幼なじみと妹と
俺は超展開に戸惑いつつも、とりあえず他の参列者にあいさつするために動き回った。
あの様子じゃ、おふくろに期待することもできない。
「睦月!」
あくせくしている俺を、後ろから呼ぶ声。
誰なのかはすぐわかった。確認するまでもなく俺は振り向いて応える。
「おう、
「ううん、それは別にいいんだけど……あの騒ぎ、どうなったの?」
幼なじみでもある
……喪服のスカート丈に関しては、ツッコむまい。いや、それ以前にスカート自体にツッコまなくてはならないんだが。顔を突っ込むとかではないぞ。
「熱血ロボアニメでもそうそう見られない超展開を見せて、おさまったよ」
「そう、ならよかったけど」
「そして、ついでに家族が増えた」
「……はい?」
そうだ、この反応は至極当然なのだが。
訝しむ紗英に対し、説明するのも面倒になってきた俺がいる。いろいろ説明事項が増える一方だ。
「まあ、詳しいことは後回しだ。とりあえず引き続きアフターケアをしよう、手伝いたのむ」
「う、うん」
俺たちは二人で、ちょっとよどんだ場の雰囲気をフォローするべく、奔走した。
―・―・―・―・―・―・―
「……フー、疲れた。いつものこととはいえ、ありがとな、紗英」
「ううん、ほかならぬ睦月のためだもん、気にしないで」
様々な雑務を終え、俺と紗英が肩を叩きあう。俺は喪主じゃないんだが、それでもこんなにめんどくさいとは。
オヤジは骨になった。
遺骨を壷に入れ、さあ持ち帰ろうか、なんて時に。
女傑二人が肩を組みながら、俺と紗英のほうへと向かってくる。
その後ろに、小百合も見えた。
「……あっ……」
突然、小百合が固まる。なんだ?
まあいい、紗英にちゃんと説明しとこう。
「ああ、紗英。ちょうどいい。紹介しとくわ、あそこにいるのが妹の小百合だ」
「……」
俺が紗英にそう紹介するも、なぜか小百合は固まったまま。
そこに
「ああ、紗英ちゃん。今日は受付してくれてありがとうね。助かったわ」
「いえ、それはなんてことないんですけど……なんと言いますか、どういう状況なのか把握できてないんで、教えてもらえればうれしいんですが」
「ああ、この女は
「……は、はあ……」
肩を組むもう一人の女傑をぞんざいに紹介するおふくろ。
それはわかってるんだけど、という言葉を飲み込みとまどう紗英だが。
「そして、一緒に暮らすことになったわ。紗英ちゃんもよろしくね」
「……は、はあ……」
紗英のリアクションがもうね。
「えーと、紗英さん、かしら? 石井恵理です。先ほどは大変失礼をいたしました」
恵理さん、要は小百合の母親だが、最初に受付の紗英に怒鳴って殴り込みしてきたからな。身内以外では紗英が一番の被害者だ。
おかげで紗英がいまだにビビってる気がする。
「……は、はあ……」
「それにしても……紗英さん、キレイよねえ。サラッサラの黒髪といい、シミひとつないお肌といい、長いまつ毛といい。睦月君と、恋人同士なのかしら?」
「……は、はあ……」
「おい紗英、そこは否定しろ」
いや確かに紗英は去年のミス
だがこいつと恋人同士になるなんて御免こうむる。
一方、小百合は。
そのような恵理さんのツッコミに対し、さらに顔色を青白くさせていた。
……なんか絶望に似た表情なんだけどさ。まさか……
「……ひ、ひどいですぅぅぅ!」
「あっ」
一言叫んで、泣きながらダッシュで遠くへ逃げ出す小百合。
それを見たおふくろと恵理さんがポカンとしている。
「小百合ちゃん、か。かわいい妹さんだね。でもいったいどうしちゃったんだろ」
「……まあなんとなくだが察した。悪い紗英、ちょっと追いかけてくる」
「うん」
紗英と必要最低限の会話を済ませて、俺は小百合の後を追いかけた。
―・―・―・―・―・―・―
いろいろ探し回った挙句。
葬儀場の片隅で、膝を抱えて岩場の上に座り込んでいる小百合を発見。
なんというか、いつもこんなふうにさみしそうに座り込んでいたんじゃないかと確信するくらいに、堂に入ったいじけ方である。日本語が変なのは自覚しているが。
「小百合」
俺が呼びかけても、小百合はこちらを見ようとはせずに、一瞬ビクッとしただけだ。
「あのな、紗英は……」
「ひどいです!」
「へ?」
「あんな、あんなキレイな彼女さんがいるなら、お兄ちゃん、わたしと遊んでなんてくれないに決まってるじゃないですかあああぁぁぁ……」
予想はだいたい的中。視線をこちらに向けずに感情のままに小百合がしゃべる。
さて、弁解しなければ。
「違うって」
「お兄ちゃんとお似合いだし、二人並んで立ってると絵になるし、何ひとつ敵うところなんてないわたしが、お兄ちゃんにかまってもらえるわけないじゃないですかあああぁぁぁ……」
「あのな」
そこで俺は、取り乱す小百合の両肩を思わずつかんでしまった。
おびえるような小百合だが、これだけは言わせろ。
「よく聞け。紗英は──オトコだ」
「……ふぇっ?」
「男。紗英は、性別がオ・ト・コ! まごうことなき男!」
「……」
小百合は混乱している。
そりゃそうだ。現に大学内でも、紗英が女だと信じているやつが多数いるんだ。
ミス万葉大の件でも、オトコだと判明して取り消しになりそうだったが、それ以上に多数の支持を受けてそのままになっちゃったという前代未聞の珍事が発生してるし。
──だが、オトコなんだ。
「だから、俺と恋人同士になるということは、ありえない」
「……」
「それに、俺にたとえ彼女がいたとしても、小百合をぞんざいに扱うことなどありえない」
そこまで言ってようやく小百合は落ち着いた。
「……わかってくれた?」
「は、はい。でもあのえと、お、お兄ちゃんには、彼女とか……」
「いない」
断言。悲しいけどな。
「そ、それでも、わたしみたいなちんちくりんがお兄ちゃんと一緒に遊ぶなんて……」
「何言ってんの」
目をそらす小百合。
再度こちらを見ろ、といわんばかりに、小百合の肩を掴む手に力を込めた。
「小百合が美人になる様を、見守っててやるさ。一番近くでな」
「あ、あうぅぅぅ……」
小百合ならきっと、五年後くらいには誰もが目を見張るレベルの美人になるだろう。紗英レベルで。
……比較対象が男ってのは、怒られそうではあるけれど。
それでも紗英レベルの女子など、そこらへんにごろごろいるわけじゃないからな。
肩を掴んでた手を放し、代わりに小百合の頭をなでる。
「え、えへへぇ……」
俺に撫でられ嬉しそうにしている小百合を見て、決意した。
新しくできた妹に、できるだけ優しくしてあげようと。
──あんなふうに、さみしく膝を抱えてひとりでいじけたりしないように。
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