思春期の一幕

 さてと。

 お腹も満たされ、荷物の整理も捗った。

 小百合の最低限の生活必需品はまとめ終わったが、それでも大きなバッグ二つ分程度。運ぶのは楽勝である。


「じゃあ、行こうか」


「はい!」


 この家電とかは、正直我が家で暮らす分には不要とも思う。

 ま、細かいところは大人に任せよう。


 てなわけで、アパートを出る。

 幸いまだ真っ暗にはなっていない。俺と小百合でバッグをひとつずつ持ち、駅へ向かっててくてく歩いていると、向こうの正面から歩いてきた少年が突然話しかけてきた。


「あー、シンデレラだー! なんだよおまえ、ついに夜逃げすんのかー!」


 なんというか、いかにも悪ガキ、って感じの少年である。

 小百合の知り合い……というか、同級生くらいか?


「ち、ちが……」


 推測・同級生の男の子にからかわれるような口調で話しかけられ、小百合は俺の陰へそそっと隠れた。だが男の子は容赦しない。


「そっかそっかー、仕方ないよなおまえんち貧乏だもんなー。お金に困ってるなら、またいつかのようにおまえの机の上に『めぐんでください』って書いた立札を置いといてやるよー?」


「や、やめ……」


 俺のシャツの裾を掴んで小刻みに震える小百合の様子で、察した。

 たぶん小百合はいじめに遭っている、と。


 俺がそばにいるにもかかわらず、イタズラっ子の笑顔で小百合をからかうこのクソガキを殴ってやろうかとも思ったが。

 俺は成人、同じ土俵に立つ必要はない。


「……こら。妹をいじめたら、兄である俺が黙っちゃいないぞ?」


 クソガキの顔を覗き込むようにかがみ、にこやかに諭す。


「な、なんだよ」


 クソガキは一瞬ひるんだ。歳の差は偉大。


 しっかし、小百合のあだ名、『シンデレラ』ってのはなあ。

 貧乏で美少女だからそうついたのかもしれないが、悪意があるのかないのかわかんない。このクソガキが言っていた『めぐんでください』の立札を机に立てる、ってのは完全なる悪意だろうけど。

 いっとくが小百合がシイッターでそんなことやったら、いいねが五万集まるレベルだからな。断言してもいい。残念ながら1いいねで一億はもらえないとしても。


「いじめ、カコワルイ。わかるかな、モブの同級生くん?」


「な、俺はモブじゃない! ちゃんと持地晋平もちじしんぺいって名前がある!」


 自己紹介ありがとう。やっぱり小百合のクラスメイトっぽい。

 しっかし、持地っていう名字からして、なんか金持ってそう。ま、だからこそ貧乏な小百合をからかえるんだろうけど。


「ふーん。でも晋平くん、『好きな子ほどいじめたくなる』ってのはわからなくはないけど、それで心の底から嫌われちゃったらどうしようもないぞ?」


「な! なっ、なっ」


 おや?

 まさかのカマかけに狼狽えるとは、いいね、純情だね。


「好きじゃねーし! 全然好きじゃねーし! ビンボーなくせに中学校通ってるのがムカつくだけだし! これっぽっちも好きじゃねーし!」


 思春期ってわかりやすいなー、そう思ったハタチの春。

 ああ、そういえばそろそろ学校も再開するか。小百合の転校手続きもしとくべきかな。

 同じ市内とはいえ、駅三つ先の公立中学に通う必要などないだろう、この様子じゃ。


「またこいつと一緒のクラスになると思うと、憂鬱で夜も眠れねーし! 鬱陶しいからどっかに行ってほしいよマジで!」


 俺がいろいろ小百合の身の振り方を考えている傍らで、晋平少年は早口でまくし立てるのをやめていない。おい少年、いいかげんにしときなさい。


「晋平くん、心配ご無用。小百合は転校して、キミの前から姿を消すから」


「……は?」


「小百合は、俺の家で兄妹仲良く暮らすことになったんだ。今日は引っ越しのために荷物をまとめたとこ。休み明けからはおそらく顔を合わせることはないよ、新しく住む家はここから離れてるし、転校するからね。だから安心していい」


「……………………嘘だろ?」


 さっきまでの勢いはどこへやら。

 晋平少年は、俺と小百合へ交互に視線を向ける、何度も何度も。だが、その顔は青白い。

 これが、好きな子が突然いなくなる絶望ってやつか、ヒャッハー!


「こんなこと冗談では言わないよ。だから、もう小百合をいじめたり、つきまとったりしないでね。じゃ」


 グイッ。


「あっ……」


 俺は空いていた右手で小百合を引っ張り、絶望のオーラに包まれたまま微動だにしない晋平少年をほっといて、駅まで向かうために歩くのを再開した。


 ──バッカだねえ。シンデレラは最後に幸せになるっての。そんなあだ名がつけられた時点で、約束された勝利の剣みたいなもんじゃないか。



 ―・―・―・―・―・―・―



 ガタン、ゴトン。

 黄色い帯のついた電車に揺られながら、小百合と話す。


「……晋平くん、だっけ。おんなじクラスだったの?」


「あ、は、はい。大家さんの息子でした……」


「なんと……」


 ああ、それじゃ強くは出れないよなあ。いくら家賃が四万五千円っていう格安物件でも。


「まあいいさ。あとくされなくそのあたりはケリつけとこうね。家賃は四万五千円を三か月分滞納、だっけ?」


「そうなんです。最初は月一万円の格安物件だったんですが、契約更新して家賃が跳ね上がってしまって……」


「……やちんいちまんえん?」


 なんだそれ。そこから契約更新してなんでいきなり家賃が跳ね上がるんだ。借地借家法とかに抵触してないのか?


 …………


 というか。まさか……


「ねえ、なんで最初は家賃一万円だったの?」


「あ、はい。実は、前の住人が追い炊きしながらお風呂に入っていたら、浴槽につかった状態で気を失ってしまって、追い炊きしたまま煮られて亡くなったとかで……」


「は や く 引 っ 越 そ う」


 バランス釜の悲劇がここに。

 やっぱり事故物件だったか。


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