第27話 地下トンネルへ。

 東京都臨海副都心 皇海すかい街で騒動が、少し鎮静化している頃である。蒼いセミロングの髪に白い角を生やした鬼娘かえでは、“あやかし専門探偵事務所 代表”であるネズミ男、如月きさらぎに聴いた。

 「で? お前らの巣って何処? つか、ヤバいんだろ? お前も。それに“仲間”も。」

 蒼く煌めく眼がモスグリーンのウィンターコートを着たネズミ顔の男を見据えた。

 「はい、俺らの“巣”は雛野街ひなのまちの地下にあります。昔、地下鉄が走ってた場所で、今は廃線になって放置されてる地下トンネルです。」

 如月が言うと少しいやぁな顔をしたのは“穂高沙羅ほたかさら”である。

 「でしょーね、ええ、知ってた。ネズミの巣=地下って。」

 沙羅はこのメンバーの中でもなかなかのお洒落マスターだ。本日も気合入りまくりの格好である。

 真っ赤なノースリーブのトップスに、黒いレザーのショートパンツ。足元はヒール高めのサンダル。彼女の手足の長さ、スタイルの良さをこれでもかと際立たせる。

 ダークブラウンのロング髪をポニーテールにしていて、前髪はぱっつんのお姫様カット。一見クールに見える美人顔だが、楓同様に喋ると残念なタイプ。

 「だから、そんなヒール履いてくんなっつの。前にも言ったけど。」

 すかさずツッコむのは楓である。

 「うっさいなっ。まさか地下行くと思わんでしょーがっ。」

クール系美人顔は一瞬にして崩壊する。 

 「“雛野街”? 豊島区だな。」

 そう言ったのは“雨水秋人うすいあきと”だ。

さらさらの黒髪に、ブラウン混じりの黒い瞳をした天姿国色てんしこくしょくな人。身長も180超えと、葉霧や灯馬より少し低い程度。楓と出会ってから筋トレを欠かさないので、そこそこにガタイも良い。

 「巣のある地下道には俺達が運びます。」

 如月が言うと目を見開いたのは“神梛夕羅かんなゆら”である。

 「運びます?? え? どぉやって?? ウチらなかなかに大所帯よ??」

 ショコラ系色の長い髪をポニーテールにしている。大きな猫目が特徴的な黒い瞳をした神秘的な美人顔。身長170近いその身体は、すらっとしていてモデル並み。元気溢れる天真爛漫な人で、何かと直ぐにキレる恋人、雨水秋人の歯止め役でもある。彼女は穂高沙羅の従姉妹である。

 「大丈夫ですよ。一瞬なので。」

 如月は驚く夕羅に優しげに微笑むと右手を楓達に向けて翳した。それを合図にするかの様に如月の周りに居るネズミ男達もまた、右手を翳す。彼等は皆黒いスーツ姿である、まるでSPだ。

 楓はそれを見ると葉霧の前に立った。まるで護るかの様に。

 「変なことしてみろよ? 燃やしてやっからな。」

 ポゥっと如月達の右手が蒼白く光るのを睨みつける。が、葉霧はぎりが楓の両肩に手を乗せると掴んだ。

 「大丈夫だよ、楓。」

 「は??」

 楓はその声に振り向くと、紅混じりの明るめのブラウンの髪をした美しい少年は、微笑んでいた。既に葉霧の眼は碧色に煌めいている。

 「殺すつもりならもうやってる。」

 葉霧のその言葉に楓は あ。そか。と、頷いた。

如月達の右手から蒼白い光が放たれ、楓達を覆ったのは直ぐであった。眩い程の光が彼女達、更にネズミ男達をも包む。未だ騒然としてる皇海街の歩道から、彼女達は忽然と姿を消したのである。 

 

✢✢✢✢✢✢

 

 次に楓達が姿を現したのは地下トンネルであった。廃線となった古めかしい地下鉄のトンネルだ。廃線となった理由は下水道の劣化であり、少しの雨で地下鉄の線路までも浸水し使い物にならなかったからである。

 その線路はまだ敷かれており、砂利もそのままだ。だが、劣化は激しい、線路も所々亀裂が入り崩れている。

 水の溜まる線路脇のコンクリートの地面ですらヒビ割れが激しい。何10年と放置されていたのかもしれない。

 夕羅は隣に居る沙羅に声を掛けた。

 「真っ暗なのかと思ったけど……明るいのね……。」

 所々亀裂の入るコンクリートの壁に、オレンジ色の灯火の様な光が見えたからである。まるで、ランプの様に点々と灯りトンネルを照らしているのだ。

 うん。と、沙羅は頷く。

 コンクリートの壁に灯るオレンジの光を見て聴いた。

 「ねぇ? 如月さん、アレってライトじゃないよね?」

 先導する様に立つ如月は、振り返ると答えた。

 「はい、人間達の世界で言えば松明たいまつみたいなモンですかね? 道標です。」

 へぇ? と、並んで立つ夕羅と沙羅は目を丸くしたのだ。

 「それじゃ皆さん、巣へ案内します。」

 如月と、黒いスーツ姿のネズミ男達を先頭に楓達は地下トンネルを歩きだした。 

 夜叉丸と言う“妖刀”を携えて歩くのは鬼娘、楓だ。仲間たちの先頭を切って正に特攻隊の如く先を歩む。

 そして……楓の後を憑いて歩く様に退魔師葉霧、その仲間たち、

 “雨宮灯馬あまみやとうま”、“雨水秋人”、“神梛夕羅”、“桐生水月きりゅうみつき”。

警視庁あやかし対策本部巡査部長“新庄拓夜しんじょうたくや”。

 元“死霊狩り”を生業としていた19歳の少女、“穂高沙羅”。

 そして……退魔師一族をここ迄担ってきた葉霧の祖母、“玖硫鎮音くりゅうしずね”、更に今はその玖硫家に居候中のあやかし、モグラの“浮雲番フンバ”、“お菊”。彼女は水月に手を引かれて歩いている。

