シン・家族

 いろいろ雑務が終わって。

 我が家で経営している喫茶店『フロイライン』にてこれからのことを話すために会議開始。


 なお、参加メンバーは俺、おふくろである宮沢久美みやざわくみ、オヤジの不倫相手である石井恵理、その娘の小百合。

 プラス、なぜかそこに紗英もいるが、まあ紗英はウチの喫茶店の看板娘ならぬ看板男の娘なので、来てもらった方が都合がいい。


 わりとどうでもいい話し合いの内容は割愛するとして。


「……で、どうするの、恵理と小百合ちゃんは? いつこっちに引っ越してくる?」


 おふくろの提案した議題に、しばし恵理さんが考え込んだ。


「そうね……荷物自体は少ないし、すぐに引っ越してきていいっていうなら、こっちも助かるけど。なんせ家賃を三か月滞納してて、追い出されそうだったからねー、あははー」


「いやそこ明るく笑って言うとこじゃないですよね」


 ツッコミしつつ考える。

 なんつーか、こう、恵理さんって後先考えない人なのかもしれないな。見た目は若いし声はアニメ声だし、ロリババアという感じなんだけどね。おふくろと同い年とは思えない。


「……そんなに生活苦しかったの、恵理?」


「だって、パートの収入なんてたかが知れてるし、哲郎さんが入院してからは養育費すらも振り込んでもらえなかったし」


「……養育費?」


 そこで俺は訝しんだ。


 ああ、確かに言われてみれば、経理的に使途不明金が月に数万あったような……

 つまり、オヤジは俺たちに内緒で恵理さんと小百合に養育費と称してお金を渡してたってことか。納得。


「そうなのよー。それでもう二進にっち三進さっちもいかなくなって、せめて哲郎さんの遺産をいただいて生活に回そうって思って殴り込みしたんだけどね」


「……」


 おふくろが絶句している。

 確かに、恵理さんの喪服も、結構見た目的に年季が入っているように思える。

 小百合に関しては制服なので判断はできないが、靴を見るとだいぶ傷んでいる。買い替えるお金が足りないのだろう。


「なんせ小百合の下着を買うお金にも事欠く始末だったからね。私はいいけど、小百合が不憫で」


 しれっと続けられるカミングアウト。小百合は恥ずかしそうに下を向きっぱなしだ。


「……早く、引っ越してきなさい!」


 おふくろの鶴の一声。俺も完全同意だわ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 で。

 服はふだん制服でいることが多いが、下着不足は深刻だろうということで、可及的速やかに解決すべきだ、と決まり。


 ……なぜか俺は、女性用下着売り場にいるのだが。

 いやさ、小百合の下着を買いに来るのはいいんだけど、なんで俺と紗英で来なきゃならないのよ。

 まあ、紗英と一緒だから白い目では見られてないのが救いだ。


 つーかさ、それこそ小百合の年齢だったらグ〇ゼとかでいいだろ、と思ったが。


「睦月は女心がわかってないね」


 そう紗英に一刀両断された。

 わかるかよ。俺は紗英じゃねえ。


 ……さて、あまりの居心地の悪さに、どうしたものかと途方に暮れていたら。

 ちょいちょいとシャツの裾を引っ張られる。


「お、お兄ちゃん……」


「ん? どうかしたか小百合?」


 なんとまあかわいらしい呼びかけだこと。

 満面の笑みで俺は小百合のほうを向いたが。


「お、お兄ちゃんは……どんな下着が好みですか?」


「ぶはっ!!!」


 内容に吹いた。


「いや、俺の好みなんてどうでもいいからさ。小百合が好きなのを選ぶといいよ、お金は預かってきたから問題ないし」


「え、ええ、でも、お兄ちゃんに気に入ってもらいたいし……」


「なんでもOKだよ」


 気に入る気に入らないとか俺の意見はどうでもいいだろうに、と言いかけてやめ、代わりに目いっぱい優しい瞳をして答える。


 だが。


「え、ええと、じゃあ言い方を変えます。お兄ちゃんは、どんなパンツならお兄ちゃんのと一緒に洗濯しても平気ですか?」


「ぶっはっっっ!!!」


 再度盛大に吹いた。

 それこそ大事なのは下着じゃなくてそれを着けている中身だろうがよ。


 コホン、と咳払いをしてごまかし、俺は大人ぶってこたえる。


「……小百合のなら、なんでも大丈夫だ。気にしないで好きなのを選べ」


「は、はい!」


 俺の答えで笑顔を咲かせる妹心がわからない。

 ふつう逆だろ、俺のパンツなんかと一緒に洗濯しないで、じゃないか?


 混乱する俺をよそに、そのまま小百合は紗英とお気に入りの下着を物色し始めた。


「……はあ」


 こんな感じで小百合と一緒に暮らせるのかな、俺。



 ―・―・―・―・―・―・―



「えっへへぇ……」


 どうやらお気に入りの下着を購入できたらしく、小百合は店を出てからずっと笑顔を崩さない。


「よかったね、小百合ちゃん。好みのものが見つかって」


「は、はい! 紗英さんも、ありがとうございました!」


 並んで歩く紗英と小百合、知らない人が見たらまるで美人姉妹のように見える。

 その左にいる俺はいったい何なのかわからぬ。ボディガードか、それとも金ヅルか。


「すっごくかわいいもんね、上下おそろいで。帰ったら、睦月にも見せてあげたら?」


「も、もちろんです! 是非お兄ちゃんには、わたしが着けたところを」


「いや誰も下着姿を見せろと言ってるわけじゃないと思うんだけど、小百合よ?」


 なにが悲しくて妹の下着姿を見にゃならんのか。

 そして小百合よ。羞恥心くらい持ってくれ、頼むから。

 一応半分は血がつながってるとはいえ、俺はまだ兄になって一日も経ってないんだぞ。


「えへへ、うれしいなあ。一年半ぶりの、新しい下着……」


 だが、その後に続く小百合の激白に、俺は言葉を失った。

 それなら確かに新しい下着で浮かれても仕方ないよな。どんだけ赤貧生活を送っていたんだろうか、そう思うとちょっと涙出た。


 ……うん、引っ越して来たら、新しい服も靴も買ってあげよう。きっと小百合は何を着ても何を履いても似合うだろう。


「紗英、よければ、近いうちに小百合の服を見繕うのも協力をお願いしたい」


「もちろんいいよ! ボクも妹ができたみたいでなんか楽しいしね」


 俺のお願いに対する紗英の快諾を聞いて、目を輝かせる小百合。


「あ、あの! 紗英さんのこと、『お姉ちゃん』って呼んでも、いいですか……?」


「もちろんだよ! よろしくね、小百合ちゃん」


「いやさ紗英、『お姉ちゃん』で納得するなよ……」


 俺の嘆きは届いているのかいないのかわからんが。

 ま、本人同士が納得してるならいいか。


 かくして、小百合に新しく姉ができたとさ。ちゃんちゃん。

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