配りとかついもらっちゃうんだよな。
「なんだこれは」
「宮沢っちは、今度の週末、真砂と万葉市動物公園へ行って、レッサーパンダと女心を勉強しましょー! あ、断る権利はないからね」
「はぁ!?」
唐突な強制に、俺はハトになった。ちなみに動物公園にハトはいない。
要は、胡桃沢からデートのお誘い……ってこと?
「はは、真砂ちゃん、ついに焦れてきたんだね……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます