妹と貧乏グルメ

 さて。

 恵理さんと小百合がウチに引っ越してくるとなれば、さっそくその準備をしなければならないのだが。


「お母さんはいろいろしなきゃならないことがあるから、小百合は先に自分の荷物だけでもまとめておきなさい」


 という恵理さんの命により、俺は小百合と一緒に石井家へと向かった。駅三つ先だが同じ市内である。


「こ、ここです」


 そういって紹介された、恵理さんと小百合が住むアパートは。

 築何十年たってるかすらわからない、六畳二間にバストイレというなんともアナクロなボロ物けn……おおう、風呂がバランス釜じゃないか。

 バランス釜を知らない人はぜひググってみてくれ。説明するよりその方が早いはず。


「……ここ、家賃いくらなんだ?」


「ええとですね、確か今は四万五千円だったかと……」


「……いまは?」


 少しだけ物騒な単語が聞かれたが、まあ膜破離本望まくはりほんもう駅から徒歩十分の立地条件を考えると激安物件だろう。


 しかし。

 その四万五千円すらも払えずに滞納してたとするなら、生活はよほど苦しかったに違いない。小百合がちんちくりんなのは、単なる栄養不足から来るものだったらやだなあ。


「小百合……おまえ、おなかすいてないか?」


 思わずそんなことを聞いちゃうくらい、兄は妹の食生活が心配だ。

 小百合は細い右腕を九十度に曲げながら答える。


「だ、大丈夫です、元気いっぱいです! お昼はのりたまチャーハンを食べましたし!」


「……のりたまチャーハン?」


 いやな予感がした。間違いない。


「は、はい! ご飯にのりたまをかけて、油で炒めるという……」


「具は!? 具は他になんだ!? まさか卵もなしかー!?」


 小百合はきょとんとしている。


「……? 何を言ってるんですかお兄ちゃん、のりたまに卵が入ってますよ?」


「そうじゃない!」


 ねえちょっと待って、そんな食生活あっていいの? 成長期の小百合が?


「のりたまなんて高級ふりかけ、久しぶりで美味しかったです。いつもは百円の無印ふりかけでしたから……」


 これはヤバい会話じゃないか?

 俺は思わず部屋内をきょろきょろした。


 そして、目についたのは。


 われたままの窓ガラス。

 くたびれたカーテン。

 テーブルはちゃぶ台。

 かろうじてテレビはあるものの、それ以外の家電は洗濯機と冷蔵庫くらいだ。


 ……洗濯機が二槽式じゃないか、すご!


 なんだここ、ひょっとして永遠の十七歳が隣に住んでる?


「な、なあ小百合。普段の食生活はどんなものを?」


「え、ええと……」


 小百合が考え込むくらいは、食事のバリエーションがあるのかと思いきや。


「スパゲティを茹でてのりたまをかけるとか、そうめんを茹でてのりたまをかけるとか、正統派でご飯にのりたまをかけるとか……」


「のりたま万能過ぎない!?」


「あ、でもたまに贅沢して『味道楽』とか『すきやき』とかを使うこともありますよ? お金がない時はコスパ最強の『ごましお』でしたけど……」


「ふりかけ以外にないの!?」


「え、ええと、ふりかけすらないときは、ご飯を炊く時に醤油を垂らして、炊き込みご飯ー! なんて……」


「……」


 哀しくなってきた。

 単にオヤジの隠し子っていうだけで、ここまで苦労しなければならないのか。

 小百合に肉食わせてあげたい、肉!


 そう思い、マッハで財布の中を確認するが。


「……所持金千円しかねえ……」


 残念なお知らせ。

 小百合の下着を買ってしまい金がなかった。カードは家に置いてきたし、帰りの電車賃を残さんとならないとなると、だ。


「タンパク質で買えそうなものが……魚肉ソーセージとか、ツナ缶レベルだろ……」


「え!? ツ、ツナ缶ですか!?」


 小百合が目をキラキラさせている。『ツナ缶』というパワーワードで。


「わ、わたしツナ缶大好きなんです! あんなぜいたく品……」


「……ぜいたく品かな?」


 のりたまレベルで安いと思うんだけどなあ、ツナ缶。三個パックで198円くらいだろ。


 ……とは思ったが。小百合の大好物らしいので、ツナ缶を買ってやることにしよう。俺は小百合にとことん優しくすると決めたんだ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 てなわけで、近くのスーパーでツナ缶を買ってきた。198円+消費税なり。

 小百合は目を輝かせて、目の前に置かれたツナ缶を見ている。


「わぁぁ……」


 ツナ缶でそんなに喜ばれるとなんとなく胸が痛むが。

 まあ、喜んでいるわけだし、よきよき。


「好きなだけ食べていいよ」


 俺がそう言うと、小百合は涎を垂らしそうな口元をきゅっと引き締め。


「あ、あの、お兄ちゃん。わたしが作りますから、一緒にお食事しませんか?」


「……え?」


 ご飯のお誘いをしてくれた。


 もうそろそろ暗くなりそうだし、なるべく早くに荷物をまとめたい気もするんだが……小百合の提案を無下にするわけにもいかない。小腹もすいてきたころだし。


「……そっか。じゃあお言葉に甘えて、ごちそうになろうかな」


「は、はい! がんばります! 少しだけ待っててください!」


 お食事会、開催決定。


 ……ま、必要最低限の荷物だけまとめればいいだろう。うん。


 ………………


 …………


 ……


「お待たせしました! お口に合うかどうかはわからないですけど、召し上がれ!」


 十分ほど経ってから。

 やや古びた平皿に盛り付けたスパゲティを二皿、小百合がちゃぶ台まで運んでくる。

 ふんふん、ツナ缶が上に……ん? なにやらスープスパっぽいけど……


「これは……何のスパゲティ?」


「あ、梅茶漬けを濃い目に溶いてスパゲティを浸して、ツナ缶をそのまま乗せた『梅茶漬けツナスパ』です! 我が家のごちそうなんですよ!」


「へえ……」


 確かに貧乏食といえなくもないのだが……わりとうまそうなにおいがする。

 よし、食べてみよう。


「じゃあ、いただきます……もぐもぐ……」


「どきどき」


「……! うん、うまい! これマジでいける!」


 スパゲティを箸で食べる。それがどうかはともかくとして、マジでうまかった。

 梅茶漬け風味のパスタにツナ缶がピッタリ。ツナ缶に入っていた油もいい役割を果たしている。


「ほ、ほんとですか! よかったぁ……」


 思わずズルズルと音を立ててスパゲティをすすってしまった。


「……ふー。美味しかった、ごちそうさまでした」


「お、お粗末様でした」


「うん、でもスパゲティにお茶漬けを合わせるなんて発想、すごいね」


「えっ、そ、そうなんですか……? わたしははてっきり常識なのかと……」


「……そうなの?」


 常識に疎いな俺。この歳になって、七つ年の離れた妹にこんなメニューを教わるとは思わなかった。


「ま、おいしかったのは本当だ。ごちそうしてくれてありがとう、小百合」


 お礼の気持ちで妹の頭をナデナデ。


「あ、う、うれしいです……お兄ちゃんに、おいしいって言ってもらえた……」


 ニヘラ顔の小百合を見ると心が和む。なんか、小百合って頭ナデナデされるの好きみたい。

 よし、今後は甘やかすときにはナデナデだな。


 ……それはそうとして。


 このメニュー、少し手を加えれば喫茶店ウチでも使えるかも。

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