 なかなかの大所帯である。

 「葉霧……、奥にうようよ居る。」

 楓は夜叉丸右手に握り締めながら後ろを歩く葉霧を、ちらっと見たのだ。 

 「ああ、入った時から空気が違う、間違いなく“闇喰いの巣”がある。」

 碧色の光を放つその眼は、オレンジ色の灯りに照らされるトンネルを見据えていた。先はまだ見えないが葉霧の眼には、トンネルの先に黒い靄が掛かっている様に映る。

 「俺には解かんねぇな、何となく……“嫌な感じ”はするが。」

 葉霧の脇を歩く秋人がそう言った。葉霧はそれを聞くと

 「そのうち解る様になるかも。」

そう答えた。彼等の力は不確かなものである、葉霧にも解らないのだ。

 暫くトンネルを歩いて居ると、突き当りの壁が大きく穴が開いている。如月はそれを見ると言った。

 「車庫です。けど、今は俺らの巣。あの奥に仲間たちが居ます。」

 地下鉄が走ってた頃に使用されていた古めかしい車庫である。勿論、車両は無い。少し暗いトンネルが続いている様に見える。

 「あ。なんか空気が違うかも……。何だろ? 寒気みたいのする。」

 線路の続くそのトンネルを見て夕羅が言ったのだ。

 「“闇喰いの気配”だ。」

 葉霧がそう答えた。葉霧の眼には既にトンネルの入口から、真っ黒な煙が湧き出ている様に見えている。更に鎮音が言った。彼女の眼も、“灯火”の様にオレンジ色の光を放っていた。

 「かなり濃いな、数が多そうだ。」

 鎮音にも気配は解る。葉霧同様にトンネルを黒い煙が覆っている様に見えている。

 「俺らはあやかし、完全な夜行性です。なので今は活動してない筈。巣の中で大半が寝てると思います。」

 如月は言いながら古い車庫のトンネルの中に進む。

徐々にひんやりとした空気がトンネル内を覆ってゆく。それは、秋人にも解った。彼は隣を歩く葉霧を見て言った。

 「あー……なんか解る。ヤバそーなのは。」

 「その“感じ”が気配を辿るって意味だ、慣れてくると“視える”様になるよ、秋人は“地のヌシ”の力を授かってるんだ。」

 葉霧が言うと秋人はトンネルの先を見据えた。

 「なるほどな。アイツらと同じ様に、“あやかし”が視える様になるって事か。」 

 「ああ、今は化けてるあやかしの“実体”は、視えないかもしれないが、そのうち姿を隠してるあやかしも視える様になるし、“気配”も解る様になる。」

 葉霧が言うと秋人は少し笑みを零した。

 「“九雀クジャ”が言う“鍛錬を欠かすな”ってのは、その意味もあんのかもな。」

 秋人が“力を借りているヌシ”は、地の力を持つ九雀と言うヌシである。彼等は“土地神”なのでその地を離れる事が出来ない、それは“厄災、災害”に繋がり人間達に多大な影響を及ぼすからだ。その為、九雀を始めとするヌシ4人、“炎の嵐蔵らんぞう”、“水天竜すいてんりゅう”、“風の風牙ふうが”は、退魔師葉霧の傍に居る人間達に、力を授けたのだ。

 「かもしれない。」

 葉霧はそう答えながら思う。

 (それが良かったのかどうかは……解らない。“力”を使うと言うことは……“負担”になる。秋人や灯馬たちは“素の人間”だ、俺や鎮音さんの様に“元々の耐性”なんて無い。突発的に“力”を使う事になった人間……。)

 葉霧はちらっ。と、後ろを歩く灯馬たちを見た。

 (彼等は何も言わないが、力を使ったことによる“反動”は必ずある筈だ。俺と同じ様に。)

 葉霧は目線を戻す……、黒い煙で覆われるトンネルを見据えた。

 「葉霧、お前。またくだらねぇこと考えてんだろ?」

え? と、隣の秋人の声に葉霧は目を見開く。彼を見る事はしないが、秋人の呆れた様な声が直ぐに聴こえた。

 「俺らが“選んだ道”だ、お前に何の関係もねーよ。」

 葉霧はそれを聞くと

 「……そうか。」

 と、少しだけ笑みを零した。

 そして……如月の声が響く。

 「着きました。ココが“俺達の巣”です。」

車庫の奥の壁を如月は指差していたのだ。

 「「は??」」

 葉霧と秋人は揃って聞き返した。何故なら突き当りのコンクリートの壁だからだ。灰色の壁があるだけだ、それを如月は指差していたのだ。

 「!」

 だが、葉霧は見る。その壁の脇に壊された地蔵があるのを。コンクリートの地面に破壊され、首がもげた地蔵が転がっていたのを。その地蔵から黒い煙が沸いているのを。

 シュウゥゥ……と、まるで花火に火をつけ出る煙の様なものである。が、それは白煙ではなく黒煙だった。

 (……闇喰いの巣……。)

 葉霧の碧の眼は煌めきその眼光は、鋭くなっていた。  


  

  

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