第24話 鬼娘楓と桐生水月

 救急車のサイレンが鳴り響く。

東京都皇海すかい街に聳え立つシンボルタワー……海に浮かぶ都市の由来で、海をイメージしたライトアップが人気の観光スポットでもある。名を“ルシエルタワー”。

 そのタワーが見下ろす街中は依然として騒然ではあるが、徐々にタワーから助け出された人達が、救急車に乗り搬送されてゆく。この時ばかりは規制線も解かれ、道路は解放される。通常のラインとして。

 そんな街中にタワーでの死闘を終えて降り立ったかえで葉霧はぎり達の前に現れたのは、“退魔師”を捜していたであろうあやかし集団であった。それも、“ネズミ”に良く似た風貌の人間の姿をした男達である。

 リーダー格の様な男は、小柄だが窶れた顔立ちをしている。青白い顔にレッドブラウンの眼が異様に光る。

 肩を丸めその華奢な身体を包むのは“モスグリーンのロングコート”。それも冬物である。

 今は7月、葉霧達の学園、“私立各務かがみ学園高校”が、夏休みに入ったばかりである。湿気で暑くなり始めた頃でもある、それなのに厚手のモスグリーンのコートを着ていたのだ。

 そして彼は葉霧を見て言ったのだ。

 「捜してたんですよ、“退魔師殿”……いや? “玖硫葉霧”さん。」

 葉霧は既に戦闘態勢だ、右手に白い光“退魔の力”を宿しその男を見据えている。“退魔師の碧眼”で。

 直ぐにでもその光を解き放てる程、右掌を男に向けている。右手は白い光に覆われていた。

 「捜してた? 何の為に?」

 葉霧は聴く。あやかしが自分を捜すのは=殺意、敵意。だと知っていても。

 だから彼の眼は鋭く尖る。

 (ん?)

 ここで“玖硫鎮音くりゅうしずね”は気付く。8人程度居る男達の前に立つモスグリーンのコートを着たそのリーダー格の男を見て。

 そして白い光に覆われている葉霧の右手首を掴んだ、がっ。と、力強く。

 「待て、葉霧!」

 その声はいつになく強く低く響いた、まるで“強い制止”を促しているかの様に。

 「は? 鎮音さん?」

 葉霧は驚き彼女を見るが、はっ。とした。

鎮音の眼は、“灯火”の様にオレンジ色に煌めいていたのだから。瞳は葉霧と同色、ブラウン系だが白眼の部分が葉霧同様に、オレンジ色を発光していた。

 そう、楓とも同じだ。彼女も蒼く煌めく眼だが瞳は黒い。白眼だけが、彼等も“あやかし”も異様に色が変わる。これが“人間”との違いの1つである。

 「ば……ばーさん??」

 楓はその眼で鎮音の“灯火の眼”を見ていた、驚いた様に。何故なら鎮音の“この眼”は見た事がないからだ。そして、葉霧も同様であった。けれども、鎮音は葉霧から手を離し“ネズミ男集団”を見据えた。真紅の着物、その袖に腕を通しながら。彼女はいつも派手な“和の華柄”を好んで着るが、今日は無柄である。

