睦月がモテない理由

「米子さんはもう……はあ、本当に利子付けようかなあ……」


 自宅からマッハでフロイラインへやってきたのに遭遇できず、紗英は残念そうだった。


「それがいい、米子さんは甘やかすとつけあがるタイプだからな。しかし、なんだって紗英は米子さんに金を貸したんだ?」


「え、だって……フロイラインでコーヒー飲むお金すらないって、顔の前で両手を組まれてウルウルしながらお願いされたから……」


「……」


 紗英のバイト代を少し上げてあげよう。

 というか、コーヒー飲むために借金するってどうなの。


「すまんな」


「へっ? 睦月が謝るようなことなにかした?」


 おおう、紗英マジ天使。いや間接的に俺が悪いような気がして謝るべきだと思っただけなんだけど。


「いや……まあ、なんかいろいろお願いして疲れてただろうし、休んでたところくだらない用事で呼んで申し訳ない気持ちになった」


「なーんだ。疲れてるのは睦月も一緒でしょ。べつにボクは気にしてないよ」


 そう言ってから、紗英は小百合のほうを向いた。


「小百合ちゃんは、どう? 睦月とはうまく暮らしていけそう?」


「はい!」


「おっ、即答いいね。ボクもここでバイトしてるし、しょっちゅう宮沢家にはお邪魔すると思うけど、あらためてよろしくね」


「そうだな紗英。お姉ちゃんとしてしっかり思春期の小百合の面倒を見てほしい」


「ボクにできることなら」


「えへへ……」


 思わぬ流れで、再度きょうだい三人集結。


「あ、そうだ」


 そこで紗英が、何かを思い出したように声をあげた。


「ねえ睦月、これからこの街で暮らすことになるんだし、小百合ちゃんに街の案内をしてあげたらどう?」


「あ」


 このあたりは万葉大学の近くなので、大学生が多く商店街などもいろいろ活気がある。

 小百合が転校する中学校も近くにあるし、紗英の言う通り、最低限の案内はしとくべきだろう。


「確かにそうだな。よし、じゃあ小百合、よければ街の案内がてら、デートでもしないか?」


「! は、ははははいもちろんいきます!」


「紗英も来るよな?」


「いいよー」


 よし、では少しだけ徘徊してきますかね。


 ……小百合の顔が真っ赤になってるのはなぜだ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 俺の両脇に紗英と小百合。

 そんな並びで歩きだす。


「おー、むっちゃん。仲良くデートかい?」


「あ、どうも。葬式ではいろいろお世話になりました。たぶん推測通りです」


「は、はわわ……わたしカノジョと思われちゃってる……」


 商店街に出ると、さっそく三件隣の焼き肉屋『仙苑せんえん』の店主、向井勇雄むかいいさおさんに挨拶された。父の友人であり、俺は向井のオヤジさんと呼んでいる。三軒隣なのにむかいとはこれいかに。


