月は出ていないけど綺麗ですね
小百合強襲の今日。休講掲示板を見たら見事に二コマ目はなかった。
教授も連休明けはきついのだろうか。まあ、外部から呼んでる講師の場合は仕方ないのかもしれない。
というわけで。
小百合含め、一コマ目の講義に出ていたメンバー全員で
「へー! 小百合ちゃんって、中学二年生なんだー!」
「は、はい」
「いっちばん楽しいころよねー! 真砂も中二のころから目覚めたんだよー!」
六人掛けのテーブルで、なぜか胡桃沢がやたらと向かい合った小百合に話しかけている。
胡桃沢の隣には、クールなのか仏頂面なのかわからないミステリアスな平野さん。別に誘ったわけではないのだが、なぜ一緒に来てくれるのかも謎。
「……中二で何に目覚めたの、真砂ちゃんは? 右手が疼くような力が目覚めたとか?」
俺の隣には小百合、その隣に紗英。
「ふっふっふー、真砂が最初に男子と付き合ったのがー、中二の時なの! そして初体け」
「おいやめろ胡桃沢。おまえのビッチ履歴なんて聞きたくもないし小百合に悪影響だ」
「あ、あの……」
見ろ、小百合がとまどっている。もしも小百合がビッチ化したら、胡桃沢のせいだからな。
「ねー、小百合ちゃんはカレシとかいないのー? すっごくかわいいし、モテモテじゃない?」
「い、いえ、いませんけど」
「えー! もったいないよー! カレシって、とっても気持ちいいんだよー?」
「……キモチイイ……?」
胡桃沢には自粛の二文字はないのか。
「紗英、頼んだ」
「うん」
ぼかっ。
紗英が躊躇なく、持っていたバッグで胡桃沢の頭を叩く。
「あぎゃっ!」
「おまえは何をしたいんだ。純情可憐な小百合をカオスの世界に引きずり込むな」
「えー! 誰しもが通る道でしょー?」
懲りずに口ごたえする胡桃沢だが、そこへ小百合の反撃がやってきた。
「あ、あの……みなさん、キレイな方ばっかりですけど……彼氏とかはいるんですか?」
ひゅー。
ヤバい、平野さんから何やら冷たい風が吹いてきた。春なのに。
ダメだよ小百合、胡桃沢じゃなくて平野さんを攻撃しちゃ。
「あっははー、真砂は今はいないよー! もうなんていうか、チャラい男には飽き飽きしちゃったからねー」
「……」
「あ、平野っちはー、真砂も知らないけどー」
「……」
クイッ。
そこで眼鏡をクイッと動かし、顔を赤らめながらなぜかこっちを見てくる平野さん。
「……そうだね、平野さんも美人だから、言い寄ってくる男の一人や二人いてもおかしくないか」
フォローの意味も込め、素直に思ったことを口に出したら。
「睦月、あんまり他人の恋愛事情にツッコまない方がいいと思うよ?」
俺の肩に手を乗せ、苦笑いする紗英にたしなめられた。
気のせいか平野さんは、ますます顔を真っ赤にしてて。
「あ、ご、ごめん平野さん。俺が無神経だった」
「……別に……」
どうやら怒ってないようで一安心。しかしちょっと気まずい。
「あは、でもさ小百合ちゃん、告られたことくらいはあるでしょー?」
今回の話題そらしはナイスだ胡桃沢。こういう時だけは役に立つ。
「い、いいえ……わたしは目立たない子でしたし、誰からも……」
「うっそだー!? 真砂がもし小百合ちゃんの同級生で男子だったら、絶対告ってるよー?」
「わ、わたし、誰からも愛されない人間でしたから……」
そんな言葉が信じられないかのように、小百合はさみしく笑うだけ。
おいいぃ。
葬儀場で、誰にも見られないようにひとりさみしく膝を抱えている小百合の姿を思い出しちゃったぞ。
…………
もう小百合があんな気持ちにならないように。
