第11話 夫婦に見えることもある。
「あ、サユちゃん。ソフトクリーム垂れちゃいますよ」
サユキの小さな手に白いソフトクリームが垂れていく。
「あ〜、うまく食べられない〜……」
「ほら、こうやって。下の方から裏筋を舐めるように。れろぉ……っと」
「こう……? れろぉ……」
「そうそう。そうやって整えてあげるんです」
「わかったー! ちゅべたくて美味しい!」
ソフトクリームを食べるのに苦戦するサユキを、ユキが指導していた。
なんかよくわからないけど、エロい気がする。ユキの教え方が。
子供になんてこと教えてるんですかね。ほんとけしからんったらないですよ困っちゃいますよ。
「どうしました? ヒロさん。ヒロさんも上手く食べられませんか?」
「んなわけあるか」
「そんなこと言って、垂れてますよ。ソフトクリーム」
「なっ!? これはただちょっと溶けちゃっただけでだなぁ!」
「一体何に夢中になってて溶けてることに気付かなかったんですかね。ね〜サユちゃん」
「ね〜」
2人の微笑ましい光景を見ていたからに決まっているじゃなイカ。
というかこの姉妹、2人合わさると最強すぎる。世界が跪きそう。
と、そんな神聖な場所に無粋なやつが一人。
現れた。ゾンビのようにヌルッと。
「なっなっななななななななななななぁ〜〜〜!!??」
やっぱりこいつの言語機能は怪しいと思う。
「ねえねえヒロくん。なんか変な人いるよ〜?」
「気にしちゃダメだぞ〜サユ〜。ああいうのはお巡りさんに連れて行ってもらうからな〜」
できれば本当に連れて行って欲しい。
天使との時間を邪魔しないでくれ。
「おい!
うっわやっぱ俺? 俺を名指し?
俺たちを見ているわけではないと信じたかった。
小ブタくんさぁ……。
ユキの前で跪いてろよ。
きっと2人の椅子くらいにはしてもらえるよ?
「……どういうこと、とは?」
「なんだ、あの幼女は」
「天使だが」
「天使……! たしかに! ってそうではない! あの幼女は何者だ!」
「何者ってそりゃユキのいもう——」
「僕はっ!! 雪様と貴様がすでに結婚していて、子供までいるなんて聞いてないぞおぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!??」
「……は?」
いや聞けよ。
「貴様裏切ったな!」
「裏切りってなんだよ」
「裏切りでなければなんだというんだ! そもそも、あんな子供までいるとか犯罪じゃないのか!? おまわりさーん!」
待てなぜ俺が警察を呼ばれている!?
でも確かに、そう見えなくもない……のか?
ユキと、ユキに似た天使、そして俺が一緒にいたら……いやふつうに考えて妹だろ。
幼稚園へ迎えに行ったときなら1万歩譲ってまだしも、今はそうは見えんやろ。
こいつの頭がおかしい。
「おい
「そんなことを言っている場合ではな——」
「おじさん、怒ってるの?」
「ほぅわ!? ど、どうしたんだいお嬢ちゃん?」
怒り狂う磯貝の前に、天使が1人。
どうでもいいが磯貝の反応がキモい。
「おいやめろサユそいつに近づくな変質者だぞ」
「人聞きの悪いことを言うな! 僕は至って良識のある一般人だ!」
ストーカーでドMブタ野郎のどの口が言うのか。
「おじさん、怒ってるときには甘いものだよ。甘いもの食べるとサユ、幸せになるよ。サユのソフトクリーム、あげようか?」
「ちょっと待ってくれお嬢ちゃん。そう言ってくれるのは嬉しいのだが僕はおじさんではなく……」
「いらないの……?」
泣きそうな顔で上目遣いのサユキ。優しい優しい天使を泣かせたらはっ倒すぞ。
「——っ! マイエンジェル……。ひ、一口、もらおうかな」
「うん! じゃあ、あーん」
「あ、あーん——」
幼女にあーんをしてもらおうとする不審者。だが、そんなことが許されるはずもなく。
「——あの、小ブタ1号さん。サユキに変なことさせないでもらえますか?」
「はふぇ!? 雪様!? も、申し訳ございませんんんん!?」
ほの暗い目をしたユキが真横に現れた瞬間、ズサーッと後退する磯貝。はやい。反応がはやすぎる。
「おじさん、やっぱりサユのソフトクリーム食べたくないんだね……ぅぅっ……」
「そ、そういうわけではないぞマイエンジェル!」
「うちの子をそんな呼び方しないでください。気持ち悪いです」
「はひぃ!(ビクンビクンッ)」
完全に平伏した磯貝。しかし表情は非常に幸せそうである。素直にキモい。
それからユキはしゃがんで、サユキに目線を合わせて言う。
「サユちゃん、あの小ブタさんにはヒロさんがソフトクリームをあげますから。それはちゃんとサユちゃんが食べてくださいね」
え? 俺? あげないよ?
