第29話 ネズミのあやかし

 地下トンネルの奥には、ネズミのあやかし達の巣があった。

 そして、そこには現世で言う大型犬程度の大きさをした、巨大ネズミ達が居たのだ。

 トンネルの中に多くの巨大ネズミ達は居て、更にぐちゃ、ぐちゃ。と、気味の悪い音を立てながら、何かを喰っていた。

 それは皆ではないが、咀嚼音とそして噛み砕く音。それは、どうしても耳に届く。

 楓は、目の前で両手で何かを掴み齧りつくネズミのあやかしを見据えた。

 それは、ずずっ。と、啜る。楓はそれが、人間の脳ミソを啜る音であり、更に周りのネズミ達が人間の頭を齧りついてるのを知った。

 (クソ……これも……闇喰いの仕業かよっ!)

 如月きさらぎとはほんの少しの絡みだ。けれども、彼が仲間を守ろうとしているのは解った。だからこそ、目の前で人間を喰らうネズミ達を見て、楓は思うのだ。

 (コイツらの理性そのものを吹っ飛ばして、悪意の塊、本能の塊に変える。つまり、“本来のあやかし”に戻す。)

 楓はぎゅっ。と、夜叉丸を握った。

 「きゃぁぁっ!」

 その悲鳴が聴こえたのは直ぐで、更に

 「水月みつきっ!」

 聴こえたのは、灯馬とうまの声であった。楓は、顔を向けたが、如月が、黒髪おかっぱのお菊の頭を掴んで、その頭に齧りつこうとしていたのだ。

 お菊は驚いた顔をしていて

 「楓っ!!」

 叫んでいたのだ。

 「ざけんなっ! クソがっ!!」

 楓は直様であった。

ゴォォォッ。と、蒼い鬼火を如月に放っていた。

 そして更に葉霧が、白い光を右手に放つ。

 「楓! 葉霧っ!」

 頭を食われそうなお菊が涙目で叫んだ。

2人の力は如月に届く。

 カッ!! と、彼の身体は白い光が直撃し眩く光る。更に、楓の蒼い鬼火が如月の身体を焼く。

 ゴォォォっと、まるで、火柱のように。

 「うわぁぁぁっ。」

 モスグリーンのコートを着た如月は蒼い鬼火の中で、悶絶していた。葉霧は、その中でも蠢く黒い影を見逃さなかった。

 蒼い鬼火に焼かれる如月の身体の中で、強大になるのだ。その闇は。

 まるで、楓の力を跳ね除けようとしてるかの様に。

 葉霧はそれを見て、右手を翳す。

 如月に。

カッ!!

葉霧の右手から白い光が放たれた。それは、如月の身体を覆い、そして体内を蔓延る黒い影達を消し去ったのだ。

 突風が巻き起こる。

 楓は、ぶわっ。と、身体が持って行かれそうになるのを両足に、力を入れて踏み留まる。

 「葉霧っ!!」

 何故なら余りにも強い爆風で、彼女は葉霧の元に行けなかったから。

 「きゃあっ!!」

 水月の声が聴こえた。楓は直ぐに彼女の方を見た。彼女の周りには、いつの間にか多くのネズミ達が居て、飛び掛っていたのだ。けれども、それを消し去ったのは灯馬であった。

 「“紅炎弾”っ!」

 彼は紅い炎の弾丸を右手から放っていた。それは、正に紅い炎の弾丸で、それも連弾であり水月に襲い掛かるネズミ達を弾け飛ばした。

 ゴォォォっ。と、炎の弾丸で撃たれたネズミ達はその身体が、燃える。

 更に、鎮音しずねが叫んだ。

 「来るぞっ!!」

 と。

 彼女は既に、トンネルの奥に向けてその右手を翳していた。ポゥ。と、白い光が右手を覆っていた。

 そう。楓達は既にネズミの巣窟に居て、最早、囲まれていた。アチラコチラからネズミ達が沸いていたのだ。

 楓は葉霧の力で鎮まり、地面に倒れた如月を見た。

 (コイツの中の闇喰いは消えたんか?)

