第28話 ネズミの巣窟へ
東京都豊島区
そこは地下鉄の線路として使用されていた場所である、だが今は廃線になり撤去されず放置されていた。
そこに今回、“退魔師”を頼り現れた“あやかし専門探偵事務所”の所長であるネズミのあやかし、
突き当りのコンクリートの壁を指差して。
「着きました。ココが“俺達の巣”です。」
「は? 何処にてめぇらの“巣”があんだよっ!? ざけてんじゃねーぞ!!」
蒼いセミロングの髪を靡かせ、白い角を生やした鬼娘楓は怒鳴ったのだ。目の前には今回の“依頼者”である如月と言うネズミのあやかしが居る。
レッドブラウンの大きな眼、小顔で逆三角形の輪郭をしたネズミに似た顔立ちをした小柄な男。ぱっ。と見ただけでは人間と見分けがつかない、が、彼の今の様子からは異質だと感じられる。それは余りにも蒼白い病的な顔をしているのと、目元にくっきりとクマが出来ているからだ。そのクマはココに来た事で更に濃くなり、今はペイントしてるのかと思うぐらいであった。
「ありますし、“開いてます”。」
如月は気怠そうに答えた。
「あ? コンクリの壁しかねぇけどっ!?」
楓の怒声が地下トンネルに響く。
葉霧はモスグリーンのウィンターコートを着た如月の後ろ、灰色のコンクリートの壁を碧色に光る眼で凝視していた。
一見何の変哲も無いコンクリートの壁だが、このトンネル内を照らすオレンジ色の灯りと同色の靄が覆っていた。更にその靄は煙の様に色濃くなり、壁の中心で渦を巻く。そして渦は中心から穴を開けたのだ、そうまるで扉が開いた様に。
(……“入口”が視える。)
葉霧には視えたのだ、ぽっかりと開いた穴が。葉霧の隣で、“灯火”の様に煌めくオレンジ色の眼の
「“結界”か。」
鎮音の言葉に葉霧は頷いた。
「恐らく。」
「ん? 結界?? 何だよそれっ!? 葉霧っ、なんでオレには視えねぇのっ!?」
楓は直ぐに葉霧に聴く、何しろ彼女には未だコンクリートの壁にしか視えてないのだ。すると答えたのは鎮音だ。
「お前達あやかし……つまり、“外敵”から巣を守る為に張られた結界だ。退魔師には効かない、私ら一族はあやかしを殺す存在だから。」
楓はそれを聞くと あー。と、頷いた。何だか納得した様に大人しくなったのだ。
「そりゃそーか。」
と。だが、葉霧と鎮音の顔色は変わる、ぽっかりと開いた穴の向こう側から黒い煙が溢れる様に流れて来たのだ。その黒い煙が迫って来ると、目の前の如月の顔が少し歪む。苦しそうに。
ポウッ。と、葉霧の右手が白く光る、彼はその手を翳す、黒い煙に向けて。それに気づいた楓が、はっ。と、して葉霧を振り返る。開いた穴から黒い煙が天井を覆う様に、うようよと昇って雲の様になる。葉霧は天井を覆う黒い雲の様な煙 目掛けて、その光を放った。
カッ!!
