妹できたよー、腹違いだよー!
冷涼富貴
葬式で修羅場【KAC2020短編作品】
オヤジが死んだ。末期がんだったし、覚悟はしていた。
そのせいで、俺は今巻き込まれ修羅場の中にいる。
腹違いの妹がいるなんて事実、二十年ほど生きてたのに全然知らなかったよ。
ま、天誅だか何だかは知らんがすでに死んじまったわけだし、今更腹を立てても仕方ないので、この程度で許しとく。
だが。そんなクソオヤジが意図せずとも。
「あんたなんかに遺産渡すわけないでしょ!」
「わたしの分じゃないわよ! 哲郎さんの娘なんだから、小百合はもらう権利くらいあるでしょう!?」
約二名ほどが、聞くに堪えないほどの罵り合戦を、静寂に包まれるはずの葬儀場でくりひろげておるよ。
オヤジも馬鹿だなー、自分の種を拡散させるなら全く接点がない女性にしとけばよかったのに。この二人、同じ大学の友人同士だったらしい。
おかげで罵り合いも汚いことこの上なくなるわけで。
一方、今日できたに等しい妹は。
俺と目線を合わせようともせずに、びくびくしながら離れたところにいる。
不倫相手に子供までいたということを、おふくろは知ってたのか知らなかったのか。
そこんとこは謎だが、こんな醜い言い争い見せてると、まだ十三歳の女の子にトラウマを植え付けてしまうかもしれない。子供に罪はなかろう。
「……
過去は恋する乙女だったはずの成れの果てである、般若二人の口論を無視するかのように。
妹へ向けわざとらしく手を差し出しながら、何はなくとも自己紹介。
これまた当然のように、俺の手など握り返してくるわけがない。視線は俺に向けたまま、部屋の外へ出ようとする小百合ちゃんであった。
その傍らで、最前線は。
「ケッ、貧乳のくせに粋がってんじゃないわよ! それに耐えられなくて哲郎さんも浮気したんでしょ!!」
「そのご自慢の巨乳も無様に垂れ下がってるじゃないのさ! 今ならあの人も浮気なんて思いとどまるくらいにね!!」
教育上よろしくない言い争いへとハッテンしております。
俺は成人してるからともかくとしてもだ、ちったあ小百合ちゃんへの悪影響を考えろよ、ふたりとも。オヤジも含め、全員親失格じゃねえか。
仕方ない。
「あっち、行こうか」
「あっ……」
緊急避難的に小百合ちゃんの手を握り引き寄せて、俺は戦場から離れた。
「なんか、葬式だっつーのに、見苦しいことこの上ないなあ。ごめんね、おふくろが鬼と化してて」
最前線から少し離れた休憩室の椅子に二人並んで座り。
俺がおどけてそう言うと、小百合ちゃんはぷるぷると顔を左右に振る。
なんとなく『妹』というよりは借りてきた猫というほうがしっくりくるわ。
妹──か。
ひとりっ子だった俺には、全くピンとこない。それは小百合ちゃんも同じだろう。
ま、小百合ちゃんは悪くないからな。浮気してたオヤジには思うところがないわけじゃないけどさ。
「突然、俺みたいなのが兄とか、びっくりしただろ」
その問いかけには、首を縦に振った。が、すぐにハッとした表情になり、左右へプルプルと振り直す。
「……あ、あの! む、睦月さんこそ……」
睦月さん。
その呼び方に少しだけ物寂しさを感じた。
「わ、わたしみたいな妹が突然できて、迷惑じゃないですか……?」
「……は?」
が、予想だにしなかった小百合ちゃんの言葉に、俺は思わず間抜け面を晒すこととなる。
迷惑──か。
確かに自分が不倫相手の子だってことで、恐縮してる部分はあるんだろうけどさ。不思議なくらいに小百合ちゃんに対する嫌悪感がない。俺自身、突然で面食らってるってのが大きいとしてもだ。
それにくりくりで短い髪の毛に、ぱっちりしたお目目。まつ毛も長いし、色白だし、顔ちっちゃいし。
小百合ちゃんは間違いなく美少女になるだろう。こんな妹なら、突然できても別に許すぞ。俺は今日からシスコンになる。
…………
いや。そうか、俺も小百合ちゃんとかいうの、よくないな。
