初七日が終わったら

「初七日が終わったら、小百合の転入手続きしないとならないわね」


「いや恵理さんそれは初七日前にやりましょうよ」


 相変わらず恵理さんが破天荒。初七日前に平日もあるんだから、手続きは早い方がいいと思うんだけどなあ。書類とか発行してもらわないとならないんだろうし。

 ま、くわしくは転入手続きのやり方とかわかんないけどね。他に必要なものとか。


「恵理、転入先は紅町くれないちょう中学校でいいのよね。ところで前の学校にあいさつしなくていいの?」


 「ああ、いーのいーの。あそこの中学、クラスメイトもクソなら先生もクソ、PTAなんかモンペの集まりだから」


「そういう問題じゃないでしょ……まったく」


 おふくろと恵理さんの会話を苦笑いして聞いている俺。

 こういうとなんだが、恵理さんってすべてに対していいかげんというかなんというか。周りが苦労させられるタイプかも。


「わ、わたしはお兄ちゃんのそばの中学校に通いたいです!」


「……そば?」


 まあ確かに。

 ウチの大学の敷地内には、付属中学校ってものがあるんだけど。


「残念だが小百合、あそこの中学は試験をパスしないと通うことはできないんだ」


「……そうなんですか……しょぼーん」


「ま、まあ、付属高校があるからさ。合格すれば敷地が近いし、途中まで一緒に通えるぞ」


「本当ですか! じゃあ二年後に合格できるよう、わたし勉強頑張ります!」


「……ああ、うん。お兄ちゃんも協力するから、頑張ろう」


「はい! よろしくお願いします!」


「……」


 ウチの大学の付属高校、偏差値70くらい必要だけどね……頑張れ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 時は少し過ぎ。

 いつのまにか初七日終了。小百合の転入手続きは進行中。

 特に面白いことはないので詳細は略だ。誰も葬儀に関するノウハウなんて知りたくもないもんね。

 まあ、おふくろと恵理さんが細かいことでまた言い争いしそうになったけど。あの二人は喧嘩するほど仲がいいなのか、基本的に相容れないのかわからない。小百合と俺が仲良くやっていければそれでいいのかな。


 オヤジが生きていたとすれば、絶対にありえなかった同居生活。

 四人とも、運命のいたずらに振り回されるのではなく、それを楽しもうという前向きな心持ちになっていることだけは確かだ。


 というわけで。

 恵理さんにフロイラインで働いてもらうべく、いまおふくろが必死に店の仕事を教えている。


 ──が。


「恵理! それはここに片付けるの! 適当にやってるとどこに何が置いてあるかわからなくなるわよ!」


「えー、いいじゃないここで。久美は細かすぎ」


「大雑把じゃ、大学時代のあなたのオトコ関係みたいにごちゃごちゃになるでしょ!」


「久美みたいな、堅さを売りするような重い女よりはいいと思うけどー?」


 ちょいちょーい。

 小百合が呆れるのこれで何回目だかわかってますか、ふたりとも?


 まあ、ね。

 確かに恵理さんは男好きするようなボディーと、このロリ声ギャップが激しいから、大学時代は相当モテたに違いない。

 かたやおふくろはよく言えば堅実、悪く言えばお堅い。

 ただ、恵理さんと結婚したら家庭がボロボロになりそうな予感はあるし、おふくろのほうが良妻賢母になる可能性は高いだろうから、オヤジがおふくろを選んだのもそのあたりだろうな。


 …………


 あくまで、大学時代からオヤジが二股かけていたとすればね。

 もしそうなら地獄でも一番の刑罰を受けていいよ、オヤジ。


 …………


「なあ小百合」


「……なんでしょう」


「恵理さんって、オヤジ以外に彼氏とかいなかったんかな?」


「……たぶん」


 俺の唐突な質問に、小百合は首をかしげる。


「小百合と暮らしていて、オトコの影とかはなかったの?」


「え、ええと……多分そんな暇はなかったような。それにお母さんは、日ごろからおしゃれとかに無頓着で」


 ふーん。

 小百合を育てることに頑張って、女捨ててた、みたいな感じなのか。

 確かに恵理さんの家事スキルは高くないことは一緒に暮らしてみてわかったけど、それでも小百合を必死に育てていたことだけは間違いなさそう。

 これもある意味純愛だったりして。


 ま、オヤジが不倫していたことで。

 おふくろは裏切られたことを我慢して。

 恵理さんは貧乏生活を強いられたことを我慢して。


 それで痛み分け、みたいな感じか。


「なるほど、小百合が家事スキルに優れていることも納得」


「ひ、必要に迫られてしかたなくです」


「いいじゃない。小百合はいいお嫁さんになれそうだな」


「は、はうううぅぅぅ……」


「はは、まあでもすぐにお嫁に行っちゃったら俺がさみしいから、もう少しこの家にいてくれると嬉しいね」


「もちろんです! も、もしお兄ちゃんが迷惑でなければ、その、あの」


「迷惑なんてないさ。むしろずっと……ん? どうかしましたかふたりとも?」


 気が付けば、言い争いを中断してまで、おふくろと恵理さんがこちらを見ていた。


「……久美、気をつけなさいよ。睦月くん、若いころの哲郎さんにそっくり」


「ほんとねえ……なんでこんなところまで似たんでしょ、あの人の大学時代みたいに背中から刺されそうね」


「アレはひどかったわね……あと少しずれてたら命もなかったみたいだし」


「睦月、あなたも無意識に優しくするのやめなさい」


「……はい?」


 俺は小百合の頭をなでなでしながら、突然向いてきたふたりの矛をかわす。


「二人とも何言ってるのさ。小百合は妹だし、優しくするのは兄として当然でしょ?」


「えへへ……」


 ほら、こんなに幸せそうじゃん。

 小百合が嫌がるならともかくさ。


「……近い将来、睦月くんが生死の境をさまよう姿が想像できるわ……」


「ほんとねえ。あのとき、私は毎日見舞いに行ってたけど、気が気じゃなかったわよ」


「そうよねえ、私も毎日……」


「……ってちょっと待った。恵理? 今聞き捨てならないこと言ったわね?」


「へ?」


「あの頃、すでに哲郎さんと私は付き合っていたんだけど……?」


「あ」


 予測も回避も不可能な会話の流れ。

 恵理さんは「しまった」みたいな顔をして黙り込んでしまった。


「まさか……恵理、あのころから哲郎さんと……」


「あ、あはは、そ、そんなわけ」


「……あるのね?」


 絶対零度だ!


「小百合、避難するぞ」


「きゃっ!」


 俺は小百合の手を引いて、最前線からエスケープする。


 ガシャーン!

 ガシャーン!


 避難後すぐさま。

 宣戦布告の砲撃音代わりに、皿が割れる音が店内に響き渡った。


「恵理、あんたはぁぁぁ!!! あの頃からおかしいと思ってたのよ、なにもかも!」


「う、うっさいわね! 浮気されたくなかったら、久美のほうこそちゃんと引き留めておきなさいよ!」


 ガシャーン! 


 どうすんだよ、明日から営業再開予定だったんだろうが。

 これじゃ無理じゃん。店内で大惨事。いや、店内が大惨事。


「あ、あの、お兄ちゃん……? 止めなくていいんですか?」


「小百合は、あの二人の争いを俺が止められると思う?」


「……」


 ま、そういうわけで。

 どうせしばらくほっとけば、どこかの世紀末伝説みたいに強敵ともになるんだろ、この二人。


 あとオヤジよ。

 おめでとう、地獄での刑罰が決まった瞬間だ。心配して化けて出てくるなよ、余計ややこしいことになるから。

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