俺は小百合に優しくするんじゃなかったか。さあ今だ慰めろ。いや何を言えばいい。
などと優柔不断に悩んでいた時、紗英が隣から小百合の頭に手のひらを乗せて、優しい目で見つめながら小百合にはっきりと言った。
「そんなことないよ。ボクは小百合ちゃんを愛してる」
その時の小百合は大きく目を見開いて、うれしさを表現してたように思う。
「おおっと、坪井っちさすが人たらしだね」
「お、おおう……紗英きゅんの愛が……てぇてぇな空間……」
「……」
胡桃沢も永井も平野さんも、なにやらあたたかい視線を紗英と小百合に注いでいる。
「う、れしい、です。お姉ちゃんにそう言ってもらえて……」
感動しすぎたのか反応は遅れたが、ちょっと泣きそうになりながらも笑顔を咲かせる小百合。心の中は、本気で喜んでいることがまるわかりだ。
「いやー、お姉ちゃんってところに違和感がないのがすごいねー!」
相変わらず胡桃沢はちゃちゃしか入れないが、小百合の耳には届いてなさそう。
紗英は紗英で、小百合の言葉が本心だと理解しているようで。
「だから、小百合ちゃんもボクのことを愛してくれると嬉しいな?」
「もちろんです! わたしもお姉ちゃんが大好きです!」
あ、このやりとりに永井が浄化されたようだ。髪の毛が真っ白になってる。あとで髪色戻しを買ってやるか、仕方ない。
…………
なんかもやもやするな。これってなんだろう。
小百合が紗英を『大好きです』と言ったあたりから。
…………
ああ、そうか。
俺も言われたいだけだ、小百合に。大好きですって。
兄としての嫉妬。
というわけで、俺は紗英が撫でている小百合の頭に割り込むように自分の手を乗せ。
「ひゃう!?」
少し驚いてこちらを向いた小百合を真剣に見つめながら、はっきりきっぱり言った。
「……小百合、俺も愛してるぞ」
ピキーン。
「…………」
あれ?
小百合がなぜか固まってる。気のせいかまわりの空気も凍りついた感が半端ない。
「…………」
えええ。
なんで小百合は何も言ってくれないの。お兄ちゃん悲しくなっちゃうよ。紗英以下だなんて。
──と思ったら。
ボンッ! と音が聞こえるかのように、瞬時に小百合の顔が真っ赤に染まって。
「あ、あああああ、あああああああああ! はうぅぅぅぅ……ばたんきゅ」
力の抜けたタコのように、小百合がへなへなになって倒れ込んだ。
「お、おい、小百合!?」
「あちゃー……睦月?」
紗英がやっちまったなー、みたいな目で俺を責め立てる。
なによそれ。俺は何も悪いことしてないぞ。どうしたってんだいったい。
「あらら……『愛してますゲーム』は、小百合ちゃんの負けだね。ウィナー、宮沢っち!」
「き、禁断の兄妹愛……これはこれで尊みが……」
「……ふっ、コドモね」
そしてまわりもまわりで無責任。
突然具合悪くなったのかな。これはいかん、すぐさま看病しないと。
「小百合! しっかりしろ! どこか具合が悪くなったのか!?」
「ふしゅううううぅぅぅぅ……」
湯気が立ってる。額に手を当てるとめっちゃ熱い。これは……
「すごい熱だ! 待ってろ小百合、今すぐ医療センターへ……」
「睦月落ち着いて。大丈夫だと思うよ」
「いや、しかし……」
紗英をはじめ、みんな心配無用とばかりに慌てていなかったが、薄情すぎないか?
俺だけは見捨てないぞ小百合、大事な大事な妹だから。
──というわけで。
くてっとした小百合が心配なので、結局そこで小百合を抱えて自宅まで戻った。
…………
それにしても、小百合、軽かったなあ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます