最後の中学校、行きます

「あれ、睦月。どうしたの……って、小百合ちゃん?」


 小百合を自宅まで届けると、さっそくおふくろに声をかけられた。


「ああ、小百合が大学に紛れ込んでた。俺と紗英のあとをつけてきたみたい」


「あらら……朝から姿が見えないと思ったら。そんなに睦月と離れたくなかったのかしらね」


「……」


 兄として慕われてるのだろうか、俺は。

 でもさ、ならばお兄ちゃんにも「大好きです!」くらい返してくれてもいいんじゃないかと思うんだけどね。紗英に嫉妬。


「いやさ、まあそれはともかくとしても。このまま小百合を中学校にも通わせずに家に置くのもなんか違うんじゃないの?」


 とりあえず小百合をソファーに寝かしつつ、おふくろに言うべきことを言う。

 暇を持て余すうえに、心細く一人で家にいるようじゃ、また大学についてこないとも限らない。小百合も中学校へ通うようになれば、こんな心配は無くなるだろう。


「ああ、そうそう。小百合ちゃんの転入手続きもしなくちゃね。そういえば、小百合ちゃんが前いた中学校から、在学証明書ができたから取りに来てくれって言われてたんだけど」


「マジか」


「でも、いまちょっと手が離せないのよね。買い物に行った恵理を待たなくちゃいけないし。睦月、悪いんだけど時間に余裕があるなら、取ってきてくれない?」


「俺が?」


「難しいかな?」


 いやまあ、二コマ三コマと空いてはいるから、取りに行けないことはないんだけどね。三駅先くらいの距離なら。


 じゃあ地図で位置を……と、スマホを手にしたら。


「……ん……んん?」


「お、目覚めたか、小百合?」


「んん……あっ!!!」


 小百合が目覚めると同時に顔を染め、俺は苦笑い。


「あ、あああ、あああああ! お、お兄ちゃん、どうしてわたしがここに!?」


「おちつけ小百合、いきなり倒れたから運んだんだ。心配したぞ。どこか悪いのか?」


「あああああいえいえいえいえ決して具合が悪いとかじゃなくてでも気分はいいですけどでもあの」


「……? まあいいや、具合が悪いんじゃないなら安心した。まあ、ゆっくり身体を……」


「も、もう大丈夫です!」


 ぴょん、と気恥ずかしそうに小百合がソファーから飛び起きる。無茶するなよ、兄は心配だぞ。


「……あら? 小百合ちゃん、もう平気なの?」


「はい! ごめんなさい、めいわく……」


「なんかじゃないわよ。他人行儀やめましょ。家族なんだから」


 おふくろが様子を見に来たついでにそう小百合をたしなめた。


「……はい。えへへ……」


 うん、これでいい。小百合には早く家族という実感を持ってもらわなければ困る。


「あ、じゃあさ、小百合ちゃんの具合が悪くないなら、中学校まで付き合ってもらえば? 道案内してもらえるでしょ」


「……なるほど。小百合、転校のための書類を取りに小百合が通ってた中学校まで行かなきゃならないんだが、付き合ってもらえるか?」


「あ、はい……あ、あの、でも、その前にシャワー浴びてもいいですか?」


「ああ構わないが。しかしなんでシャワーを?」


「……」


 コツン。

 小百合が黙ってしまったその時、おふくろから頭を小突かれた。


「いてっ」


「こーら睦月。あんたって本当にデリカシーないわね。だから大学生にもなって彼女ができないのよ」


「ほっといてくれないか」


 紗英には女心がわからない扱いされ、おふくろにはデリカシー皆無な扱いされ。

 俺ってそんなにダメ人間か? 



 ―・―・―・―・―・―・―



「ああ、どうしましょう……下着が、ありません……」


「あら……それは困ったわね。この際、恵理の下着を借りたら? サイズは大丈夫でしょう」


「は、はい……」


 シャワーを浴びた後の小百合とおふくろの会話が生々しい。この前買った下着だけでは、マメに洗濯しないと駄目なようだ。もう少し取りそろえる必要あるな。


 ま、また紗英にお願いするか。


「お、お待たせしました……」


 つまらん思考にふけっていると、やがて制服に着替えた小百合があらわれた。


「うん、じゃあいこうか。悪いけど案内たのむね」


「はい……」


 それでは、あまり乗り気ではない中学校へゴー。



 ―・―・―・―・―・―・―



 あ――――――――っという間に、小百合が通う中学校の前まで来た。


 が。


「……どうした、小百合?」


 なぜか、小百合が中へ入りたがらない。


「……」


 そこで小百合が見せるおびえたような顔で、何となく察した。

 小百合はいじめられていたのだし、しばらく来ていなかったせいもあり、余計に中学校に入りにくいだろう。


「じゃあ、ここで待ってるか? どうせ書類をもらってくるだけだから」


 そう俺が優しく言うと、小百合はあからさまにほっとした顔をする。


「お願いしていいですか……?」


「うん、じゃあマッハで済ませてくるから、このあたりで待ってて」


 俺は小百合を中学校の正門のところで待たせ、用を済ませてくることにした。


 ………………


 …………


 ……


 おふくろが事前に電話連絡をしてくれたせいか、小百合と名字が違っても学生証を見せてなんとか事なきを得る。

 担任教師に会ったら、小百合に対するいじめをなくせなかったことを糾弾したいところだったが、残念ながら顔を合わせることはなかった。


 ま、いいけどね。小百合にとっていい記憶が残っていないこんな学校のことなんて。どうせこれから幸せな記憶が上書きされて忘れ去られることだし。


「小百合ー、戻ったぞ……ん?」


 戻ってきた俺が、待ってるはずの小百合に声かけしようと校門のほうを見ると──どこかでも見たことのある男子学生に小百合が絡まれてるシーンが目に入った。


 あれは、たしか──前住んでいたアパートの大家さんの息子?

