第25話 退魔師とは。

 未だ騒然とする“皇海すかい街”。そこで、モスグリーンのウィンターコートを着たネズミに似た男は、そのコートの胸ポケットから、何やら取り出した。小柄で人間と何ら変わらぬ風貌、只、窶れていて血色が悪い。少し病的には見えるが“異種者”とは、気付かないであろう。薄気味悪いとは思うかもしれないが。

 「俺は“あやかし専門”の探偵事務所やってる、“如月きさらぎ“と言います。すんません………、助けて下さい。」

 彼は名刺を差し出し鎮音しずねに頭を下げた。ふさふさの黒頭を。

 鎮音はその言動を見据えていたが、 フッ。と、その“灯火”の様なオレンジ色の光を放つ眼が止んだ。

 代わりに現れたのは少し明るめのブラウンの瞳と、通常の人間の白眼であった。

 更に隣で呆然としてる紅髪の碧の眼をした“孫”を見たのだ。

 「葉霧はぎり、お前が決めろ。この者に“関わるか”、それとも“虚言”と撥ね退けるか。」

 「え?」

 葉霧は鎮音を見る。けれども、彼女の眼が元に戻っているのを見て はっ。とした様な顔をした。鎮音は、真紅の無地の着物の袖に手を通したまま言う。彼を真っ直ぐと見て。

 「この世界に現存する“退魔師”は、もう……お前だけ。私にはこの“如月”と言う男の“闇喰い”を消すことは出来ない。コイツは2日も放置すれば“喰われて死ぬ”。」

 鎮音は更に言う。

 「“あやかし専門の探偵事務所”などと、、、胡散臭いしか無い。が、葉霧。これからお前が関わるのは必ずしも“幻世うつせ”のあやかしだけではなく、この世界に生きてる“あやかし”。」

 鎮音は葉霧を真っ直ぐ見て言った。

 「その者達が恐らくお前に“命乞い”をする。そう、平安の世……“螢火ほたるび皇子みこ”が生きていた世界の様に。コイツらの様に助け、救いを求めてやって来る。何故ならお前は“退魔師”だから。」

 葉霧はぎゅっ。と、右手を握りしめ言う。

 「解ってます。それは。」

 けれども、鎮音はそれを聞き険しい表情をした。

 「解ってるのか? 本当に?」

鎮音はとても険しい表情で彼に言った。けれども、葉霧は微笑んだ。

 「ああ、俺は退魔師なんで。」

 鎮音は何ら曇りなきその瞳を見て、眼を反らした。そして、右手で頭を抑えた。

 「…………死ぬかも知れんぞ? “強い力”はそれだけ蝕む。」

 低い声が聴こえて楓は はっ。とした。

 「ばーさん!? 葉霧も“皇子みこ”みたいになんのっ!? イヤなんだけど!? それ!どーすりゃいいの!?」

 楓が瞬時に言ったのだ。

そしてそれには……灯馬たちも はっ。と、顔色を変えたのだ。鎮音は、手を離し葉霧と楓を見た。

 「“見極めること”。己を護る為に、己の“生命の力”それを護る為に、見極めること。それしか言えぬ。だが、お前は“螢火の皇子”に似ている………、だから不安は尽きぬ。」

 鎮音は言うととても縋る様な眼でブロンドの髪をした、灯馬を見たのだ。

 彼はその目に……察する。

 (ああ……そうか。葉霧は……形振り構わずだからな。)

 灯馬は、ぎゅっ。と、右手を握り言った。ネズミに似た男達に。

 「連れてけよ? 俺らが見てやんよ? ガチかどーか。」

 すると、その隣に立ったのは“雨水秋人うすいあきと”であった。

 「葉霧、楓。後で連絡する。コイツらの話がガチかどーか、俺らが調べてやんよ。」

 ネズミに似た男に秋人は冷たい眼を向けて言ったのだ。けれども、葉霧は言う。

 「大丈夫だ。俺達も行く。有難う。」

 優しげな微笑みを浮かべて。

 楓はそれを見て泣きそうな顔をしていた。

 (ああ……“皇子みこ”……何から何までムカつくほど、お前に似てやがるっ!! クソ! 葉霧だけは絶対に死なせねぇ! オレはその為にこの世界に居るんだろっ!? そーだよなっ!? 皇子っ!)

