第10話 幼馴染の妹は天使である。

「ヒロさんヒロさん」


「ん?」


「ちょっと止まってもらえますか?」


 下校中、ユキがそんなことを言った。俺はそれに従って足を止める。


「————んっ」


 その瞬間、隣のユキが俺との距離をスッと詰めたかと思うと、流れるように頬へキスをした。ユキは背伸びをしていて、ちょっとぷるぷるしているのがわかる。


「な、なんだよ。いきなり」


 ビビるわ。ほんと。

 心臓に悪いからやめてほしい。

 立ち止まったら頬に唇がぷにっとか、もう卒倒してもおかしくない。近すぎておっぱいも少し当たってるし。柔らかい。


「ヒロさんへのご褒美ですよ?」


「ご褒美なんて貰う理由は……って、え、やっぱ聞こえてた?」

 

 そもそもこれはご褒美か?


「ばっちり、聞こえてましたよ」


 昼休みの叫びは見事に学食のユキまで届いてしまったらしい。


「うっわ……そういうのは聞こえなかったことにしとけよ」


「嬉しくなっちゃったんだからしょうがないです。私の一番のファン、なんですよね?」


「やめて! もう言わないでほんと!」


 今になって自分でも何してんだ俺ぇ! って思ってるんだから! 今日帰ったらひたすらお布団ゴロゴロするんだから!


「嫉妬しちゃったんですか? 私が小ブタさんたちと話してて」


「そ、そんなんじゃねえよ」


 ちょっと、ほんとにちょっーと虫の居所が悪い感じで、暴走してしまっだけだ。


「ふふ。ヒロさんが嫉妬してくれるなら、小ブタさんたちもなかなか有能ですね」


「べつに嫉妬なんてしてないっ!」


「そうですか。それなら今度からは小ブタさんたちと一緒に登下校することにしますね。さようなら、ヒロさん」


「やめてぇ!? それはやめてぇ!?」


 そんなことをしたらユキが漫画によく出てくるような、男どもを侍らせてる高飛車お嬢様みたいになってしまうではないか!


 間違っていなくもない気がしないでもないが、それはなんかイヤだ!


「しょうがないですね〜ヒロさんは…………と、ちょっとお待ち下さい」


 ユキがスマホを取り出す。着信があったらしい。


「はい。……はい。わかりました。大丈夫です。はい、では」


 短い会話を終え、ユキはスマホをしまう。


「用事か?」


「はい。サユキを迎えに行くことになりました」


「珍しいな」


「母が今、手を離せないみたいで。ヒロさんも来ますか?」


「おう。行く行く」


「妙にノリ気ですね」


「い、いや? そんなことないぞ? 久しぶりにサユに会いたい今すぐ会いたいとか思ってないんだからね!」


「語るに落ちてますよ。まあ、うちのサユキは私の次に可愛いですから。仕方ないですね」


 ということで少しだけ不服そうなユキを横目にしながらも下校ルートから外れ、ある場所へと向かったのだった。




✳︎ ✳︎ ✳︎




「うはー。なんか懐かしすぎる光景だな」


「ですね。卒園してからは来ることなんてほとんどありませんし」


「だなぁ」


「懐かしいなら、今度私が幼稚園の制服を着てあげましょうか。あ、それともヒロさんが着ますか? 私が先生役で」


「着ねえよ! なんでそうなる!」


「バブみというやつです。幼稚園の制服に身を包んだ可愛いヒロさんを、私がよしよししてあげます」


「なんだよそのおぞましい光景……」


「微笑ましい光景の間違いだと思いますよ?」


「嘘じゃん……」


 すでにユキからバブみを感じた経験があることは黙っておこう。墓までもっていこう。



 すでに分かっているかもしれないが、俺たちが訪れたのは近くの幼稚園である。今はその正門前だ。


 ここにユキの歳の離れた妹である藤咲小雪ふじさきさゆきが通っているのだ。


「さて、サユキを迎えに行きましょうか」


「そだな」


 幼稚園であまりくだらない会話をしているわけにもいかないだろう。



「あっ! パパー! ママー!」



 しかし歩を進めようとすると、園舎の方から女の子がひとり、駆け出してきた。


 俺たちの他にも、時を同じくして迎えに来た親御さんがいるらしい。


 夫婦で子供のお迎えかぁ。なんかあったかくて、憧れる。それはきっと、いつまでも見守っていたくなるような眩しい光景だろう。



 そんなことを思っていたのだが——



「——ぐぼぉ!?」


「パパ〜! サユのこと迎えに来てくれたの〜? しゅきしゅき〜」


 次の瞬間、俺はその駆けてきた女の子に抱きつかれていた。いや、抱きつくなんてものじゃない。頭突きだ。頭をぐりぐりしてくる。


 しかも身長差の関係で頭突きはちょうど俺の股間にクリーンヒットしていた。


 いったぁい……。ごめん父さん母さん……俺もうお婿に行けない身体になっちゃったかも……。


「ママもいますよ〜。サユちゃん」


「ママ〜! ママもだいしゅき〜」


「うん、ママもサユちゃん大好き〜」


 崩れ落ちそうな俺を他所に、ユキに抱っこされる女の子。頬を擦り付け合うその光景だけは非常に微笑ましい。


 俺がパパで……ユキがママ……?


