第43話 恋愛相談、再び。

「ヒロさんヒロさん」


「なんだ?」


「そういえばあの日、夏帆かほさんに抱きしめられたらしいですね」


「ふぁ!?」


 なんで知ってんの!?


 ユキは続けて、拗ねたように頬を膨らませながら言う。


「夏帆さんに慰めてもらっていたんですか? 私が泣いているときに」


「あ、いや、その、それは………」


「気持ちよかったですか? 夏帆さんのおっぱい」


「ぶふっ!?」


 おっぱいという言葉に反応して、今度は星乃が噴き出した。そして弁解するようにユキへ訴える。


「そ、そんなに強く抱きしめてないよ! ていうか、なんで今その話始めるの!?」


 それ。まさにそれだ。今、星乃が相談を持ち掛けようとしていたというのに。


「いえ、夏帆さんが何やら神妙な顔をしていたので場を和ませようかと」


「まったく和んでないよ!? むしろ修羅場だよ!?」


「修羅場? まさか、夏帆さんは私からヒロさんを奪う気なのですか? その気があるということですか? 相談もそれ関連ということでよろしいですね?」


 星乃の失言(?)にユキの瞳がギラつく。やべ、怖い。


「いや違うから! あたしは浅間君とかいらないから! 相談も全然違うから!」


「これがうわさに聞く修羅場というやつか………。青春だ………しかしなぜ間にいるのが僕でないんだ………!」


 ひとり悔しそうに呻く磯貝。いや、おまえは気楽でいいな。俺は唯一の女友達にいらない子扱いされて少し悲しいよ。


 というか、これは修羅場でも何でもない。ただユキが星乃をからかって遊んでいるだけである。


 俺は一触即発(のように見える)の二人の間に割って入る。


「おい、ユキ。冗談はこの辺にしとけよ。星乃が困ってるだろ」


「………そうですね。緊張もとれたようですし、この辺にしておきましょうか」


「ふえ? 冗談? え? え?」


 素っ頓狂な声をあげる星乃。いや、ほんとにユキなりの気遣いだったんだよ。場を和ませようと言ったのはウソではないはずだ。


「………でも、ヒロさんはこの件について後でゆっくり、ベッドの上でお話しましょうね?」


「………え?」


 にっこりと、冷たい笑顔のユキ。あ、この幼馴染さん、拗ねてたのはマジだわ。てか激おこだわ。わりい、俺死んだ。



***



「それで夏帆さん、話とは何でしょうか」


 自分から話の腰を折っておいて平然と続きを求めるユキ、やはりウチの幼馴染は基本的に天下無双である。


「あーえっとね、そのですね………」


「まずは相談内容から。一言でお願いします」


「え、ええと。ええと。あ、あたし星乃夏帆は夏休み前にある男の子から告白を受けました!」


 星乃はまるで意を決したかのように、バーンと叫んだ。


 して、その内容は………ふむ。


「………自慢か?」


「違うよ!?」


「ならなんだよ」


「いや、その………まだ返事は待ってもらってて。あたし、告白されるのとか初めてでどうすればいいかよくわかんなくって………。だからアドバイスをもらえたら、と」


「ほう」


 もじもじとしながら話す星乃。

 いや、やっぱり私モテるんですアピールでは? ユキという彼女がいる俺にとってはどうでもいいことだが。


 俺がうなずくと、今度は磯貝が前のめり気味に言う。


「告白のシチュエーションから何まで、すべて洗いざらい話せ。話はそれからだ」


「ええ!? 洗いざらい!?」


「そうだ」


「いや、磯貝はなんでそんな前のめりなんだよ」


「うらやましい。恋バナしたい」


「なんだその理由………。告白されたのは星乃だし、相手は男だからな………?」


 なに嫉妬してんの?


