第47話 ヒーロー。
昼食後、みんなで少し沖の方まで行ってみようという話になった。
俺とサユキがゴムボートに乗って、他のみんなが周りについているような配置で俺たちは海に出る。
その遊泳の途中で、
「――――――――っっ!!?!!?」
それは起こった。
「………………ブクブクブク……」
泳いでいた星乃が突如悲鳴をあげるように呻く。そして直後、星乃の身体が、茶色の髪が、深い水の中へと吸い込まれるように消えた。全員の間に緊張が走った気がする。
まさか、……溺れ………………!?
なぜ……!? 足をつったのか!?
いや、今はそんなことを考えてる暇なんかない!
はやく星乃を助けなければ……!
俺はすぐさま、ボートから海へ飛び込んだ。
「星乃!」
「なっ、ヒロさん!?」
俺を引き止めようとするようなユキの声が聞こえた。
でも、止めてくれるな。俺はユキだけのヒーローだけど、みんなを助けることなんてできないけれど。それでも、数少ない友人のために……!
俺はもがく。もがく。水をかく。かきわける。
が、
「(ぜんっぜん進まねええええええええ!?)」
というか、そうだった。
忘れてた。
俺、カナヅチだった――――――――。
意識が、……沈む。
・
・
・
なんだ、これ……。淀んだ意識の中に俺はいた。
俺、たしか星乃を助けようとして海に飛び込んで……それで……。
あ、そうだ。カナヅチだったことを思い出して、俺も溺れた、のか……?
それで冷たい海の底に吸い込まれて……。
まさか、死んだとか? ここ、あの世か?
いや、でも。なぜだろう。温かい。何かに抱かれている? 手を、握られている?
でも、これはよく知ってる温かさだ
一番落ち着く、俺の大好きな人の――――。
「ヒロさん!」
「………………え?」
目を開けると、そこには銀色をまとった天使がいた――――――――じゃなくて、恋人の顔がそこにはあった。
砂浜で、ユキに抱きかかえられていた。
「………………そうか、俺……すまん、ユキ」
「ホントですよ……無茶しないでください……」
ユキの頬に一筋の涙が流れるのが見えた。ああクソ、何やってんだよ、俺。
なに、泣かせてんだよ。もう泣かせないって、決めたはずなのに……。
俺はユキの頬をなでる。
「ごめん。ごめんユキ。俺がバカだった。軽率だった」
「ホントです。おバカすぎです。考えなしすぎです」
「ああ……ほんとに、ごめん」
だから、泣かないでくれ。そう言いたかったけど、今の俺にその資格はないように思えて。俺はユキの頬を撫でることしか出来なかった。
泣き止んでくれるのを待つことしか出来なかった。
「ユキが助けてくれたのか?」
「私以外に、誰が助けるというのですか?」
ユキはその泣きはらした顔のまま、当然だとでも言うように胸を張った。
「そっか。そうだな。ありがとう、ユキ」
「はい。こちらこそ、ありがとうございます」
「なんでユキがありがとうなんだ?」
「私にヒロさんを助ける機会を与えてくれてありがとう、ということです。やっと、あの時のお返しができた気がします」
あの時。そう言われてすぐに思いついたのは、出会って間もなくのあの日だ。
そんなこと、いいのに。あの時、泣きじゃくるユキに格好つけたことを言ったくせに、俺がこれじゃあざまあない。
それに、俺だってユキに助けられてばかりだ……。
でも、それでいい。それがいいのだろうか?
今回みたいなことは完全に俺の不始末だが。猛省するべきだが。助け合って生きていくのが俺たちなのだから。
「あ、そういえば星乃はどうなった?」
バカが二次災害を起こしていたせいで肝心なことを忘れていた。
「夏帆さんならあちらに」
ユキが指す方を見ると、砂浜に座る星乃が膝立ちの雨木を抱きしめていた。
あれは俺みたいに二次災害を起こしたわけじゃないよな……?
「あの子、ヒロさんより早く夏帆さんを助けるために海へ潜っていたんですよ? 聞こえませんでしたか? 彼が夏帆さんを呼ぶ声」
「言われてみれば……?」
聞こえたような、聞こえないような?
自分の考えを巡らせるのに必死で回りが見えてなかった。
「普段からは考えられないほど、大きな声でしたよ? それに夏帆さんを助け出す姿は格好良かったです」
「マジか……てか、ユキさん?」
「……? どうしました?」
「いや、そのですね。あの、……」
ユキが誰かのことを、しかも男のことを格好いいというなんて今までなかったような……?
俺があたふたとしていると、ユキは俺の思考を読んだように笑った。
「ヒロさんも格好良かったですよ? 海に飛び込むところまでは、ですが」
「ぐぬう……」
まあ、そうだけど。今回の俺はいつも以上に格好悪いことこの上なかったけど。
あんだけ年上面しといてこのざまだ。やっぱりなっさけねえなあ、俺。
まあでも、これでいいか。今回だけは。
ちゃんと、星乃のヒーローやれてるじゃねえかよ。
星乃にもみくちゃにされる雨木を見て、そんなことを想った。
「まあまあ、拗ねないでください。ヒロさんはいつでも私のヒーローですから」
なだめるように俺の頭をなでるユキ。なんか、子ども扱いされてる気がする。
クソ、……まああれだ。ユキのためだったらカナヅチくらい、奇跡のとんでもパワーで克服してやるさ。いや、マジで。マジだからな?
だから今回の俺は、このあとユキのご機嫌を取ることだけを考えよう。
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