でもブタにやるソフトクリームはねえ! って言わないあたりユキの優しさなのだろうか。いや俺はあげないけど。あげる必要性も感じないけど。
「そうなの?」
「そうですよ。それにこれはヒロさんがサユちゃんのために買ってくれたものです。小ブタさんに与えて粗末にしてしまったらヒロさんが悲しみます」
「……うん。わかった! サユ、ソフトクリーム食べる!」
「はい。ちゃんと美味しく食べましょうね」
「うん!」
にっこりと笑顔を取り戻すサユキ。
大輪の花が咲くような、それを目にした誰もが幸せになるような笑顔だ。
ああ……いい話だったなぁ。
変質者に騙されそうになっていた妹を守る姉。素晴らしいドラマだ。明日の一面は決まりだな。
「僕の扱いって……」
「そこで泣くなよ。気持ちよくなってろよ」
「純粋な罵倒よりも心に突き刺さったのだ……粗末って……あーんもして欲しかった……」
「……しないからな?」
「誰が貴様に頼んだ!」
磯貝は遠くで泣いていた。
ドMレベルはまだ足りていないらしい。
ロリコンの称号は手に入れたようだが。
そして磯貝たちブタどもはユキとサユキ、2人の下僕となった。
ユキ派とサユキ派で内部分裂が起きそうな有り様らしい。
おまえら、ユキへの忠誠どうしたよ。
まあ、サユキは天使だからな。
仕方ないといえば仕方ないけれど。
あ、そういえば結局、サユキがユキの妹だって説明してないな?
✳︎ ✳︎ ✳︎
「ヒロさんヒロさん。今日はありがとうございました。サユキと遊んでくれて」
「いやべつに。俺も楽しいし、いつでも付き合うよ」
結局サユキは夕飯まで俺の家で食べ、それから少しして眠ってしまった。
「そう言ってもらえると助かります」
リビングのソファーに座るユキは、隣に座る俺にコテンと身体を預けてくる。
ユキも少し、眠たそうだ。
「おい、重い」
「重くないです」
「そうですか……」
「サユキと一緒にいるときの私たちって、やっぱり夫婦に見えるんですかね」
「いやそれは磯貝がおかしいだけだろ。ふつう兄妹とかだって」
「そうですか……。ところで磯貝さんとは誰ですか?」
「あー、いや……誰だろうな……」
あいつらブタであることを受け入れて自己紹介すらしてないのか?
「ふむ、ヒロさんに私の知らない人間関係が……」
「いや、気にする必要ないからね?」
「……? まあ……いいです。それについては後で調べることにしましょう」
別に調べてもブタの素性が分かるだけなんだが……。眠気が限界に近いユキはとりあえず後でという結論に至ったらしい。
「でも、今は……夫婦に見えないかもしれませんが……いつかは、そんな未来が……あった……らって……ゆ……き……は…………すぅ……すぅ……」
言いながらユキは寝てしまった。
何を言おうとしたのかは、わかっているつもりだ。
でも、ユキと同じ光景を俺は描けているだろうか?
今や家族のいない俺が、そんな未来を。
答えのようなものは見つからず、結局俺は考えるのをやめた。
「おやすみ。ユキ」
ユキの綺麗な髪を撫でる。
普段よりあどけなくて、可愛い寝顔だ。
今日はユキもサユキもうちに泊まりかなぁ。
藤咲家へ連絡しなければ。
そうして夜は更けていく。
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