「でも実際、アドバイスが欲しいというのなら、やっぱりもう少し説明が欲しいですね。ゆっくりでいいので、話してもらえますか?」


「まさに! 僕はそれが言いたかったのです、雪様!」


「調子に乗らないでください」


「はい………」


 ユキの磯貝に対する塩対応はあまり変わっていないらしい。


「うぅ………でも、そうだよね。もう少し詳しく話すね」


 それから星乃はゆっくりと話し始めた。


 告白してきたのは、体育祭の応援団で知り合ったという後輩の男子。星乃はその男子の面倒を見ることが多く、体育祭を通して仲良くなったらしい。

 

 俺は軍も同じだったため、話したことこそないが顔には覚えがある。応援団にはおよそ似つかわしくない、大人しそうな印象を抱いた。


 そして星乃はその後輩の男子につい先日の夏休み前、告白をされた。


 しかし星乃はその場で答えを出すことができず、返事を保留した、ということらしい。



「夏帆さんは、その人のことが好きではないということですか?」


「うーん、………少なくとも男の子としては見ていなかったというか。あたしにとっては可愛い後輩だったから、驚いちゃって………」


 まあ、それもそのはずだろう。何せ星乃はついこの前、ずっと想い続けていた幼馴染に振られたばかりなのだから。まだ切り替えられなくても星乃を責めることはできまい。


「ふむ。今はどう思っていますか?」


「今?」


「はい。告白されたことで、何か変わりましたか?」


「それは、………まだ好きとかはわからないけど、ちゃんと考えてあげたいって思ったよ。あたしなんかのことを好きになってくれたんだもん」


「そうですか。それなら、まずは一緒に過ごす時間を作ることですね。夏帆さんにはまだ、彼との交流が足りていないのでしょう」


「交流………うん、そうかも」


「いっそのこと、その彼も海水浴に誘うのはどうでしょう」


「ええ!? は、初デートで海はちょっと………」


 星乃は大げさに驚きつつも、少しだけ頬を赤く染める。おお、青春してんねえ。というか、俺とユキにっての初デートっていつのことを指すんだろう。


「私たちもいるのですから、大丈夫ですよ」


「うーん、ちょっと考えてみるね」


「………ふふっ」


「………? どうかしたの? あたし、何かおかしなこと言った?」


「いいえ? ただ、デートという言葉がさらっと出てきたなと思いまして。思ったより随分と、夏帆さんは彼のことを意識しているんですね」


「えっ? そ、そうなのかなあ……?」


「はい。だから大丈夫だとは思いますが、ちゃんと答えを出してあげてくださいね。それも、なるべく早くです」


「………なるべく早く?」


「待たされるというのは、やっぱりツラいものですから。それに、時間がたてば経つほど、関係性というのは凝り固まって、動かせなくなってしまうものです。身動きが取れなくなってしまうものです。可愛い後輩である彼を、悲しませないであげてくださいね」


「………そっか。うん、そうだね」



 星乃は少しだけ複雑そうな表情をしたのち、ぐっと大きくうなずいた。


 ユキの言葉は俺にはとても、とてつもなく、耳が痛いものだった。そのツラさを味合わせてしまったのは俺だから。雨を呼んだのは俺だから。


 だけど、星乃に雨は似合わない。

 だから俺も、星乃たちの進む先に明るい結末があることを願った。俺たちの行く先には虹が架かっていたけれど、雨など降らせなければそれでいいのだから。悲しみなど、なくていいのだから。 


 そうして、たしかな答えなど提示出来ようはずもないものの、星乃の恋愛相談2回目は幕を閉じたのだった。



「で、磯貝おまえ、聞くだけ聞いてなんもしてないよな」


「し、仕方がないだろう! 告白されたことなんてないのだから!」


「まあ、それな」


「こくはくー? こくはくってなにー?」


「さ、小雪様にはまだ早い話です!」


「え~、教えてよ~。えーしくん~」



 結局、相談事については俺たち男の出る幕などなかった。


 それからなぜか告白という言葉に興味を示していたサユキと一緒になって、俺たちは恋愛の勉強をしたのだった。


 ………サユキもお年頃なのかな?

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