第12話 メイドさんはいかがですか?


「お帰りなさいませ、ご主人様」


「……へ?」


 家に帰ると、玄関にメイド服を着たユキがいた。


 何事?


 今日の放課後、俺はしばらく時間をおいてから帰ってきてくれとユキに言われたのだ。


 理由は分からなかったが、まあたまにはいいかと思って街をぶらついてから帰ってきた。


 その結果。

 もう一度言おう。


 メイド服に身を包んだユキがいた。


 メイド服はロングスカートで伝統的な感じもするが、フリルなんかもついていて可愛らしい。

 漫画やアニメなんかでもよく見るタイプのメイド服だ。

 清楚(?)な雰囲気のユキにとても似合っていると思った。


「お帰りなさいませ。ご主人様。本日もお疲れ様です」


「お、おう……。っていや、そうじゃなくて。なぜにメイド?」


「お母さんのお部屋で見つけましたので」


「待った。そんな藤咲ふじさきさん家の夫婦事情は聞いてない!」


 え? メイドプレイとかしてるの?

 なにそれ羨ましげふんげふん。


「ヒロさんとメイドさんプレイをしたいなと思いまして」


「メ、メイドさんプレイとはどんなものでございませうか……?」


「私がメイド服を着て、ヒロさんをおもてなしするんですよ」


「あ。そ、そういことよね」


 けろっとした様子で答えるユキ。

 うん、知ってた。き、期待なんてしてないんだからねっ!


「ヒロさんがお望みでしたら、もちろんえっちなご奉仕も出来ますよ?」


「やめて! するなら普通におもてなしして!」


 ほら? 初めてがメイドさんとか、なんかあれだし? 

 そもそもメイドさんに普通にもてなしてもらえるというのも憧れるし?


 えっちなことなんて全く考えていないのだ。


「では、最初からやり直してみましょうか」


「最初から?」


「はい。ヒロさんが帰ってくるところからお願いします。あとは私が精一杯、おもてなしさせていただきますので」


「わ、わかった」


 俺は一度家の外に出る。

 それから大きく深呼吸をして、自分を落ち着かせた上で玄関の戸を開いた。


「ただいまー」


 そこにはやっぱり、メイド服を着たユキがいて。


「お帰りなさいませ。ご主人様。本日もお疲れ様です」


 ユキはゆっくりと、深くお辞儀をした。

 このもてなされてる感じ、すごく気持ちいいかもしれない。


「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……わ・た・し・? ですか?」


 優雅に、微笑をたたえて言うユキ。

 それにしても、それはお嫁さんが言うやつではなかろうか? 


 可愛いので万事オーケーではあるが。


 ところで俺はどれを選ぶのが正解ですか? ギャルゲなら選択肢が出る場面である。まあひとつしか選べるものがない気がするが。


「ご、ご飯で」


「わたし、ですね。かしこまりました。それではベッドでお待ちください。ご主人様」


「待ってぇ!? メイドさん日本語分かって!?」


「ご飯の用意は私しかありませんが」


「うそん……」


「本日のメニューはメイドさんのたっぷりホイップクリーム仕立てになります」


「甘すぎて死にそう……」


「いやですか?」


「胸焼けするわ!」


「それなら仕方ありません。ふつうの夕ご飯にしましょう」


 ご飯の用意あるのね……。

 

「カバン、お預かりしますね」


「え、いいよそこまでしなくて」


「今日の私はメイドですから。ご主人様はドンと構えていればいいのです」


「お、おう……」


 なんだかよく分からないが押し切られ、カバンはユキが運んでくれた。


 やっぱりメイドと言うよりは新婚さんのような……? ていうか俺が亭主関白になってるだけなような……?


 まあ、悪い気分ではない。むしろ良い。

 くるしゅうない。


 それからユキはキッチンに移動して言った。


「オムライスにしようと思うんですが、よろしいですか? ご主人様」


「定番だな。いいんじゃない?」


 メイドというよりはメイド喫茶の定番だが。実際のメイドとの触れ合いなどない日本人からしたらメイドといえばオムライスなのではないだろうか。


「かしこまりました。少々お待ちくださいね」


「りょーかーい」


 テーブルから、キッチンで調理を進めるユキの姿を眺める。俺はこの時間がけっこう好きだったりする。


 ユキがこんなふうに料理をしてくれるようになってから、もう一年以上が経つ。

 メイド服でキッチンをちょこちょこと動き回るユキはすごく新鮮で、可愛く思えた。


 ほどなくして、ユキがオムライスを運んできた。


「お待たせしました」


「おおー。美味そう」


 ユキが作ったのはオーソドックスなしっかり火が通ってるタイプのオムライスだ。

 トロトロなのも好きだが、やっぱりメイドさんにだしてもらうならこっちかなという気がする。ユキさん分かってるぅ!


「それからこちらもどうぞ」


「ん?」


「簡単にですが、サラダとわかめスープも作りました」


 バランス完璧か。よくできたメイドである。


「それから、まだちょっとお待ちくださいね。ここからが本番ですので」


 そう言うとユキはそさくさと別の部屋へ行ってしまった。どういうことだろう。


 俺はてっきり、あとはケチャップで文字を書いてくれるんだと思ったんだが……。



 数分後、ユキが戻ってきた。



 水着姿で。



 いや、正確には水着メイド(?)姿で。



「ユキさん?」


「なんですか。ご主人様」


「そ、その格好は?」


「メイド服ですが」


 まあ、たしかにメイド服だ。

 ホワイトプリムとエプロンさえあれば水着だろうとメイドに見えるから不思議。

 イメージ的にはパレオ水着のような感じにはなっている。

 

