第46話 スイカ割り大会。

『それではこれより、カップル限定スイカ割り大会を開催いたしまーす!』


 そんなアナウンスのより始まった海の家主催のスイカ割り大会。

 カップル限定とかいう差別極まりないこのスイカ割り大会に、俺たちはサユキの「スイカ食べたい」の一言で参加することになったのだった。


 サユキさん、スイカならこの前も食べたよね? え? 覚えてない? そうですか……。


 幼女さまに逆らおうことなどできるはずもない。



 スイカ割りのルールは簡単。

 目隠しをした彼氏が彼女の声を頼りにスイカを割る。成功者への景品はもちろんそのスイカ。


 ただし、カップルの間にはギャラリーがウソの情報を流すという障害が立ちはだかる。彼氏は喧騒の中で彼女の声を聴き分けて進むわけだ。


 ところで、こいうのって失敗したら喧嘩の原因とかになるんじゃないの? まあ、俺とユキには全く持って関係のないことだが。


 

 そんなこんなで、スイカ割り大会、開幕である。


 挑戦者はなんと2組!


 俺とユキのペアと、雨木と星乃のペアだけやないかーい!


 過疎ってんのか? いや、それにしてはギャラリーはたくさんいるらしい。


 おいおいおいいいのかよそんなんで! 世の中のラブラブカップルさんたちよお!


 雨木と星乃とかいう厳密にはまだカップルではない二人が挑戦するというのになんたる怠慢か。


 ここは俺とユキがカップルの何たるかを世の中に教えてやるしかないらしい。



 と、まずは雨木星乃のペアの挑戦である。


 ここで軽々と成功されたら教えるも何もなくなってしまうのだが、はたしてどうなるか……。


「後輩くん、あたし頑張って叫ぶから! 信じてね!」


「は、はい! 頑張ります!」


 そんなふうに声をかけあっている二人の様子が見えた。雨木の方は随分と緊張しているようだ。


『それでは、一組目開始です!』


 アナウンスが入ると同時、目隠しをした雨木がその場でぐるぐると10回転する。


 そしてそれが終わった直後、スイカ割りが始まった。


 ギャラリーによる野次が一気に飛んでいく。なかなかの大歓声だ。


 この中で星乃の声を聴き分けるのは難しいかもしれないぞ……。


 星乃の声は応援団をするだけあって大きい。だが雨木よりはずいぶんと近い位置から聞いている俺でも聞き取るのは至難の業だ。


 それになにより……


「まえー! もうちょっと前! あ、違う! 左! じゃなくて右! そこでUターン!」


 星乃さん?

 スイカ割らせる気ある?


 ふつうに聞こえてたとしても無理な気がする。


 雨木は戸惑うようにふらふらと彷徨うばかりだ。



 そして数分後。


「てりゃ!(すかっ)」


 あっけなく雨木星乃ペアの挑戦は終わった。

 

「すみません……僕が先輩の声を聴きとれなかったから……」


「そ、そんなことないよ! がんばったがんばった!」


 落ち込む雨木の頭を撫でで励ましている星乃の姿が見えた。

 先輩してるなあ。俺とユキとはまた違った関係性だ。ろくに後輩の知り合いがいない俺には知りえない関係。


 でもまあ、情けなさは俺に似ている。

 それに知り合ったのは今日だが、俺も雨木の立派な先輩だ。


 だから、ここは先輩としての威厳を見せてやろう。



『それではお次のカップルさん準備をお願いしまーす!」



 アナウンスが響き渡ると、隣のユキが問いかける。


「ヒロさん、なにか話しておくことはありますか?」


 ユキが言っているのは作戦とか、そういうことだろう。まあ確かに、星乃たちを見た後だとそういうものも必要かと思えてくる。


 でも。


「べつに。いつも通りでいいだろ」


「ふふっ。そうですね。そうしましょう」


 特別な方策など必要ない。



『準備はいいですかー!? それでは、二組目という名の最終組、開始です! これで成功しなかったらスイカはスタッフのもんじゃい覚悟しとけー!」



 そうして、俺とユキのスイカ割りが始まった。


 まずは雨木と同じように目隠しをして、その場で10回転。


 おおう……けっこう平衡感覚失われるもんだな……。ふらふらする。もう自分が前を向けているのかも分からない。


 そして気づくと、さっきと同じようにあたりは歓声で埋め尽くされていた。

 右だ左だ前転だバク宙だと適当な指示が聞こえてくる。


 俺はとりあえず無駄に動こうとせず、その場にまっすぐ立った。


 無駄な声は聴かなくていい。シャットアウトしろ。


 俺が聞くべき声はたったひとつ。


 何度だって聞いた、愛しい声ただ一つだ。


 世界一綺麗で、透き通った声だ。


 この喧騒の中でそれを聴き分ける。


 そんなの、簡単すぎて欠伸がでるだろう?



