第44話 海だ!

「海だー!!」


「ウーミー!」


 車から降りると、初めに星乃とサユキの二人がそう叫んだ。


 目の前には、視界いっぱいの大海原。雲一つない青空。どこまでもどこまでも、澄み渡る青が世界を覆っていた。


「では、くれぐれもハメを外しすぎないようにな」


「はいはい。もうわかってますから。お父さんはさっさと帰ってください」


「ゆきぃ……そんなこと言わないでくれよお……お父さんはただ心配でだなぁ。やっぱりお父さんがちゃんと見ているべきなんじゃって……」


「お父さんがまじめな顔してずっと見てたら誰も楽しめませんよ」


「むう……」


「大丈夫ですよ、お義父さん。俺がユキもサユキもちゃんと見てますから」


「そ、それならよいのだが……、――――て、君にお義父さんと言われる筋合いはない!」


 おっと、……思わずお義父さんとか言ってしまった。


 車を出してくれたのはユキとサユキの父親である健斗さんである。彼にはまだユキと付き合い始めたことは報告していない。ていうか、今の健斗さんの発言からもわかる通り、言ったら殺されそう。とりあえず今はまだ言うべきでないだろうと、ユキと二人で決めていた。



 健斗さんはユキになだめられた末、渋々と帰っていった。



 その様子を見ながら、俺は隣の少年に話しかける。


「悪いな。荷物一緒に持ってもらって」


「いえ、そんな! お気遣いなく! 何でもやりますので!」


「そうか?」


「はい!」


 緊張した様子で言った少年は雨木冬樹あまぎふゆき。星乃が誘って連れてきた少年。俺にとっても、1年年下の後輩である。小柄な少年で、まだ成長期来てないんじゃないの? って疑いたくなる。


 聞くところによると、彼も俺のことを知っていたらしい。なんでも、応援団の間で俺は有名だったとか。さすがのロボットダンス。


 そして雨木と俺の共通点として、体育祭期間中、星乃を師として仰いでいたということがある。それとも、星乃にお世話をされていた、といった方が正しいのだろうか。


 俺たちは星乃に頭が上がらない仲間で、情けない者同士で、何となく親近感がわいた。


「まあ、面倒くさいことはなるべく俺がやるからさ。雨木は星乃と仲良くやれよ」


「先輩にばかりそんなことやらせられませんって!」


「いいんだって。ていうか、今日集まってから全然星乃と話してねえだろ?」


「そ、そうですけどぉ……。それは何て言うか、機会がなかったと言いますか……」


「おいおい。そんなんじゃ一生はぐらかされるぞ? 告白、したんだろ?」


「はい……」


「ならもう恥ずかしがることなんてねえだろ。ガンガンいけ。特に星乃にはそうすべきだ」


 俺が言うと、天野はうつむきがちに「わかりました……」と控えめにうなずいた。ほんとに大丈夫なんだろうか、この子。

 

 これは俺が勝手にそう思っていることだが、星乃にはガンガンアタックしていくべきだ。それはかつて、ユキが俺にしていたように。


 そうしないと、それくらいされないと、動かせない感情がある。動き出せないことがある。


 星乃にもきっと、そういうものがあるのではないかと、俺はなんとなくそう思っていた。


「ヒロさん、私たちは先に着替えてきてもいいですか?」


「おう、その間にこっちはテント立てとくよ」


「はい。お願いします。では、夏帆さんたちにも言ってきますね」


 ユキは穏やかにそう言うと、浅瀬で遊んでいた星乃やサユキに声をかけに言った。ちなみに、サユキのボディーガードと化している磯貝もそちらに混ざっている。おい、サユキの面倒見てくれるのはありがたいけど、おまえはこっちも手伝えよ……。


「よし、とりあえずテント設営だけは手伝ってくれるかー?」


「はい!」


 星乃も着替えるだろうからな。これくらいは手伝ってもらうとしよう。


 二人して慣れないテント設営には四苦八苦したが、途中から磯貝が加わったことでなんとか形にすることができた。磯貝には意外にもアウトドア関連の知識があるらしい。オタク知識の幅、広くない? 



 それから俺たちは男性陣にとっては楽な着替えを終わらせ、少しくつろぎながら女性陣を待つことにした。


「そういえば浅間先輩は藤咲先輩と、その……付き合っているんですよね?」


「そうだけど。それがどうかしたか?」


「いえ、なんだかすごく自然だなと思ったので」


「自然?」


「長年連れ添った夫婦みたいです。そういうの、少しあこがれます」


「ふーん……」


 俺とユキの間ではいつも通りのことが、雨木少年にはとても新鮮であるらしい。


 まあ、そういうふうに言われるのはう嬉しくもなくもなくなくもない的な? 


 いや、「なんであんなやつが藤咲さんの彼氏(幼馴染)なんだ」という視線を普段から感じないこともない俺としてはやはり嬉しい以外のなんでもないか。


 なんだこの子めっちゃいい子じゃん。告白が実るように全力で応援するわ。


 

「ヒロさん、お待たせしました」


「おっまたせ~」


「たせ~」


 

 そんなことを思っていると、水着に着替えた女性陣が到着したのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る