第48話 雪色の想い。
夢を見ました。
とても、とても、悲しい夢です。
その夢の中で、私は一人きりでした。
いいえ、違います。私の周りには何人もの大切な人がいたのでしょう。ですが、私には何も、何も見えなかったのです。
だって、その夢には、その世界には、私の最も愛する人がいなかったから。
あの人が、ヒーローが、いなかったから。
それだけで世界は色あせて、風景は失われてしまいました。
銀色など、どこにもなかったのです。
その世界では、だれもあの人のことを覚えていません。だれも、あの人のことを知りません。それなのに、私だけが、あの人のことを覚えていました。知っていました。
あの人のことを、そこがどんな世界であろうと変わらず、愛していました。
だから、私は聞きます。あの人のことを知りませんか、と。
あの人はどこにいますか、と。
でもやっぱり、だれもあの人のことを知らないと言います。
今度は自分の足であの人を探すことにしました、
思い出の場所をめぐりました、
必死で、走りました。あの人の影を、追いかけました。
でもやっぱり、あの人はいません。
最後に、あの場所へ行きました。
あの人と出会った、あの公園です。その公園の奥地です。
この場所にもいなかったら、きっと私の足は止まってしまうと思ったから。だから、この場所を最後にしました、最後の望みを、ここにつないだのです。
でも、やっぱり、やっぱり、あの人はいませんでした。
それどころか、あの人に出会ったあの場所さえも、見つけることができませんでした。あの森は、あの池は、どこへ行ってしまったのでしょうか。
まるでこの世界そのものが、あの人の存在を否定するかのようでした。
そうして私は、あの人を探すことを諦めました。
――――――――諦めて、しまいました。
だけど、それでも、世界の摂理のようなものに跪こうとも、捨てられなかったものがあります。
それは、彼への恋心。彼を愛する気持ち。彼だけを、想う気持ちです。
たとえ今は逢えなくとも、私はその想いだけを抱え続けて生きることを決めました。
あの人がいないなら、私はひとりでいい。
だけど、いつかあの人が帰ってくるかもしれないから。その時、私がいなかったらあの人が悲しむから。私は生きます。いつか、あの人が私の元に戻ってくれることを信じて。
そうして、孤独な人生が始まりました。
でもきっと、孤独なんて言うのは自分がそう思っていただけで。
優しい女の子が、一緒に遊ぼうと言ってくれました。
少し夢見がちな男の子が、私を守ってくれると言ってくれました。
だけど、私はそれらを全て、拒みました。
あの人以外は、いらないのです。あの人の差し伸べる手だけが、私の救いなのです。あなたたちは、違うのです。
それから高校を卒業して、大学生になって、社会人になりました。
その間も、何度も、何度も、私を心配してくれる人がいました。それでもやっぱり、私はそれを拒みます。
孤独を、選びます。
そんな生活がずっと、ずっと続きました。
そしていつしか、私は壊れてしまったのかもしれません。それとも、元から壊れていたのでしょうか。
オトナになった私は、あの人がもう二度と、決して私の前に現れないことを悟りました。
私は、家に引きこもるようになりました。
ずっとずっと、あの人との思い出だけを振り返りながら、引きこもっていました。
いつだったか、優しい女性が家を訪れました。夢見がちな男性が家を訪れました。お父さんが、お母さんが、妹が、家を訪れました。
私はやっぱりそれらをすべて、追い返します。
そうして、私は少しずつ、少しずつ、老いていきました。
そんな私に残っていたものは、何でしょうか。
それは、やっぱり、やっぱり、やっぱり、あの人への想い。
それだけは、彼がいないことを悟ろうと、それでも、この胸に抱き続けていました。赤く、黒く、ズタズタに引き裂かれた恋心が、そこにはありました。
想って想って想って想って想って。彼だけを、想い続けて。
そうして、何年も何年も時間が経った頃、その夢は終わりました。
目が覚めたのです。意識が戻った時、私は不思議と泣いていました。
おかしい、ですよね。私は望んでそうしたはずなのに。あの人がいない世界なんて私には必要なくて。そんな世界はありえなくて。
あの人がいないなら、あの人がもし私から離れていくのなら、現実の私もきっと同じことをするのに。
それほどまでに、私にはあの人しかいなくて。あの人を愛しているのに。
その先にあったのは、深い深い悲しみと後悔でした。
昔、誰かが言っていました。
もっとも永く続けられる恋とは、決して報われない恋のことだ、と。
きっとその通りです。
好きだけど、手に入らなくて。でもだからこそ、諦めきれなくて。どこまでも、いつまでも、抱え続けて。
その果てに、人はきっと――――――――。
「報われない恋」、それはきっと呪いと同じです。それは続けられるのではなく、手放せなくなってしまうのです。心を、蝕んでいくのです。
その恋は人を酔わせます。自分は恋してるんだぞ、って。その恋は世界を色づかせます。それがいつか報われるのならいいでしょう。しかしそれは、その名の通り決して、報われないのです。
それはいつか、人を壊します。
その先にあるのは、地獄です。
もしかしたら、そうなったときにはもうそれは恋心などと呼べるものではないのかもしれません。それはまさしく呪いで、人を決して離さない亡霊のようなもので。
その先にあるのは、途方もない絶望と、空虚なのです。
その先に、幸福は存在しないのです。
それは周りにいるすべてを、不幸にするのです。
あの人が、愛する人がいないからって、自分が一人きりなんて、そんなことはありません。
それは大切な友人を、家族を、悲しませることになります。
そんなことがあってはならないのだと、そう、思います。
だから、多くの人はこんな生き方を選ぶことはしない。
こんな生き方を選ぶのは、私のように愚かな女の子だけでいいのでしょう。
この夢のおかげで、私は「人の想い」というものについて、いくつかの答えを得たように思います。
そんな、今の私には必要なかったはずの景色を、知ってしまったように感じます。
だから、私はあの子に。私たちの関係を繋ぎとめてくれたあの子に。とても優しい、みんなの幸せを願うあの子に。悩んでいるあの子に。伝えなければいけないのです。
――――――――伝えなければいけない、言葉があるのです。
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