第13話 お花見をしましょう。

 週末の朝。と言ってもすでに日がかなり高くなり始めた頃だと思うが。


 ユキの声がして目が覚めた。週末にまでユキが起こしに来る頻度はそこまで高くないのだが、今日はたまの日らしい。


「ふむふむ。昨日は3回もしてもらったんですね。どおりで、とても調子が良さそうです」


 うむ、やっていることはいつも通りだな。我が股間と会話している。そろそろ病院へ連れて行ってあげたい。


「でもヒロさんは3回も、何をオカズにしたんでしょうか。知ってますか? ボブ?」


「誰ぇ!? ボブ誰ぇ!?」


「あ、起きてましたか。ヒロさん」


 突然、黒人男性みたいな名前が出てきたことに驚いて、思わず突っ込んでしまった。

 ユキはそんな俺の動揺を受け流しつつ、挨拶をしてくる。俺もそれに対して反射的に返した。


 ちなみにオカズについては、先日の一件を思い出せばわかってもらえるだろう。向こう数日はそれで済むと思う。


「それで、ボブとは」


「それがですね、やっぱりR15作品で○○○○○様という単語を出すのはまずいのでは、と唐突に思いまして」


「突然のメタ発言にびっくりだよ……」


「ということで、この子の名前は今日からボブです。ヒロさんもそう呼んであげてくださいね」


 そうなのか? ボブ?

 おまえはボブなのか?

 脳内で股間に語りかけるが返事はない。


 ユキ以外とは話したくないらしい。


「ところでヒロさん。覚えていますか? 今日が何の日か」


「んあ? なんかあったっけ?」


「やっぱり忘れていましたね。起こしに来て正解でした。今日はお花見ですよ」


「あー、そうだった」


 俺とユキが住んでいる地域では、毎年この時期になるといくつかの町内が合同でお花見をするのだ。


 別に参加しなければいけないわけではない。でも桜を見るのも嫌いではないし、俺とユキは毎年参加していた。

 若者の参加者は少ないし、いるだけで喜ばれるのだ。


「はい。お昼前には出ますから。準備してくださいね」


「あいよー」


「お着替え、1人でできますか? お手伝いしましょうか」


「そんなウキウキで人の身体まさぐろうとしてる人には頼みません」


「そうですか……」


 だからしゅんとするのやめようね?

 着替えくらいひとりで出来るからね?




✳︎ ✳︎ ✳︎




 2人でお花見会場へとやって来た。会場は近くの公園だ。俺とユキにとっても子供の頃から馴染み深い場所である。


 公園には、桜の森ができている。


「おおー、今年もやってんなぁ」


「ですね。後片付けが大変そうです」


 お花見なんて言いつつも、実際は呑みたいだけのオヤジさん方の集まりがほとんどだ。

 まだ昼だというのに、すでに公園は宴会状態だった。桜を見ている人間などいない。


 そしてその宴会状態のオヤジさん方の中に、紅一点。いや、天使一点?


「サユは相変わらずオヤジ共のアイドルだな」


「サユキは人見知りもしませんからね。きっとみなさん、可愛くてしょうがないんですよ」


「だろうなぁ」


 会場を縦横無尽に駆け回って笑顔を振りまいては、オヤジさん方からお菓子やら何やらを貰っている。


 もうオヤジたちはデレッデレである。


 親衛隊もなぜか混ざっている気がするが、気にしないことにしよう。

 あいつら酒飲んでないよな……?

 やはり関わらないのが吉である。


「……私も、サユキみたいになれたらよかったんですけどね」


 サユキを見つめていたユキが不意に口をついた。寂しそうにも、羨ましそうにも見えるその表情を、俺はうまく読み取ることができなかった。


 それでも、俺は俺が思うことを伝える。


「べつに、そんなことないだろ」


「そうですか?」


「俺からすれば2人とも可愛いし、それぞれ良いところがあると思う」


「また可愛いって言ってくれましたね」


「真面目に言ったんだから茶化すな!」


「ふふっ。私が私じゃなかったら、あの頃のヒロさんと出会えたか分かりませんから。その点だけ言えば、私は私で良かったと思います」


「そう、だな」


 この場所に来ると、昔を想うような会話が増えてしまう。

 それはきっと、ここが俺たちにとって特別な場所だからなのだろう。


 この、桜の森が。


「あ、ヒロさんヒロさん。屋台もいくつか出てますよ。見てみましょう」


「おう」


 毎年、地域のお母さん方が協力していくつかの屋台も出ている。今年はフランクフルトや焼き鳥なんかがあるらしい。


「あの屋台、なんでしょう」


 そう言ってユキが指差した先にはいつものお花見では見覚えのない屋台がひとつ。

 だがその屋台を切り盛りする少女には見覚えがあった。


星乃ほしの?」


「え? あー! 藤咲ふじさきさんに浅間あさまくん! こんなところでどうしたの!?」


 声をかけるとその少女は元気よく反応した。見間違いではなかったらしい。


「いや俺たちは毎年来てるから。星乃もここら辺に住んでたのか?」


「ううん違うよ〜。これはバイト!」


 星乃は屋台を指差す。そこには「スーパーボールすくい」とあった。

 星乃の足元では無数のスーパーボールが水の上に浮かんでいる。


 いや食べ物じゃないんかい。売れるのか?