眩い白い光が辺り一面を覆う。
「わっ!」
その眩さに目を閉じ声を発したのは、如月であった。そして、誰もが同じであった。地下トンネルは眩い白い光に覆われたのだ。眩しさで皆、目を閉じたのだ。
けれども、楓は見ていた。天井を覆う黒い雲の様な煙がその光で消滅したのを。
そして、消えたと同時に地下トンネルにオレンジ色の灯りが戻るのも。
「葉霧……今の“闇喰い”だよな?」
楓はトンネルの天井を見ながら聞いた、今はオレンジ色の灯りがぼんやりと照らすコンクリートの天井だ。
葉霧は右手を降ろし言う。
「ああ、巣の中に居る“闇喰い”が飛び出して来た。つまり……、この“入口”を開けたままだと、奴等が出て来る。」
更に葉霧は楓に言った。
「“封印”が解かれている。」
「え??」
楓はその言葉に葉霧を見るが、彼は破壊された地蔵を見ていた。楓はその視線を追いようやく、地面に頭を切断された地蔵が転がっているのを見つけたのだ。更にその地蔵の額には呪符が貼ってあった。
楓は はっ。とした、と、同時に葉霧を見たのだ。
「葉霧、あの“呪符”……一緒だ、“闇喰いの巣”の封印……。」
「そう、楓は
葉霧は楓に目を向けるとそう言った。
「うん、届けてた。そこでこの夜叉丸も貰ったんだ。」
楓は夜叉丸を葉霧に見せる様に少し上げて言った。銀色に光る刃を持つ日本刀だ。葉霧は何だか誇らしげに言う楓を見て言った。
「それは知ってるよ、そうじゃない。闇喰いの巣の封印が解かれ、彼等の巣の中に入り込んだ。」
葉霧は如月に目線を向けた、楓もそれを追う様に視線を移す。蒼白い顔をしているネズミに似た男を見ながら、葉霧は言った。
「君は……“異変”に気付いて巣を閉じた。そうだな?」
紅混じりのブラウンの髪から覗く碧色の眼は、如月を強く見据えていた。
「仰る通りです。」
レッドブラウンの大きな眼はそんな葉霧を見返し、頷いたのだ。如月は はぁ。と、軽く溜息つき言った。
「公開処刑みたいになるのはイヤなんで、取り敢えず仲間たちと一緒に……“滅却”して下さい。それが俺の望みです。」
如月はそう言うとくるり。と、灰色のコンクリートの壁に振り返る。葉霧に背を向けたまま言った。
「暴走する様なら殺してくれて構わない、俺も仲間たちも。」
如月の強い言葉を聞き葉霧は、その小柄な背中を見据える。だが、彼が視てるのはモスグリーンの背中ではない、その身体の中に巣食う黒い影だ。如月の体内を蠢く黒い影たち。それらは、一体ではなく複数の黒い影だ、人魂の様なそれらが体内を循環する様に蠢いている。
鎮音は言う。
「あの者は強い“妖力”で護られている、だが……かなり危うい状態だ。」
鎮音にも如月の中で蠢く黒い影……“闇喰い”が視えている。
「ああ。」
葉霧は頷きつつ穴の中に入って行く如月を見据えていた。そして、彼を守る様に傍に居た黒いスーツ姿のネズミ男たちも巣穴に入って行ったのだ。
総勢9人のネズミ男達がコンクリートの壁に、吸い込まれる様に入って行ったのを見て、
「えっ!? ちょっと待って!? どぉゆうことっ!? 消えたけどっ??」
驚いた様なその声に葉霧は言う。
「大丈夫だ、視えないだけで穴が開いてる。」
更に、鎮音が夕羅達を見て言った。
「安心しろ、後から付いて来ればいい。」
涼し気な2人を前に夕羅はとても不安そうな顔をしていた。
(そーは言いますけども。)
だが、楓が夜叉丸を握りすたすたと壁に向かって行くのを見て、やはりぎょっとしたのだ。だが、それも束の間、楓、葉霧、鎮音が揃って壁の中に吸い込まれる様に消えたのだ。
「行くぞ、俺らも。」
そう言ったのは
「行くぞ。」
「う……うん。」
秋人に手を引かれ夕羅、その後から
それは彼女達の感覚であり、実際は開いてる入口を通っているだけである。
巣の入口を通り抜けるとそこで待っていた如月が、右手を翳す。穴に向けてオレンジ色の光を放ったのだ。それは一瞬にして入口を塞いだ。何の変哲も無いコンクリートの壁が現れたのだ。夕羅はとても不思議そうに眺めていた。
穴の中は薄暗いが壁にはオレンジ色の光が灯っている。ぼんやりと穴倉を照らしている。
楓は先頭切ってその穴倉を見据えていた。噎せ返る様な血の臭いが辺りを充満している。そして集団のあやかしの気配も。
目の前にはレッドブラウンの眼を光らせたネズミ達が居たのだ。姿、カタチはドブネズミ同様、だがその体長は異様である。
大型犬……アラスカンマラミュート程はあるだろう。❨シベリアンハスキーより一回り大きい犬種である。❩
真っ黒な身体をした巨大化したドブネズミ達を前に、夕羅は目を丸くした。
「え?コレが……ネズミっ!?」
「まじか……。」
夕羅、秋人は異形種と言われるあやかしは見ているが、実際にちゃんとあやかしと言う存在を見たのは初めてであった。2人は、茫然としていたのだ。
「ええ、コレが俺達……“ネズミのあやかし”です。」
如月はそんな2人に言ったのである。
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