 ちなみに水着は黒のビキニ。

 腰のくびれや綺麗なおへそまで丸わかりだ。そしてはち切れんばかりのおっぱいがヤバい。それサイズ合ってる? エロすぎでしょ……。

 メイド服の白がそれをより引き立てていた。

 はっきり言って、見惚れるくらいには似合っている。


「メイド服……だけどさぁ……」


「なんだかヒロさんが物足りなそうに見えましたので」


「そんな覚えはない」


「いえ、露出が少ないのを残念がっているように感じました」


 それは……なくはないかもだけど。

 もちろん、清楚なロングスカートも素晴らしい。でも心のどこかで刺激を求めていたかもしれない。


「お母さんがこんなものまで持っていて助かりました」


「だからまた藤咲さん家の夫婦事情暴露しないでぇ!?」


 次会ったときどんな顔すればいいか分からんやん。それにお宅のお嬢さんにそれ着てもらったんですよとか……。死が見える。


「ということで、ここからはこの格好でご奉仕しますね」


 ご奉仕って言ったよ。おもてなしじゃなくなったよ。


「それではオムライスに何を書いてほしいてすか? ご主人様?」


 ユキがこちらに身体をくっ付ける勢いで寄って来る。


 近い近い近いって! 露出多すぎだし!

 不健全! ハレンチ!


「え、い、いやーそれは……」


「どうしました? もしかしてえっちな気分になっちゃいましたか? ベッド行きますか?」


「いや、オムライス冷めちゃうからね?」


 もうすでに数分経ってるし。

 えっちな気分になりそうなことは否定しない。いや無理でしょ。家の中でこんな格好されたら。


「話そらしちゃって可愛いですね」


 いや逸らしてるのそっちだよね?


「うーん……もうお任せでなんか書いてくれ……」


「お任せときましたか。それはそれでメイド力が試されますね」


 即席の、しかもハレンチ水着メイドが何を言うのか。


「……適当でいいよ?」


「うーん、そうですね〜」


 悩み始めるユキ。悩む時点でメイド力は足りてない、というのは少し酷だろうか。

 俺のために悩んでくれているのだから、当然悪い気はしないし。


 しかしユキが悩んでいる間に2人きりの時間は終わりを告げる。


「ねぇね〜? ヒロくん帰ってきたの〜?」


「あっ。サユちゃん、起きたんですか?」


「うん〜」


 目を擦りながら俺の部屋から出てくるサユキ。片手でぬいぐるみのぴょん吉を引きずっている。

 寝ていたんだろうか?


「サユも来てたのか」


「はい。サユキもメイドさんになりたいと言うので」


 その言葉の通り、サユキも小さなメイド服を着ていた。ユキが先程まで着ていたものと同じタイプだ。

 自分のものを見本にユキが作ったのかもしれない。


「あっ、ヒロくんいる〜。おかえり〜」


「ただいま〜サユ〜。メイド服似合ってるなぁ」


「ほんと? かあいい? サユかあいい?」


「おう、可愛い可愛い」


 トコトコとこっち寄ってきたサユキを抱き上げて膝の上に乗せてやる。それから頭を思う存分撫でてあげた。

 ほんとに可愛いなぁ。サユキがいれば争いなんてなくなると思う。


「ヒロさん、私には可愛いなんて一言も言ってくれなかったのに……」


 ぷぅっと頬を膨らませるユキ。


 争いではないけど他の何かは呼んだらしい。

 可愛いって言ってるよ? 心の中で。


「ねぇねもかあいいよ〜。あとね〜なんかえっち!」


「そうですか? それは嬉しいですね。サユちゃんも可愛いですよ〜。私はヒロさんに不評みたいですが」


「そうなの? ヒロくん」


 そんな悲しそうな目で俺を見ないでくれ。


 サユキを味方につけるとかズルい。

 意地でも言わせる気か。


「あーいや、その……」


「ロリコンさんなヒロさんにはやっぱりサユキの方がいいですよね……。こんなだらしないお胸の私より……」


「いやロリコンじゃないし!」


 ロリコンではない。サユキが天使なだけだ。


「それならなんで私には何も言ってくれないんですか……?」


 切なそうに顔を歪ませるユキ。

 その顔はずるい。


「あーもうわかった! わかったよ! メイド服姿のユキは可愛いし綺麗だしエロい! これで満足か?」


 言ってしまったぁ……。言わなくていいことまで言ってしまったぁ……。

 エロいとかもうセクハラじゃん。


「……ふふっ。そうですか。ありがとうございます。安心しました」


「さいですか……」


「無理やり言わせちゃってごめんなさい、ヒロさん。でも、たまには言ってくれないと。私も不安になっちゃいますからね?」


 頬を桃色に染めたユキは軽くウィンクをして、そう言った。ここ最近で一番可愛いユキだと思った。見惚れてしまいそうなほどに。


「サユ、お腹空いたよ〜?」


「そうですね。サユちゃんもオムライスでいいですか?」


「うん! オムライスだいしゅき〜!」


「じゃあ美味しいの作りますから、待っててくださいね」


「うん!」


 サユキが登場してからはメイドのユキがもてなしてくれると言うよりは一家団欒のような、そんな時間に移り変わった。


 俺のオムライスにはサユキ作のよく分からない模様が刻まれることに。

 もしかしたらピカソの再来かもしれないので、写真を数十枚残しておいた。


 子どもの才能は無限大なのだ。


 結局、ユキだったら何と書いてくれていたんだろうと少し気にはなったけど。これはこれで幸せだからいいのだろう。


 あ、「萌え萌えキュン♡」はユキとサユキが2人でやってくれました。

 ただでさえ美味しいユキのオムライスが100倍美味しく感じました。


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