 喜びそうな子供ってサユキくらいしかいないんだが……。


「スーパーボールすくいですか」


「うん! 藤咲さんやってみる? おまけしちゃうよおまけ!」


「む……おまけですか……」


 顎に指を当てて考え込むユキ。


「いやなんで揺れてんの?」


 庶民な幼馴染はおまけや無料なんていう言葉に弱いのだ。


「やりましょう、ヒロさん」


「スーパーボールすくっても使い道なくないか?」


「なんだかえっちな使い道がある気がします」


「いやないだろ」


 あってたまるか。この幼馴染はどこに向かっているのだろう。


「サユキにあげれば喜びます」


「よしやろう」


 いやでもそれならサユキも呼んで一緒にやればいいのでは?

 そう思ってサユキを探してみる。


 と、フリスビーがひとつ、こちらに飛んできた。それはスーパーボールすくいの水の上へぽちゃんと落ちた。


「なんだ?」


 そして次の瞬間、押し寄せるたのは親衛隊。


「「「だらっしゃー!!!!」」」


「きゃあ!?」


 親衛隊が我先にとスーパーボールすくいへダイブしていく。


 大きな水しぶきが上がった。


 は? マジで何やってんのこいつら。

 星乃とかもう見えなくなっちゃったんだが?


「とったどー!」


 そしてダイブしたアホ共のうちの1人、というか磯貝いそがいがフリスビーを手に雄叫びを上げた。


「おい」


 とりあえず磯貝の頬にビンタをお見舞いする。一発。二発。もう一発くらいいっとくか。


「アガッ!? ブホッ!? ブフェ!? 何をする貴様!」


「おまえにはご褒美だろ?」


「それは雪様の場合だけだと!」

 

「で、これは一体なんだ?」


「僕たちは小雪さゆき様と遊んでいただけだ!」


 サユキが投げたフリスビーをみんなで追いかけっこして遊んでたの? 

 お前ら今度は犬かよ……。


「あの、小ブタさんたち。もう帰っていいですよ」


 目から光を失ったユキが言う。


「そ、それだけは御勘弁を! もう大人しくしますので!」


「それならみなさんの前で一発芸大会でもしていてください」


「かっしこまりましたぁ!」


「白けたらどうなるか分かってますね?」


「はひぃ!(絶頂)」


 腰砕けの親衛隊たちが去っていく。


 一応、親衛隊を呼んだのはユキであるらしい。お花見の賑やかし要員だろうか。賑やかしすぎでユキの怒りに触れたようだが。


「あ、星乃さん。大丈夫ですか?」


 心配気にユキが言う。


「あうぅ……だいじょうぶぅ……」


「バッ、おい、星乃。ふ、服っ」


「ふぇ?」


「ヒロさん。見てはいけません」


 ユキの手がサッと俺の目を覆う。

 星乃はスーパーボールすくいの水を浴びてしまい、びしゃびしゃになっていたのだ。

 その影響で服が透け、下着が見えてしまっていた。


「うわっ、透け透け!」


 気づいた星乃が慌てて胸元を隠す。


「すみません、星乃さん」


「いいよいいよ藤咲さんのせいってわけじゃないし〜。あーでも服どうしようかなぁ」


「私の家、近くですので。着替えを用意します」


「え、いいの?」


「はい。すぐ行きましょう」


 親衛隊とサユキがしでかしたことであるため、ユキはいつになく星乃に対して献身的だ。

 あーでもそのまま連れて行ったら結局、透けた服で街中を歩くことになるよな?


 そう思った俺は上着を脱いで星乃に手渡した。


「ほれ。これで隠しとけ」


「う、うん。ありがとう浅間くん」


 素直に受け取った星乃はユキと共に駆け出した。

 

 受け取ってもらえてよかったぁ……。

 いや、ユキ以外の女子への対応なんて知らんし。キモがられたらどうしようかと思った。


 それでは2人が帰ってくるまで、俺はサユキと遊んでいるとしようじゃないか。



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