借金は身体で返せ

 あの後大学へと戻り。

 するべきことをすべて終え、紗英と帰路につく。


「そういえばさ、睦月。いつから喫茶店フロイラインは営業するの?」


「ああ、そのあたりは決めてないな……早いとこ営業再開したいもんだけどさ」


「まあ、決まったら早く知らせてね。予定立てる必要あるから」


「おけ。あとさ、今度から紗英の時給少し上げるから」


 前にも言ったかもしれないが。

 紗英はフロイラインの看板男の娘だ。


「え? 別にいいのに」


「いやな、ほら、米子さんが……」


「ん? むっちゃん、アタシのこと呼んだ?」


「のわっ!?」


 突然天災あらわる。

 なんつーか、噂をすればシャドウ。本当に米子さんの恐ろしさはそこである。


「あれー? いつもはパンツ穿いてないのに、今日はパンツ穿いてるんだね、紗英ちゃん」


「デカい声で周囲から誤解されそうな発言するのやめろ米子。せめてスカート穿いてないと言え」


「あああ、むっちゃん、もっと呼び捨てにしてー!!」


 紗英は米子さんに対してイマイチ弱い。なので俺がだいたい紗英の代わりに糾弾する役目を負う。

 というわけで、あいさつ代わりに頭をはたこうとしたら、米子さんはスッとよけ紗英の前へ瞬間移動した。これだから無駄に察しのいいバカは手に負えない。


「あ、そうだ紗英ちゃん、はい、借りてたお金返すね!」


「え……米子さんが借りた金を返すなんて……どんな天変地異の前触れなんだ。紗英、気をつけろ。何か対価を要求してくるぞ」


「むっちゃんはアタシを何だと思ってるのよー! 借りていたお金を返すのは人として常識でしょー!?」


 人間災害が常識を語るとは片腹痛いわ、常識学んでから言え。


「いやさ、米子さん。万年金欠でヒィヒィ言ってる人が、突然金返すって言って来たらふつうは警戒するでしょ? どうやって用意したんです、強盗でもしました?」


「むっちゃん、ひどい言いようだよね。そんなわけないでしょ、出会い系サイトに登録してちょっとだけオジサンと……」


「今までさんざん両親を泣かせてきたのにさらに泣かせるような真似しちゃダメでしょうが!!!」


「じょーだんですはい。実は競馬で一山当てて」


「入学金使い込んだ愚かな過去を全く反省してないんですね」


「えええ、どこかの文豪も言ってたじゃない? 『ギャンブルは、使ってはいけない金に手をつけてからが本当の勝負だ』って」


「九十九里浜に浮かびたくなければやめましょうね」


 頭痛が痛い。米子さんと話してると思わず日本語が変になるくらいだ。


「とにかく、はい! 紗英ちゃん」


 米子さんは紗英の手を取りお金を握らせる。


 ……………


 札束じゃなくて、小銭なんだけどさ。五百円一枚。


「あの、米子さん……? 一桁、足りないんですけど……?」


 紗英が困惑しながらそういうと、米子さんは舌を出しながら笑ってごまかす方法を選んできた。


「いやさー、競馬で当てたはいいけど、全額返しちゃうとアタシが生活苦しくなっちゃうからー、手付けということで」


「……」


 殴りたい、この笑顔。

 基本女性に優しい俺だが、手を出したくなるのは、米子さん以外にいない。


「……米子さん、まだお金持ってるんですよね? 財布の中に隠してます?」


「ふふふー、胸の谷間よ? どう、触れる? ここの財布取れる? むっちゃーん?」


 おそらくまだ金を持っているんだろうと、カマかけてみたら。

 米子さんは着ていたカットソーの首周りを指に引っ掛け、持っていた財布をそこに挟み、挑発してきた。


「取れないよね? 取れるわけないよねー? 取ったら変態さんになっちゃうもんねー?」


 うわうっぜえ。

 なんだこれ、取り立てさせないつもりか?

 紗英が取るなら違和感ないけど、いちおう中身は立派な男だしな。


 …………


 ま、別に米子さん相手ならいいか。


「取っていいんですね?」


「……へ?」


「……睦月?」


 簒奪さんだつ宣言を聞いて、同時にぽかんとする米子さんと紗英を気にせず。

 俺は米子さんの首から服の中に手を突っ込んだ。


「ちょ!? ちょ、ちょ!? ちょちょちょ!?」


「睦月!?」


 真っ赤になって慌てる米子さん。傍らで焦る紗英。

 だが俺は挑発されてあきらめるような男ではない。残念でしたね、米子さん。

 自分の読みの甘さを後悔してください。


 ひょい。


「……ひい、ふう、みい。なんだ、紗英の借金完済には少し足りないかな……ま、いいか。ほら、紗英」


「う、うん……」


 米子さんから奪った金を渡されても、紗英は複雑な表情のまま。

 ま、いいや。気にしないで、カラになった財布を持ち主に返そう。


「ひゃっ!?」


「はい、元の場所に返しましたよ。ちょっと足りないけど、残りもちゃんと紗英に返してくださいね米子さん。じゃあ帰ろう、紗英」


「う、うん……」


「……」


 赤くなって呆然と立ち尽くす米子さんをほっといたまま、正門を出ると。

 遅れて、紗英が追いかけてくる。


「……全く、睦月は。誰かに見られてたら、また話のネタになるよ……」


「良いだろ、米子さん相手だし」


「……はあ」


 紗英のために取り立てしたのに、その紗英にため息つかれるのは納得いかないけど。

 ま、借金は取り立て完了した。めでたし、めでたし。



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