 名前は持地、とか言ってたか。


「ふざっけんなよ! 挨拶くらいしてけよ、この貧乏人! 恩知らず!」


「……あ、あの……」


「あれだけ、みんなに世話になっておきながら、逃げるのかよ!」


 おおう、なにやら激昂している。よほど小百合が転校することを受け入れたくないのだろうか。


「はいそこまで、ストップだ持地君」


「な!? お、おまえは?」


「目上の人間におまえ呼ばわりはよくないな。どのような教育を受けてたのか、ご両親も白い目で見られるぞ?」


 身長差は武器だ。持地君の頭を押さえつけるようにして威圧。成人舐めんな。


「小百合が好きなら、意地悪しないで優しくしてあげればよかったんだ。なのに持地君は優しくするどころか、いじめをしていたんだろ? それは許されないし、俺も許さない」


「ち、ちがう、おれは……」


 俺が登場したことで、小百合がホッとした表情を見せ、持地君は狼狽えるだけ。

 中学校に誰も味方はいなかったのかな、小百合の。そうだとしたらこんなところ、火を点けてやりたいくらいだ。


「ま、もうキミともお別れだ。これを機にイジメなんてやめること。さ、行こうか小百合」


「は、はい!」


 ガキ相手に本気出しても大人げない。ここはさっさと立ち去るが最善の策だ。

 小百合を三歩先に進ませ、俺がその斜め後ろから振り返り、嫌味を吐く。


「じゃあな、もう会うことはないだろうけど、まじめに生きろよ持地君。小百合にちょっかい出すならば、俺が阻止するからな」


「くっ……」


 持地君が顔を真っ赤にしている。

 が、そのあと。


「……ああああぁぁぁぁ! 待てってんだよ!」


 何を錯乱したか、小百合に突進し、虚をつかれた俺を尻目に。


「きゃっ!?」


 持地君が小百合のスカートを、後ろからおもいきりめくりあげた!

 小百合のお尻がモロに……


 モロに……


 ……


 なんで黒のTバックなんか穿いてんだよ、小百合いいいぃぃぃ! しかもけっこうえぐいやつぅぅぅ! 中学校のダサい制服には似つかわしくないアダルトなもの!

 お兄ちゃんが知らないうちにビッチになっちゃったのか妹よ!?


 ……いや待て、出てくる前のやり取りを思い出せ。


 あれは小百合が借りた恵理さんの下着に違いない。

 うん、深呼吸。


 ……あかん、小百合の白いお尻が、脳裏に焼き付いている……このままでは、兄失格になってしまう。ごめん、カッコつけたのに阻止できなかったよ、小百合へのちょっかいを。


「ど、どうしたんですかお兄ちゃん、頭を激しく振って」


「……いや、いま俺の脳内では、ブルー〇ーツが流れまくっててな……それよりだ」


「は、はい?」


「なんであんなおパンツをチョイスしたんだ!? 恵理さんのものでも、もっとマシなおパンツがあっただろう!?」


「え、あ、あの、タンスの一番手前にあったので……」


「ちゃんと見て選びなさい!」


「え、でも、今までもよく借りて穿いてますし……」


「Oh……」


 なんてこったパンツ。

 小百合は中学生にしてTバックに抵抗のない人種だったのかパンツ。あと恵理さんあとで説教パンツ。


 ……だめだこりゃ。俺も壊れてるっぽい。


「……とにかく、小百合。こんどまた下着を買うお金を渡すから、ちゃんとした中学生らしい下着を必要なだけ買いなさい。そうしないと……」


 刺激が強すぎたせいなのか、赤くなって悶えながら倒れている持地君を指さし、俺は言った。


「こんなように、世の男どもを、刺激してしまうからね?」


 あ、持地君が鼻血出してる。興奮して出たの? それとも倒れた時鼻を打ったの?


「は、はい」


 小百合はコクコクと頷いた。意味をわかってるのか不安もあるが、素直な小百合はきっと俺のお願いを聞いてくれるはず。


「よろしい、じゃあ行こう」


 持地少年など、ほっとく。小百合のTバックをタダで見た罪は重いぞ。

 手当てどころか拳を当てたいわ。


 もうスカートをめくられないように、俺は小百合の真後ろにピタッとくっつき、肩を押さえながら中学校を去った。


 …………


 転校した後、ここの中学校で小百合がビッチ扱いされたら、やだなあ。

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