 「捜していたと言っていたな? いや? 余程……切羽詰まってる様に見えるが? お前……“闇喰い”にやられてるな?」

 鎮音は低い声でリーダー格のネズミ男を見て言ったのだ。すると、青白い顔をしたその男は前歯2本を見せたまま、ふふっ。と、笑う。愉快そうに。

 「ああ……“耄碌もうろく”してなかったんですね? 鎮音さん。何故? 解りました? 貴女はもう“力無し”と聞いてますが?」

 すると楓が直ぐに激昂した。背中に手を伸ばし、背負ってる黒いホルスター…、つまり“夜叉丸”へと右手を伸ばしたのだ。

 開いた口から突き出してるその柄を握る。

 「てめぇ! 舐め腐ってんじゃねーぞ? ブチ殺されてぇかっ!?」

 が、その抜こうとした手を掴んだのはブロンド髪をした“雨宮灯馬あまみやとうま”であった。

 「楓っ! つか落ち着けっての!」

 「うっせ! 離せっ!」

だが、楓は激昂していて聞く耳持たない、灯馬を睨みつけて夜叉丸を抜こうとしたのだ。

 「楓ちゃん!!」

 けれども……楓の手は止まる。ぴたっ。と。

 その左肩を掴むドールフェイスの美少女の声に。

楓はとても心配そうに泣きそうな顔をして、自身の左肩を掴む彼女を見た。睫毛の長い大きな眼、その明るいブラウンの瞳が、彼女を真っ直ぐと見ていたのだ。

 「……水月みつき……。」

 楓は“桐生水月きりゅうみつき”を見て動作は止まっていて只、その揺らぐ瞳と泣きそうな顔を見ていた。

 「お願いっ。こんなとこで“刀”振り回したら、“銃刀法違反”なのっ!!」

 「は?? へ??」

 けれども、とても真剣な彼女から聴こえたその言葉に楓は、きょとん。と、してしまったのだ。けれども、真剣な顔で水月は言った。

 「捕まるのっ!! 解るっ!?」

 楓は………きょとん。であり、ちらっ。と、灯馬を見上げた。彼は少し苦笑いして、楓から手を離した。

 ブロンド髪の異国混じりの美形少年は、とても困惑した顔をして言った。

 「あ〜………“無茶すんな”ってことだな。」

 灯馬はそう言うと隣の真剣な顔をした水月を見て、

 (すげ。必死。)

 と、何だか微笑ましくなったのだった。

こんなに誰かに憤慨してまで関わろうとしてるのを見た事がないからだ。自分や幼馴染は別として。

 楓はそんな水月を見て未だ呆然ではあるが、言った。

 「ごめん、水月。」

だが、彼女は笑う。柔らかく。

 「すみません、心配すんな。つか、泣きそうな顔はやめてくんね? さすがにちょい……罪悪感がすげーデス。」

 と、彼女は照れた様な何とも言えぬ気まずそうな顔をしたのだ。水月は、あ。と、楓から手を離した。少し俯き加減で水月は言う。

 「楓ちゃんは……あたしにとって大切な“友達”なの。だから……居なくなったらイヤなの………。」

 水月の言葉に楓は彼女に向き直った。しっかりと、水月に向き合う。自分よりも少し背も高いし、いつも大人びてる彼女が今はとても小さく“可弱気かよわき存在”に見えたのだ。

 だから、少し腕を伸ばし踵上げるしかなかったけども、楓は水月の頭に手を乗せた。 ぽんっ。と。

 はっ。とした様に水月は目線を上げた。

白い角を頭に生やした蒼い眼の鬼娘が笑っていた。

 「悪い。気をつける。うん。だから、泣きそうな顔はやめろ。」

 楓155㌢、水月167㌢。彼女は爪先立ちで頭に手を乗せていたのだ。水月はその爪先立ちをしてる鬼娘に、何だかとても可愛いらしく……そして、ほんわかするのだ。

 だから彼女は楓を見てにっこり。と、笑みを自然と浮かべていた。

 「うん。楓ちゃんも忘れないで。貴女は1人じゃないから。あたしはずっと傍に居るから。」

 楓はそれを聞き へへっ。と、照れ笑いを浮かべ申し訳程度の白い八重歯みたいな牙を覗かせる。

 更にぐしゃぐしゃ。と、彼女のふんわりマロンクリーム色の頭を撫で回した。乱暴に。

 「へいへ〜い、解ってますよぉ。」

 照れ臭そうに言いながら。わっ。と、水月は乱暴な楓のスキンシップに、少し困った顔をしていたが、その口元は笑みを溢していた。

 灯馬はそんな2人を見て思う。

 (………コイツら見てると“関係”ねぇんじゃねーかと思う。種族の違い、生きて来た環境とか。)

 水月と楓の“種族を超えた友情”は現実である。灯馬はそれを見て思ったのだ。

 

  

   

   

 

 

  

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