第14話 幼馴染だから知っている秘密。

「ふいー。やっと落ち着けたぁ」


「そうですね。しばらくゆっくりしましょうか」


 俺はユキの用意してくれたレジャーシートに腰を落ち着けてひと息ついた。


 宴会になっている中心地からは少し離れた、桜の木の下だ。

 そこには俺とユキ、サユキ、着替えを済ませた星乃、それから何故か磯貝が集まっていた。


「あたしも散々な目にあったよ〜。誰かさんたちのせいで」


 星乃が恨みがましく磯貝を見る。


「い、いや僕たちも夢中になってしまってだな……その、すまなかった」


「まあいいけどー」


「というかなんでおまえいるんだよ。一発芸大会じゃなかったのかよ」


「ふっ。僕は大トリだからな。それまではゆき様と小雪さゆき様に控えているさ」


 正座をして、ピンと背筋を伸ばした磯貝が言う。こいつ姿勢良いな……。


「お弁当を作ってきたので、みなさんでどうぞ」


「うわ〜すごい! おいしそう!」


「ユキの料理はそりゃもう絶品だぞ」


「ねぇねのご飯はね、ママとおんなじくらいおいしいよ!」


 ユキはバッグから大きめのお弁当箱をいくつか取り出してシートに広げた。


 食べやすいようにおにぎりがメインで、他にも色んなおかずが敷き詰められている。


「サユね、サユね、しゃけがいいな。しゃけのおにぎりがいいな」


「はいどうぞ、サユちゃん」


「うん! ねぇねありがと〜」


 パクッと幸せそうにおにぎりにかぶりつくサユキ。見てるだけでこっちまで幸せになれる。


「ぼ、僕も頂いてよろしいんでしょうか!?」


「小ブタさんたちには屋台の食べ物を適当にもらっておいたので。それを食べてください」


「そうですか……。い、いやそれでも十分幸せだ……」


 労働の対価はきちんと支払うらしい。

 そんなやつらタダ働きでもええんやで?


 それから星乃も嬉しそうにおにぎりを摘み始めた。

 宴会というほどではないが、やはり俺たち若者にしても花より団子であるらしい。

 桜なんてすでに視界から消えていた。


「俺もひとつもらおうかな」


「はいどうぞ、ヒロさん」


 おにぎりに手を伸ばそうとすると、その前にユキからおにぎりがひとつ手渡された。


「梅干しでよかったですよね?」


「おう、さんきゅ」


「熱いお茶もありますが、入れましょうか?」


「頼むわ」


「はい」


 なんかサユキと同レベルでユキに世話を焼かれてる気がする。これが普通になってしまっている俺はこのままで大丈夫なんだろうか。少し心配になる。


「はえ〜」


「……どうした?」


 星乃がなんだか間の抜けた顔でこちらを見ていた。


「なんか……夫婦みたいだなって。通じ合ってるっていうか」


「ふ、夫婦っ!? そそそそんなわけないだろう! 僕たちは高校生だぞ!?」


 以前の誤解は解けたらしいがトラウマになっているやつが一人。


「夫婦ですか。そう言われるのはやぶさかではありません」


 ユキが若干うっとりしながら言う。


「おい。幼馴染だから、だろ」


「幼馴染かぁ〜。あ、ねぇねぇ。2人はどんなふうにして出会ったの?」


 星乃は興味津々といった様子で聞いてくる。そんなこと言われてもなぁ。


 出会いなんてものはきっとたいしたものではないのだと思う。いや、俺たちにとっては特別だったのかもしれないけれど。

 