 彼女には人間の中に居る闇喰いは視えない。葉霧が外に出してくれないと、退治出来ない。

 「葉霧っ!」

 「大丈夫だ、如月の身体に巣食う闇喰いは消した。」

 え? と、楓は葉霧を見た。彼は既に両手に白い光を放っていた。更に、彼の身体は浮いた。

 「葉霧?」

 楓は何やらいつもと違う葉霧に驚くが、彼は涼し気に言う。

 「前を見ろ。」

 と。

 楓はそれを聞き正面を向いた。ネズミ達はトンネルの中に沢山居て、中には人間ではなく餌の様に、己の仲間を喰い散らかす者達も居た。そう、彼らの周りにはネズミと人間の喰われた死体が転がっていたのだ。

 更に、獰猛な紅い眼、前歯が2本突き出てるがそれは鮮血が滴り、不気味でしかない。

 ネズミ達は食事中だ、誰もが血を口元、歯から滴らせていたのだ。

 「クソ……闇喰いは? ソレ消さねぇと治まんねぇ。」

 楓は夜叉丸を握りそう言った。

葉霧は、両手に白い光を放ちながら言う。

 「闇喰いを外に出して戦うよりも、先ずは“本体”を傷つけ弱らせるのが得策だ。この数の闇喰いを外に出せば、確実に“闇鬼”になる。強大過ぎて楓達に負担が掛かる。」

 葉霧はルシエルタワーで楓が戦った闇鬼。その偉大さと、強大な力を思い出したのだ。特に今回はあやかしの身体を巣食っている、人間から産まれる闇とは桁が違う。彼はそう思ったから言ったのだ。

 「じゃあ、暴れろ。って事でいいんだよな?」

 楓は夜叉丸を構えてそう言った。すると、葉霧は微笑む。

 「ああ。存分に。」

 その言葉は楓にとってのスタートダッシュ、夜叉丸を構え だっ。と、走り出した。葉霧は彼女がネズミ達に突っ込むのを見てから、後ろに居る灯馬達の方に向かったのだ。

 鎮音は楓の補佐に回ろうと、彼女の後を追っていた。

 けれども、それは何の意味も無かった。

 「てめぇら全員、冥府に送ってやんよっ!!」

 楓は全身に蒼い鬼火を纏い、更に夜叉丸までも鬼火が包む。刃は、蒼い炎刀となり、それを薙ぎ払えばネズミ達に蒼い炎の風が襲う。

 鎮音は立ち止まった。彼女の力を始めて見たのだ。

ゴォォォォッ! と、蒼い炎が臨戦態勢にも無いネズミ達を覆い、一気に燃やしたのだ。それも、数10匹をも巻き込んだ大炎上。

 「なっ………!」

 鎮音は始めて見た、鬼娘楓の力、そして“鬼火”の威力を。

 (これが……鬼の力っ……! 螢火ほたるび皇子みこはコレを抑えたのか? 私では無理だ。)

 そして知った。彼女はこの時、自身の力と鬼娘楓との力の差を。是迄、何処か軽く見ていた。何故なら“封印”されたと知ってるから。退魔師の力で抑制出来ると思っていたのだ。

 けれども、多数のあやかしを焼き尽くす鬼火を見て彼女は、知ったのだ。

 (………これは………危うい。)

 そして危惧した。

 けれども、あやかしのネズミ達は鬼火の隙間をぬって、飛び出した。鎮音に飛び掛ったのだ。

 グアッ。と、狂暴な顔をしてその口を開き鎮音を喰らわんと、飛び掛った。

 「ばーさんっ!!」

 楓の声が聴こえるが、鎮音はネズミ達に両手を向けていた。ポウッ。と、白い光が彼女の両手を包む。

 (余り使いたくはないが……致し方ないっ!)

 延命の為には大きな力は使えない。けれども、彼女は腹を括った。

 カッ!! 旋風が巻き起こる。鎮音の身体を白い光が覆い、旋風に包まれる。

 「“退魔五方陣”!!」

 飛び掛って来るネズミ達の頭上から白い5方形の光が出現する。それは☆型であり、まるで☆型の柱の様に光は放つ。ネズミ達はその柱に捕われ身動とれなくなり、一気に白い光の炎で焼かれたのだ。

 ウギャァァァッ!!

 気味の悪い悲鳴が聴こえる。

それは捕われたネズミ達から放たれる声であった。

 楓は五方陣の白い炎柱で焼かれるネズミ達を前に目を見開く。

 「すげ。」

 鎮音が力を使うのを彼女は始めて見た。そして、その強大さも始めて知った。

 ネズミ達は白い光の炎に焼かれ焼失したのだ。

 はぁ。と、鎮音は息を吐き手を降ろした。少し気怠そうではあるが、彼女は涼し気に言う。

 「葉霧、闇喰いを表に出せ。拉致あかない。」

 そう言ったのは、トンネルの奥からネズミ達がうようよと出て来たからである。

 皆、真っ黒な身体で巨大。更に紅い眼が光る。

葉霧は、灯馬達に襲うネズミ達を倒していたがその声に地に足を着けた。そして、楓は鎮音と葉霧を見た。

 「葉霧………、闇喰いを倒すしかねぇ。」

 楓の言葉に葉霧は頷いた。

右手を翳す。ネズミ達に。白い光が彼の手を覆ったのだった。    

  

 

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