 父さん母さん……俺、お婿に行った覚えはないけどいつのまにか家族ができてたよ……。


「ど、どういうことだよ……ユキ……サユ……」


「〜〜? どうしたの? パパぁ? お腹、痛いの? 苦しそうだよ?」


 それはキミの頭突きが原因でしてね……。そんな無垢な目を向けないでほしい。

 

「どうしたんですか? ヒロさん。せっかく愛娘に会えたんですから、もっと嬉しそうにしてください」


「俺に娘はいないし結婚だってまだしてない!」


「パパ……? サユのこと嫌いなの……?」


「ヒロさん……認知してくれないんですか……?」


 泣き出しそうな2人。


 でもめげない。ここで優しくしてはいけないのだ。それではこのの思う壺である。


「だーかーらー! 茶番はもう終わり! いい加減にしなさい!」


 俺はスバリ言う。


「ふぅ……サユキ? そろそろやめにしましょうか」


「うん! あのね〜全部冗談だったの〜」


「サユちゃんはヒロさんと最近会えてなくて寂しかったんですよね」


「そうなの。それにね、ねぇねともあんまり遊べてないよ。だからね〜今日はたくさん遊ぶの!」


「はぁ……マジでやめろよなぁ……。ユキが仕込んだのか?」


「いえいえ。サユキが仕掛けて、私が即興で合わせただけですよ?」


「なにそれ姉妹のコンピネーションやばぁ……」


 ていうか、サユキさん? 幼稚園児がそんな洒落にならない冗談仕掛けちゃいけないと思う。ほんと怖い。かわいいけど。


 ほら、あっちで井戸端会議してるお母さん方見てみなよ……。

 不審そうに見てたり、「若い夫婦さんねぇ」とか脳死で言ってたり様々である。


 いや、高校生で幼稚園児の子供がいるとかあり得ねえから!


 制服着てるから! しっかり見て!?



 というのはさて置くとして、俺に開幕から頭突きをかましてきたこの女の子こそ、ユキの妹・藤咲小雪ふじさきさゆきなのだった。

 ユキとはだいぶ歳が離れていて、まだ幼稚園児である。


 そしてみんなの天使である。


「そういえば、サユちゃん。ぴょん吉さんはどこですか?」


「ここ〜」


 サユキが背中に担ぐバッグを指差す。


「バッグの中でしたか。しっかり仕舞えてえらいですね」


「うん。ヒロくんに抱きつく前にちゃんとしまったの!」


 ぴょん吉さんというのはサユキがいつも抱えているうさぎのぬいぐるみだ。ユキから受け継がれたものでもある。


 サユキに引き摺られ続けて泥だらけになることもしょっちゅうなのだが、今回はちゃんとバッグにしまっていたらしい。


 成長している。えらい。えらすぎる。無限に頭を撫でてあげたい。


「ヒロさん。サユキが遊びに行きたいみたいなので、少し付き合ってもらえますか?」


「ヒロくんも一緒に遊び行くー!」


「おう。もちろん」


 そう言って俺はサユキの髪をわしゃわしゃと撫でる。サユキは気持ちよさそうに「にひ〜っ」と目を細めていた。

 ユキの銀髪よりも少しのっぺりとしていて、白に近い色の髪だ。かわいい。


「あのね、サユね、ソフトクリームが食べたいの!」


「ソフトクリームですか? 夜ご飯食べれなくなっちゃいますよ?」


「だいじょ〜ぶ! サユがんばる!」


「まあ、たまにはいいですかね」


「よし。じゃあ商店街の方だな」


「はい」


「れっつご〜!」


「おおー!」


 そうして俺たちは商店街に向けて出発した。


 今日は天使とたっぷり遊んであげるとしよう。俺が遊びたいわけじゃない。サユキが遊びたいというんだから仕方ないのだ。


「ヒロくんヒロくん」


「なんだぁ〜? サユ〜?」


「呼んでみただけ〜」


「そっかぁ〜」


 ああ〜〜サユキは可愛いなぁ!


「ヒロさん。頬が緩みすぎですよ」


 そ、そんなことないやい!




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