 ただ、一人と一人が偶然出会ってしまっただけだ。


「私とヒロさんが出会ったのはこの公園ですよね」


「いやその前から会ってはいただろ」


「でも、話したのはあの時が初めてです」


「まあ、そうだけど」


 この公園の桜の森。その奥には小さな小さな池がある。その場所で、俺たちは初めてお互いを認識して、初めて話をしたのだ。


 その頃のことはよく覚えていた。


「どんな出会いだったの?」


「それはですねぇ……」


 ユキがちらっとこちらを見た。くだらないことを言うときの顔だ。


「私に一目惚れしたヒロさんが私を抱きしめて、キスをしてくれたのです」


「きゃ、大胆っ」


「なんてハレンチな……」


 頬を染めるな。しかもハレンチってなんだよブタ眼鏡野郎。実はめちゃくちゃ純情だろおまえ。


「ぜんぶユキのウソだからな?」


「ヒロさんたらまた照れちゃって。可愛いですね」


「浅間くん照れ屋さん!」


「くそぉ……浅間紘あさまひろ貴様ぁ……くそぉくそぉくそぉ……」


 もう話ややこしくするのやめてくれないか? マジ泣きしてるやついるしさ。


 助け舟を求めてユキを見る。


「……というのは冗談です。ただ、話をしただけですよ。それから少しずつ仲良くなったんです。これ以上は、私とヒロさんだけの秘密ですね」


 ユキは人差し指を口に当ててシーッと言うような仕草をした。

 初めから詳しく話す気はなかったらしい。


 それでいいんだと思う。思い出なんてものは、共有できる者だけで懐かしめばいいのだ。ひけらかすようなものでもない。


「そっかぁ〜秘密かぁ。残念」


「大切な思い出ですから。そう簡単には話せません」


 それからユキはおにぎりを一口かじり、もきゅもきゅと咀嚼して飲み込んだ。


 そして、にやりとこちらに目配せをした。また、嫌な予感しかしない。


「でも、ヒロさんの恥ずかしい秘密ならいくらでも話しましょう」


「な"っ」


「それ聞きたい!」


 星乃がすぐさま食いつく。


「ではおひとつ。実は、ヒロさんは中学に入るまでおねしょが治らなかったのです」


「ちょっとユキさん!?」


 いきなりぶっ込みすぎ!

 もっと他にあるでしょ!?

 ライン! ライン超えてますよ!?


「ふっ。子供だな、浅間紘」


「中学まではさすがに……恥ずかしいね……」


「度々シーツに地図を描いては、泣きそうな顔をしながらお洗濯をするヒロさんがそれはそれは可愛くてですね……」


「ウソ言えおまえめっちゃバカにしてきただろうが!」


 ぜってぇ忘れねぇからな。忘れねぇんだかんな。恨みは深い。


「それは愛のある弄りだったはずです」


 俺はユキを睨むが平然とした顔でかわされる。


「あ、あはは〜。じゃ、じゃあ浅間くんは?」


「あ?」


「浅間くんはないの? 藤咲さんの恥ずかしい秘密」


「あー、そうだなぁ……」


 何か、あっただろうか。昔から俺なんかよりは落ち着いた性格をしていたユキには、あまり恥ずかしいエピソードが思いつかないが。


「あ、ひとつあるな」


「む。何を話す気ですか、ヒロさん」


「いや、ユキはずっとサンタを信じてたよなぁと思って」


「サンタ?」


「小学生の頃か? サンタに絶対会うんだって言ってたことあったよなぁ。夜もずっと起きてるんだって言って。俺までユキの家に忍び込んで」


「それ、どうなったの?」


「結局2人とも寝ちゃったな。朝起きたらしっかりプレゼントが枕元にあって。ユキはサンタに会えなかったって大泣きしてた」


 ギャン泣きするユキ、可愛かったなぁ……。

 それにしても、あの時俺の分までプレゼント置いてあったんだよな。藤咲家恐るべし。


「藤咲さん可愛い……」


「ヒロさんっ」


 ユキがしかめっ面で俺の腕を引っ張る。


「さっきまでのお返しだ」


「むぅ……今はもう、サンタさんがいないことくらい分かってますから」


 言いながらユキは、はむっとおにぎりにかじりつく。

 ユキなりの照れ隠しであるらしい。


 でも、その言葉がいけなかったらしい。



「ねぇね……? サンタさん……いないの……?」



 え……? サユキ……?


 サユキの目が絶望に染まっていた。

 ヤバい。おにぎりに夢中ですっかり静かになってたからサユキの存在を忘れていた。


 天使の夢を壊してしまうわけにはいかない。

 藤咲家の努力を無にしてしまうわけにはいかない。


「サユちゃん? 今のは違くてですね。……ヒ、ヒロさんっ、どうにかしてくださいっ」


「俺ぇ!?」


「ヒロさんがあんなこと話すからですっ」


「い、いやええっと、サユ? サンタさんはちゃんといるぞ? ほら、サユにも毎年プレゼント持ってきてくれるだろ?」


「うん、くれるよ。でもねぇねが……いないって」


 くっ……ここでユキへの信頼がっ。


「サ、サユちゃん、ねぇねはちょっと言い間違えてしまったかもしれません」


「そ、そうだな! ユキはおっちょこちょいだからなぁ!」


「そうなの……?」


「はい。サンタさんはいます。ちゃんといますから。サユちゃんは何も心配することないですよ」


「うん……」


 未だ納得には至ってなさそうなサユキ。


 だがそこで一人の男が立ち上がった。


「だらしがないな、浅間紘」


 磯貝はサユキの前に跪く。


小雪さゆき様。僕の渾身の一発芸を見ていてください。そうすれば、今あなたが抱えている不安など泡沫うたかたの夢の如く消えていることでしょう」


「うた……かた……? 小ブタさん何言ってるかわかんないよぉ……」


 サユキの困惑など気にも留めず、磯貝は自信に満ち溢れた様子で芸を披露した。

 

 誰もクスリとも笑わなかった。

 極寒の冬がやってきた。


 というかそれ、星乃が記憶から消したって言ってたオタ芸だろ。


 よくもう一回やる勇気があったな。

 よくあんな自信満々な顔ができたな。



 そもそもそれ、サンタがいるいないの話に関係ねえから。



 笑えば忘れると思ったのか?

 おまえうちの天使舐めてんの?



「サンタさんって、なんなんだろ……」


 この日、天使は少しだけ大人に近づいたのかもしれない。





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