妹ダシ

 疲れた。

 みょーにつかれた。


 化学科の面々はおろか、サークルの連中やサーシャすらも俺を挑発……いやからかってくる始末である。米子さんを口封じするため探したが、残念ながら遭遇することはなかった。

 もうこれ、米子さんを黙らせるだけじゃおさまらないんじゃないか? だいいち米子さんの胸なんか、たか〇し〇秋さんレベルでエロいよりもエンタメ向けだろ。


 ……米子死すべし、慈悲はない。


 よし、いつか復讐してやろう。

 そう心に決め帰宅すると、すでに晩飯の時間になっていた。


「……あ、お兄ちゃん、おかえりなさい」


「睦月君お帰り。遅かったわね」


「ああ、小百合に恵理さん、ただいま」


 小百合と恵理さんが玄関のほうへとちょろっと顔を出す。

 なんとなく挨拶も普通の家族っぽくなってきたと思う今日この頃。


「あら睦月、お帰り。ちょうどご飯準備ができたわよ。手を洗ってきなさい」


「お、おう……」


「あ、あと明日から喫茶店営業開始するからね」


「また突然だねおふくろ!? ここで言うこと?」


「それをご飯の時に説明するつもりだったのよ」


 食事しながら大事な話をするというのも落ち着かないだけじゃないのかな、とは思っても言わなかった。


 …………


 ん?

 そこでふとテーブルに目を向けると、やたらとたくさんの料理が並んでいる。


「……なにこれ」


「あ、今日の晩御飯は試食会も兼ねてるからね。店で新メニューを作ろうかな、って思ってて」


「……なるほど」


 新メニュー候補ってわけか。一連のおふくろの発言に納得したよ。

 よく見れば、以前小百合にごちそうになった梅茶漬けパスタみたいなものも並んでいる。


「恵理の協力を得て考案したメニューだから、まだ改善の余地はあると思うわよ」


「ということは、実際食べてみて意見を出し合うのが目的か」


「そういうこと。じゃ、食べましょう」


 おふくろの一声で、料理を手伝っていたであろう恵理さんと小百合もダイニングテーブルへ着席。

 最後に俺も小百合の右隣りに座り、並べられた皿に乗る料理を眺めてみる。


「……なんか、見た目的にけっこうシンプルなもの、多くない?」


「喫茶店で出す軽食ということで、誰でも作れるようなものばかりだからね。付け合わせを工夫すれば彩も出るでしょうから、それは睦月の役目で」


「へいへい」


 コンビーフ山盛りのピラフ……いやチャーハンだな、これ。

 梅茶漬けパスタは細切り海苔などでデコレーションされてて、コレはすぐにでも提供できそうではある。

 かた焼きそばに大量のあんかけもやし……サンマーかた焼きそば、もどきか?

 あとこれは……なんでクッパがここにある、みたいな赤い茶漬けらしきもの。これは飲み屋じゃないと出したら許されないと思う。


 ……これ、新メニューというより、B級グルメ大会みたいなもんじゃないか? パスタ以外はまず採用できねえぞ。


 ま、いいか。お腹がすいていることは確かだ。こだわるのは食べ終わってからでいい。


「じゃあ、食べてみる。スプーンは?」


「あ、はい、ここにあります」


「すまん小百合、取ってくれ」


 何の気なしに、隣の小百合へお願いをすると。


「え、ええと、んしょ、んしょ……は、はい、どうぞ」


 ピシーーン。

 ……その時、空気が凍った。


 小百合が。

 必死に自分のシャツの胸元を開け。

 あらわになった胸の谷間にスプーンを挟み。

 俺のほうへ、媚びるようにそれを向けてきたからだ。


「……」


 手を伸ばしかけた俺も、絶句する石像と化し。

 小百合だけが頬を赤らめ、兄である俺に上目遣いで。


「……あ、あの? お兄ちゃん、取ってくれないんですか?」


 そうおねだりしてくるのが、端から見ればシュールに映るかもしれない。


 スプーンのつぼの部分が谷間に埋まっているのが不快なのか、小百合は早くとってほしそうにしているのだが、取れるわけがないだろ兄として。


 ぺしーん。


 ここで救世主現る。恵理さんが石化から解けてすぐに、近くに置いてあった新聞紙を丸めて小百合の頭を叩いた。


「はにゃっ!」


 小百合が胸の間に挟んでいたスプーンを、恵理さんが引っこ抜いた。


「小百合! アンタにゃまだ早い、その色仕掛けはぁ!!」


「え、え、ええ?」


「そんな誘惑は、あたしくらいのグラマーになってからやりなさい!」


「ゆうわく……? 兄妹間のスキンシップ、じゃなくて、ですか?」


 ぺしーん。

 またもや恵理さんが小百合を丸めた新聞紙で叩き、引っこ抜いたスプーンを俺の前に置く。


「……まったく、この子は。はい、睦月君、ごめんなさいね」


「あ、ああ……どうも」


 なぜ恵理さんは、そのスプーンを俺に渡すのだろう。


 そして少しだけ気まずくなったような食卓の空気だが。


「……ま、まあ、気を取り直して。じゃあ、試食会始めましょ!」


 おふくろの仕切りでやり直すこととなりました、はい。


 …………


 俺もなんで新しいスプーンを使わなかったのか、自分でもわからないけど。

 その時試食した新メニュー候補の味はもっとわからなかった。


 ──何を食べても、小百合味。


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