『ヒロさん。ヒロさん。聞こえてますか?』


「(おう。聞こえてるよ)」


『聞こえてたら、右手を挙げてください』


 俺は指示通りに右手を挙げる。これでお互いの意思疎通が取れていることは確認できた。


『聞こえているみたいですね。まずは一安心です』


「(あたりまえだろ。どんな状況でも、ユキの声なら聴き分けるよ)」


『ふふっ。それでは指示だしますね。私の言う通りに動いてください』


「(了解)」


『まずは右に120度回転。それから――――――――』 


 ユキがまるで俺の心の声まで聞こえているかのように笑うと、的確な指示を出していった。


 俺にはもう、ユキ以外の声は聞こえていない。


 そしてまた、数分後。


『ヒロさん。もう少しですよ』


「(おう)」


『あとは微調整です。そこからもう半歩右へ。それからまた半歩前』


「(こうか?)」


『はい。そうです。その位置です。あとは――――――――』


「(振るだけ、だな!)」


『はい! 思いきり振って下さい!』



 ずしゃっと鈍い音が辺りに響いた。


 一瞬の静寂。そして……。


『お見事! スイカ割りチャレンジ成功でーす! おめでとうございます!』


 ワーッと歓声が上がった。


 目隠しを取ると、そこには見事に半分に割れたスイカ。


 前を見れば、銀色が視界を覆う。そこには微笑みを浮かべる恋人の姿があった。


 俺はその愛しい人に、最高のパートナーに、ぐっと親指を立ててサムズアップして見せた。


 もっと喜んで、抱き着いて見せたりでもした方が良かったか?


 いや、そんなギャラリーへのサービスはいらない。


 何よりこんなもの、俺たちにとってはできて当然。できないわけがない。


 だから、大手を振って喜ぶのは他の連中に任せよう。


「浅間くんすごーい!」


「ヒロくんさっすが~」


「よくやった浅間紘! これでサユキ様にスイカを献上できる!」




◇ ◇ ◇




「おい」


 スイカ割りからすこし後。俺は浜辺にひとりで座る少年に話しかけていた。


「スイカ、食わねえのか?」


「それは先輩たちがとったものです」


「そういうなって。ほれ」


 拗ねた様子の少年に俺は持っていたスイカを無理やり渡す。


「うわっ」


「食え食え」


 俺がそう言うと、少年は渋々といった様子でスイカにかじりついた。

 その背中は丸まっていて、いかにも拗ねてますといったふうである。


 そんな少年はスイカを両手で持ちながら、ふと口を開いた。


「僕、情けないですよね……」


「あ?」


「ほんと、何にもできてないです」


「……そうかもな」


 今日に限ってはそうかもしれない。星乃ともあんまり話してないし。スイカ割りも失敗したし。

 

 でも、こいつは自分から告白してるんだよなあ……それが俺とこの少年の違いだ。この少年はきっと、俺なんかよりずっと素直で、勇気がある。


 しかし俺は、素直じゃないからな。こんな言葉を投げかけよう。


「でもまあ、俺もそんなもんだ」


「え?」


「俺も、何もできてねえよ。だから、助けてもらってばかりだよ。ユキにも。星乃にも。磯貝にも」


「でも、さっきのスイカ割りでは……」


「あれもまあ、ほとんどユキのおかげだしな。俺は聴き分けただけ」


「でも、僕は星乃先輩の声を聞き取ることもできなかった……」


「そんなもん、そのうちできるようになる。星乃ともっと時間を積み重ねればな」


「そうでしょうか……」


「ああ。絶対できる」


 愛があれば、とか。クサイことを言いそうになって、やめた。さすがにそれは俺の領分ではないだろう。そういうことを言うのは、おバカな恋人だけで十分だ。



「……僕も、浅間先輩と藤咲先輩みたいになりたいです」


「いや、それは無理だろ」


 少年は口をついたようにそう言った。だけど、俺はそれを間髪入れずに否定する。


「え……、な、なんでですか!」


「俺とユキが築いた時間は、俺とユキだけのものだ。だから俺たちみたいに、なんてのは思わなくていい。思う必要はない。それぞれの関係ってのがあると思う」


 そんなふうに言われるのが嬉しくはあるけどな。


 人の真似をすることに意味はない。いや、物事は基本的に真似から始まるものだけど。


 でも、特に恋愛っていうものに関しては真似など不要だと思う。


 人が言ったから、人がこうだから、ではない。


 自分だけの何かを、価値を見出す。それが恋愛ってものではないだろうか。


「例えばさ、雨木と星乃は年が違うだろ? 恋人とか以前に先輩後輩だ。だから、交流の仕方も違う。お前たちはお前たちなりの、ってな」


 俺たちの間に、恋人である前に幼馴染という関係があるように。


 先輩後輩ってものも、一生残る大切な関係性ではないかと思う。


「僕たちなりの、ですか……」


「おう。だからまずは話せ。たくさん星乃と話してこい。ほれほれ。とっとと行け」


「え? ええ!? ちょ、ちょっと待てください! まだ心の準備があ~!」



 俺は何食わぬ顔で少年の、雨木の背中を押す。



 まずは話すことだ。それすらせずに立ち止まったって、いい結果は得られない。


 雨木や星乃は、俺たちとは違う。それはそうだ。当たり前のことだ。だからそこにはそれぞれの形がある。それぞれのやり方がある。

 だけど、一番大事なのはコミュニケーション。それは人類みな同じだろう。そうやって、人は歩み寄っていくんだ。


 そう、それは例えば幼き日、ひねた子供だった俺と、ひとりぼっちの銀色だったユキのように————。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る