後輩で先輩

 小百合にお茶をごちそうして。

 そのまま俺と小百合は店内にとどまっていた。まどろみタイム。


 しかし、平和というものは一発のミサイルであっけなく終わってしまうものである。


 コンコンコン、どころじゃなく。


 ドン! ドン! ドン!


 突然、全面ガラスでできた店のドアを力いっぱい叩く音があたりに響いた。

 営業してないのに。『CLOSED』の札がかかってるのに。


 ──まさか。


 瞬時に相手を悟った俺は、脂汗を額に浮かべながら、見ないふりをしてやり過ごす選択をした。

 無駄なんだろうけどせめて抵抗はしたい。


 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!


『あーけーてーくーだーさーいー!』


 やめろ粘るな、俺は気づいてない。早く諦めてどこかへ行け。


「お、お兄ちゃん……あの、いいんですか? あと、汗がすごいですけど具合でも……」


「大丈夫だ小百合。俺には何も聞こえない、聞こえないったら聞こえない」


 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!


『むーしーしーなーいーでー!』


「ドアが壊れそうですけど……」


「天災で壊れたら保険降りるかな……」


 ドン! カッ! ドンドドンカッドンドンカカッドドドン!


「ドアで太鼓の鉄人始めちゃいましたけど……?」


「だー!!! なんで太鼓バチ持ってんだよ! どこのゲーセンから盗んできたんだ!」


 根負け。このままだとドアをぶち破られそうだ。

 仕方なく休業中の札がかかったドアをしぶしぶ開けると、天災はパチンコ屋開店時になだれ込む客のごとく、猛ダッシュで中に入り込んできた。


「なに意地悪してるのぉ! たまたま前を通りかかって窓を覗いてみたらセンパイを見かけたから久しぶりにお話ししたいなーと思って呼んだのに無視しないでよぉ……」


「何しに来たんですか」


俺は呆れつつもカウンターへと戻る。

塩対応はデフォルトだ、この人間災害ディザスター相手には。


「だからー、センパイとお話を」


「しましたよね今。満足してくれました? お帰りはあちらです」


「そんなー、久しぶりだからってそんなに感情を隠さなくていいのよー? さあ後輩の胸に飛び込んで」


「ついでに首絞めていいですか?」


「やだ……センパイったら、最中に首絞めるのは好きなのね。そんなことしなくてもアタシは締めてあげるってばー」


 すぱこーん。


 俺は小百合の前にあったメニューを奪い取り、突然乱入してきたサイドテールの女の頭を全力五歩手前くらいの力で殴った。


「いたいー! 脳細胞壊れた! 責任取って結婚してー!」


「それ以上馬鹿になることはないですから安心してください」


「……だ、誰ですか……?」


 おっと、こんな会話ことをしてる場合じゃない。見ろ、小百合が呆れてる。

 小百合にバカがうつると困るんだが……まあ、フロイラインウチの店の常連でもあるし、指名手配しょうかいはしとかないとダメか。


「すまないなうるさくして。小百合、このバ……この女性は水上米子みずかみよねこさん。高校時代の先輩で、喫茶店の常連」


「米子って呼ぶのやめてよセンパイ! アタシには早苗さなえっていう立派な名前があるんだから―!」


「うっさいです。まあもし遭遇したら無視を決め込むのがおすすめだぞ、小百合」


「……」


 小百合は混乱している。

 それも当然だ。この話を読んでる人も多分同じだろう。


 というわけで軽く説明しよう。

 この右に寄せたサイドテールがウザい女子の戸籍上の名前は、水上早苗みずかみさなえ。ただしあだ名はおばあさん、もしくは米子よねこ


 そして、俺の高校時代の一つ上の先輩。だが、今は大学の後輩である。


 ──これでどういう人物かお分かりだろう。


 ちなみに俺と紗英も通う万葉大学は、このあたりでは割と上位のほうの大学なのだが。

 米子後輩がたとえ三浪したとはいえ合格できたのが、この街七不思議のひとつに数えられるくらい不可解な出来事なのである。


 噂では教授に対し枕営業をしたとか、バレない完ぺきなカンニング方法を編み出したとか、その不可解な出来事が半ば都市伝説のように語られるのが大草原レベル。


 あと『おばあさん』というあだ名がついた理由は、単に三浪したからだ。

 もしこれが二浪なら『おばさん』もしくは『おかあさん』というあだ名になってたことは想像に難くない。

 そこから連想ゲームで、『早苗』+『おばあさん』=『米子』というあだ名も生まれた。全国の米子さん、ごめんなさい。


 さらについでに。

 俺と紗英は仲良く一浪している。


 以上、解説終わり。


「……というわけだ。だから、お互いセンパイと呼び合うのも間違いじゃないんだよ」


「は、はい……」


 小百合はまだ情報の整理ができてないみたいだが。


「まあ、とにかくだ。関わり合いにならない方がいい。これだけは断言する」


「は、はい……」


 こんな危険物と小百合を係わらせたら、教育上悪影響が出ることうけあいだ。

 兄としてはストップかける以外選択肢なかろうよ。


「ちょっとセンパイ! ヒトを産業廃棄物みたいに言わないでよ!」


「いいじゃないですか先輩。まだその程度で済んでて」


「ところで、この子、だれ?」


 なにこの話の飛び方。というか今さら何言ってんの米子さん。その疑問はもっと早くに浮かばせましょうよ、シナプス切れてる頭に。


「ああ、妹の小百合です。というよりですね、互いにセンパイセンパイ連呼すると小百合が混乱するから、いいかげんやめませんか?」


「は? 妹? むっちゃんの?」


「そうです」


 どういう関係かは、説明してもおそらく理解してもらえないだろうから省略。


「え? アタシの記憶が確かなら、むっちゃんに妹なんていなかったよね? どこからユーカイしてきたの、こんなかわいい子」


 小百合をジロジロ見ておびえさせないでくださいませんか。ちょっと失礼して、間に割って入りますよ。


「ずいぶんユカイなこといってくれますね、米子さん。中学時代に俺を誘拐未遂してこっぴどく怒られたこと覚えてます?」


「アタシは未来に生きる! 過去は振り返らない!」


「あ、そうですか」


 米子さんの記憶は当てになりません。Q.E.D.


 ──じゃあ遠慮なく、未来に膨らむ利子を取り立てましょう。


 ということで、俺はその場で紗英に電話をかけた。


「ああ、紗英。話して大丈夫か? 実はいま米子さんがフロイラインにいるんだが、確か紗英は金を貸してたよな? 今なら取り立てできるぞ。ついでに利子も奪うといい、当然の権利だ」


 通話終了。


「紗英はマッハでこちらへ向かうそうです。じゃあ米子さんも年貢の納め時……」


「……お、お兄ちゃん。あの方、マッハ超えで退場していきましたけど……」


「ファッ!?」


 気が付けば、目の前には米子さんの髪の毛一本すら残っていない。やられた。


 小百合はもう呆れすらも通り越してるように見える。まあ、ああいう人だから。

 これで懲りたとは思うが、これから米子さんと付き合うとなるとこの程度じゃすまないからな、今後は安全な距離をとるんだぞ。


 ……しかし。

 何しに来たんだろうね、米子さんあのひと


「きっと、登場人物紹介のためですね」


「小百合、メタはやめなさい。お兄ちゃんとの約束だ」

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