「迷惑なんてことないよ、小百合」
「あっ……!」
腹違いとはいえ妹だから、名前を呼び捨ててもいいだろ。よくなかったら、小百合が突然こんな笑顔になるわけないもんな。
「俺は一人っ子だと思ってたから、小百合という妹ができてうれしい」
「わ、わたしも……」
そこで少し言いにくそうにした小百合をせかすこともせずに、俺は優しく隣で待つ。
「……あの、お母さんは、ひとりで苦労してわたしを育ててくれて……」
「うん」
「感謝しています。でも、やっぱりひとりでお母さんの帰りを待ってると、とってもさみしくて……」
「うんうん」
「そんな中、お父さんが亡くなったと聞いて。まったくではないんですけど、家族って実感がなかったせいか、それほど悲しくはありませんでした。で、でも、まるでわたしが夢見てた理想のお兄ちゃんが突然できて……それはとてもうれしくて」
「照れるなあ。持ち上げるなよ」
「う、嘘じゃありません! そんなお兄ちゃんとこれから一緒にいられるって思うと、うれしくて、わくわくが止まらないんです」
「そうかそうか……ん?」
「だ、だから、ふつつかな妹ですが、これからよろしくお願いします」
「……んんん?」
ちょっと待った。
確かに俺のことを気に入ったと言ってくれるのは嬉しいんだけど。
一緒に暮らせるわけじゃないんだよ?
「えへへ……たまに、一緒に遊んでくれたら、嬉しい、です……」
「あ、あのさ、小百合」
あかーん!
このままじゃHANZAI者扱いを受けてしまいそうなくらい、微笑む小百合がかわいい! ふつうこの年頃って反抗期真っ盛りだろ? おかしいぞこれ!
…………
いや、それだけ苦労したんだろうな、きっと。少しばかり同情はする。
だが、俺が『いくらなんでもそれは無理』などと言ってしまったら、この笑顔が絶望にまみれてしまうかもしれん。
こりゃ困った。
俺はしかたなしに、いまだバトルを繰り広げているであろう女傑二人の戦場へ、小百合を説得納得させるために舞い戻ったが。
「……ほんと、隠れて浮気するろくでなしだけど、愛すべきバカ男だったよねえ……」
「ほんとほんと。ひとをだまくらかしてその気にさせるだけだったけど、憎めなかったわ……」
唖然。
そこにはいつの間にか和解を済ませ、故人を偲びながらお互いの肩を抱き合ってる二人がいた。
なんだこれ。北斗の拳みたいな展開、いやコペルニクス的展開だぞ。
…………
ま、いっか。種を拡散させたロクデナシとはいえ、いちおうオヤジを見送る式だしな。落ち着いたならオッケーだ。
おまけに、涙ぐんでる女傑二人を見たら、俺ごときがなんも言えんわ。
しかーし。
「……で、どうすんの? 恵理は」
「そうね……特に今住んでるところに未練はないし、哲郎さんの墓近くに引っ越そうかと思ってるけど」
「じゃあさ、ウチに住んじゃいなよ! どうせ今は私と睦月しか住んでないし、部屋はたくさん空いてるし!」
「いやいや久美! それはさすがにできないって!」
「いいじゃない、そしてたまにはあの人の話でもしながら、また喧嘩しよ?」
「……久美ったら……もう。本当に……いいの?」
わーお。
口出ししなかったら、またまたとんでもない方向へ話が進んじゃったわ。
なんすかコレ。本妻と不倫相手が一つ屋根の下って、ドラマでもない設定だぞ。
俺と小百合は呆気にとられ、思わずお互いの顔を見合わせる。
──まったく。オヤジの最後のいたずらか。いや、罪滅ぼしか?
「……これから、にぎやかになりそうだなあ」
ボリボリと頭を掻きながら俺がそういうと。
小百合は、目がなくなるくらいに、思いっきり笑った。
「……お葬式なのに、幸せを感じるのって、ヘンですね……」
死んだ人間に振り回された感は否めないけどさ。
──まあ、なんとかうまくやっていきたいな。
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