 ま、このオヤジさんも葬儀に出てもらったし、葬儀場での顛末も知られているわけで、すべてを語らなくても小百合が隣にいる事情を察してくれたみたいだ。

 小百合をチラッと見ると、さっきよりさらに顔の赤みが増している。


「相変わらず仲いいなあ。はたから見れば親子の散歩だ、ガハハ……って、その子は」


「……へっ?」


「ん、どうした小百合?」


「……いいえ、なんでも……しょぼーん」


「??」


 小百合がうって変わって、塩をかけられた青菜みたいにしおれた。


 そのときガシッと紗英から肘打ちが。


「睦月は本当に女心がわかってないね」


 紗英に言われたくない一言、第一位の言葉である。


「勇雄おじさん、デートはデートですけど、今日は小百合ちゃんと睦月のデートですよ。ボクはお邪魔虫です」


「……ああ、そうか。そいつはすまんかったな、ガハハ!」


 向井のオヤジさん、笑い方が下品なのだけが難点か。

 とはいえ、ようやく理解。俺はその場で小百合の手を握り。


「ひゃっ!?」


 つないだ手を見せるように前に出した。


「はい、今日は小百合に街を案内してあげようと思って」


「あ、ああああああの」


 兄妹仲良く。それを確認した向かいのオヤジさんが、また下品な笑い声を大きく上げた。


「そうかそうか。哲郎の代わりに大事にしてやりなよ、むっちゃん」


「もちろんです。大事にしたいひとですから、言われなくても」


「は、はうう……」


 キュッ。

 小百合が、少しだけ力を強くこめて、手を握り返してくれるさまが愛おしい。


「おーおー、のろけられたね。しっかし、哲郎も本当に女にだらしねえなあ」


「……それに関してはおっしゃる通りです」


「まあそれが可能なくらいの色男だったからな、哲郎アイツは。滅せよ」


「もう滅してますけど」


「あ、そうだったなガハハ。こりゃ失礼した。哲郎は袖にした女の恨みを集めすぎて寿命が縮んだんじゃねえのか?」


「ははは……」


 俺は乾いた笑いで濁す。否定できねえ。


 さすが向井のオヤジさん、遠慮ないわ。

 恵理さんや小百合からも、恨まれてたかもしれないしね。


「ま、過ぎちまったことは仕方ねえやな。むっちゃんにも哲郎の血が流れてるけど、アイツを反面教師にして同じような真似はするんじゃねえぞ」


 俺の心に少しだけ響く、オヤジさんの言葉。


 おふくろ曰く。

 俺の見た目は、若いころのオヤジにそっくりらしい。


 しかし、内面までもがオヤジとそっくりだとしたら。

 俺も大事な人をいつか裏切るような真似をしちゃうんだろうか。


 そう考えて、俺は思わずその場で横にいる二人を見てしまった。


 ──うん、言い切れる。


「俺は、大事な人を裏切るような真似は、絶対にしません」


 オヤジはある意味。

 おふくろを裏切って浮気をして。

 恵理さんも裏切って、苦しい生活を強いて。

 自分勝手なまま、ひとりだけ先にあの世に逝った。


 …………


 こんな状況で修羅場にならないのが逆に不思議なんだけど。

 それでも、うまく収まっている今、余計な波風を立てる必要はない。


「……はぅぁ……」


 目があった小百合は、心ここにあらずという感じで、ボーっとしている。


「ガハハハハハ! 結構結構、俺はこれ以上デートの邪魔をしないように退場するわ。じゃあ、紗英ちゃんに、小百合ちゃん……も、またな」


「あ、どうも」


「じゃあね、勇雄おじさん」


「は、はい!」


 俺たち三人の返事を確認するよりも早く背中を向けたオヤジさんが、軽く右手を挙げて店の中に消えていった。


 そしてそれから。


「あ、あの!」


「ん、どうした、小百合?」


「デ、デートですから、しばらく手をつないだままで、いいですよね?」


「……ああ、もちろん。エスコートさせてください、お姫様シンデレラ


「は、はうぅぅ……」


 妹からのお願いを聞いてあげる。優しい兄、自画自賛。

 小百合の頭上から湯気がたってる気がするけど……気のせいかな。

 

 さて、気を取り直して。

 この商店街はいいところだから、丁寧に案内してやろう。


「じゃ、街案内スタートだ。行こうか」


「は、はい! えへへ……」


 商店街の人たちに自慢するように、俺と小百合はしっかりと手をつないで前へ進んだ。

 小百合はスキップするように浮かれて歩いている。


 兄妹でつないだ手が、キズナみたいに感じられて。

 少しだけ照れくさい気持ちは、口に出さないで胸の奥にしまっておこう。



 一方、紗英は。


「睦月、前言撤回するね。いつか刺されないように気を付けて」


「唐突に物騒なこと言わないでくれ、紗英。だいいち刺されるほど俺には女っ気ないから」


「うーん……本当、なんで睦月に彼女がいないんだろう。この街の七不思議のひとつだよねえ……」


 何やらぶつぶつ言いながら、俺たちの後をつかず離れずでついてきたが。


 ──そんなの、俺が知りたい。誰か教えてくれ。

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