 楓は……仲間達の前で微笑む彼を見てぎゅっ。と、右手を握り締めていた。

 鎮音は葉霧を見ると言う。

 「行くのか?」

葉霧は、その心配そうな何処か諦めた様な表情をする老女を見て言った。

 「行くよ、俺は“退魔師”だから。」

 葉霧のその強い眼差し、強い意志を感じられる言葉に、鎮音は俯く。けれども、彼女は直ぐに顔を上げた。

 「“そう”! “くれない!。」

 鎮音が少し強い口調で叫ぶと、ぼやっと蒼紅の炎が鎮音の両脇に灯す。蒼と紅の炎はやがて“人影”に変わる。

 忍び服を着た少女の姿に。けれども、実体ではなく炎を纏ったままその姿で、鎮音の両脇に浮いていた。

 鎮音は言う。

 「“護れ”。」

 と。

 「「“仰せのままに”。」」

 2人はそう言うと炎の中に1度その姿を消す。メラメラと燃える炎。それが、やがてばぁぁぁっ。と、“光”に変わる。

 そして、楓と葉霧の胸元に煌めく“勾玉”に、その双子の光は吸い込まれたのだ。

 「「えっ!?」」

 2人は夫々の深蒼の勾玉、深紅の勾玉に彼女達が吸い込まれたのを見て驚いていた。

 鎮音はそんな2人を見て言う。

 「葉霧、お前は要らんと言ったが………すまぬな。私の“我儘”だ。」

 鎮音は彼を見てそう言った。葉霧はそれを聞き鎮音を見ると、柔らかく笑う。

 「………すみません。」

 そう言った。鎮音はそんな葉霧を見てから楓を見た。

 「もう……お前しかおらぬ。“玖硫葉霧くりゅうはぎり”を護れるのは。すまぬな、“鬼娘”。本来ならもうとっくに“目的”を果たし、馴染んだ世界で生を全うしていただろう。けれど、“封印”されこの世界に取り残された。可哀想とは思うよ、生きる世界が違い過ぎて。」

 鎮音はとても険しい表情をした。眉間にシワを寄せた、それは楓に慈悲を与える表情では無かった。けれども、彼女は強く楓を見据えて言った。

 「だが、酷な事を言うが“あやかし”……つまり、お前達が存在している限り、終わらぬ。この“連鎖”は。そして、それを止めるべき“存在”はやはり、策を練る。“短命が長命”に勝つにはどうすればいいのかと。」

 楓はそれを聞き鎮音を見据えた、蒼き眼で。鎮音は言う、まるで物語る様に。

 「その為に“敢えてあやかし”を使う。それが、お前だよ、楓。螢火の皇子はこの為にお前を封印した。今、その時。そして、葉霧。」

 鎮音は葉霧に眼を向けた。

 「お前は……この世界の為に命を散らす。それを知ってるから、楓を封印した。解るな?」

 葉霧はそれを聞き少し驚いたが、直ぐに真剣な眼を彼女に向けた。

 「解ってます、さっきも言った。」

 鎮音はそれを聞き……やはり、頭を右手で抑え項垂れた。

 「何故………私では無かったのか…………。」

 そう呟いた。

すると、楓が泣きそうな顔で叫んだ。

 「やだっ! やめろっ! ふざけんなっ!! そんなことさせる為にオレは、封印されたんじゃねぇんだよっ!」

 鎮音は楓を強く見据えて怒鳴った。それは、怒号の様に。

 「そんな事は解っているっ!! だが! “幻世”から這い上がって来る闇者には、現世のあやかしでは太刀打ち出来ぬっ! 解っておろう? 平和が力を奪っていると! そして、弱者は強者を頼るとっ!!」

 更に鎮音は楓に言った。

 「螢火の皇子は“我等退魔師一族”の頂点にして最強。けれども、短命だった。僅か“23歳”。その歳で彼は蝕まれたのだ! 最期は血を吐き“隠し者雪丸”を護ることすら出来ぬ状態で、命を散らしたのだ! 解るか!? 鬼娘っ!!」

 鎮音は激昂していた。楓は……はぁ。はぁ。と、息を切らす老女を見ていた。そして……灯馬が言う。

 「ばーさん……どーしたよ? そんなの楓にも葉霧にも関係なくね? フラッシュバックしてんのか知らんけど、心配し過ぎ。」

 はっ。と、鎮音は我に還った様に灯馬を見た。彼は柔らかく笑っていた。

 「大丈夫だって。俺ら居るし? 死なせねぇよ。葉霧も、楓も。」

 灯馬のその声に鎮音は、やはり右手を頭につけ抑えた。

 ふふっ。と、軽く笑い

 「ああ………そうだったな。」

 そう呟いた。自身の感情を抑えた少年に感謝しながら。

  

 

  

 

 

 

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