第9話 俺の幼馴染はエロ可愛い。
現在、ひとつの教室で俺と十数人のユキ親衛隊(小ブタ)を名乗る生徒たちが睨み合っている。
他の生徒は逃げるように教室を後にした。
あと残っているのは心配そうにオロオロする
だがこれからいったい何が起きるんだと危惧する必要はない。
なぜなら俺はこれから彼らと喧嘩するようなつもりではないのだから。
ただ、少しだけ話がしたいと思っただけだ。
ユキに忠誠を誓うという彼らと。
「ええーと、まず隊長さん? 名前は?」
「ああ僕は……って
「は? いや知らんけど」
誰? これ星乃のときもやったな。
だからまだクラスメイトなんて覚えてないって……。
というかこいつ自分のクラスに向かって「たのもー!」とか言って入ってきたのかよ。
「星乃知ってる?」
「ううん知らなーい」
「だってさ」
「き、貴様らぁ……僕が転校生だからってバカにしやがって……。知らないなら教えてやる! 僕の名前は
転校生だったのか。新学期に転校してくるとクラス替えとかもあって転校生の印象が薄れちゃうやつ。うん。よくあるよくある。
しかし転校生が主導したからこそ、このタイミングで親衛隊が出来上がったわけだな。
「あ、あー! いた! 思い出した! たしか初日に挨拶してたよね〜」
「そ、そうだ……!」
星乃が思い出してくれてちょっと嬉しそう。なんだ? 意外と可愛いやつなんじゃね?
「なんか気持ち悪かったよね〜。あの、なんだっけ? オタ芸? とかいうやつ」
「ガッ!? 僕がクラスに馴染むため血を吐く思いで編み上げたものを気持ち悪いだと!?」
「転入の挨拶でオタ芸とかキモさ以外の何もないだろ」
「なんか見てて居た堪れない気持ちになったから記憶消しちゃってたよ〜。ごめんね?」
「グッ……グガガガッ……ゴッ……!?」
うーん星乃の無意識な精神攻撃がヤバい。恐ろしい。人語忘れ始めてる。
でも俺も覚えてないってことは記憶から消したんだろうか? いや自己紹介とかしてる時間に俺ってば生徒指導室にいましたわ。そういえば。
「まあそれはいいとして。改めて、俺は浅間紘。ユキの幼馴染だ」
「……知っている。雪様が唯一親しくしている男だったな」
相手の名前もわかったところで、俺は気を取り直して真面目な話を始める。
ここからが本題だ。
「まあそう……かもな」
「忌々しい男め……」
「なんかすごい怨念こもってるなぁ……いいけど。で、君らはユキの親衛隊? なんだよな?」
「そうだが。それがどうした」
「なんで親衛隊をやろうと思った?」
「それは当然、我々が雪様をお慕いしているからだ。崇拝と言ってもいい」
「それはどうして?」
「それは、雪様が素敵なお方だからに決まっている。あの美しい銀髪。並の人間を寄せ付けないクールで鋭い瞳。雪のような純白の肌。透き通るよな心地よい声。その上……その……その……だな……」
流れるように語り出した親衛隊長が言いにくそうに目線を右往左往させる。
「ふむ……おっぱいだな」
「ええ!?」
「……! そ、……その通りだ。雪様は当然スタイルも素晴らしい」
「合ってるの!?」
星乃くん。緊張感なくなるからそのリアクションやめない?
「良い着眼点だ。素晴らしい。よく見ている」
「褒めちゃうんだ!?」
「あ、ああ……そう……だろう?」
恥ずかしがりつつも少し安堵した様子の磯貝。初心かぁ?
「だが、甘いな。甘すぎる。満員の店内で幼馴染とスイーツを食べさせ合いっこするよりも甘い!」
「それ自分のことじゃん……」
いいだろそれより甘いってことを言いたいんだから。口を挟むでない。
「な、なんだと……我々の雪様への愛が足りていないというのか?」
「その通り。例えば、例えばだ。お前たちはユキの笑顔を知っているのか?」
「なっ……!」
磯貝は核心を突かれたかのよつに身を仰け反らせる。効いてる効いてる。
でもこんなものじゃないんだなぁ……。
「知らないだろうなぁ。転校してきたばかりの新顔で、しかも遠くから見てばっかりだったお前は!」
ユキのあの笑顔を知っているのは俺くらいでいい。
「ぐ、ぬぅ……」
「俺はもちろん、知っているぞ。幼馴染だからな」
俺は一度言葉を切って、それからさらに畳み掛けるように言う。
「他にもまだまだあるぞ。お前らはユキの好きな食べ物を知っているか? 得意料理は知っているか? 家族構成は? 趣味は? 嬉しいときにする仕草は? 最近気にしていることは? ご飯は毎回何から食べる? 休日は何をしている? 小学生のときの夢は? ユキが服を着るとき、ボタンを止めるのは上から? それとも下から?」
「もう……やめろ……我々がどんなに浅い領域にいたのか、よくわかった」
磯貝が唇を噛みしめ、悔しそうに呻く。
だが——
「いいや、やめないね。つまり、俺が何を言いたいかって言うとだなぁ———!」
俺はそこで言葉を切り、大きく息を吸う。
——叫ぶことしか能がないんですか?
先日のユキの言葉が脳裏をよぎる。
そうだよ。俺はダメなやつだから。
だからその分、でき得る限りの大声で、叫ぶんだよ……!
「俺が!!!!
シーンッと、校舎が鎮まり返った。
やべ……大声すぎたか……?
ユキにまで聞こえてなきゃいいけど……。
でも、俺が言いたかったのはこういうことなのだ。俺が、ユキのことを一番よく知っているんだ。
それなのに、ユキのことをたいして知らないあいつらが親衛隊を名乗るのが気に入らなかった。
でも別にそれは親衛隊自体を否定するということではない。
なぜなら、彼らが俺と同じくユキの魅力に気づいた同士であることには違いないのだから。
俺たちは決して、敵ではないのだ。
まあ、ユキが親衛隊の連中を弄るのは少し、本当に少しだけ……思うところがないわけではないが。
それでもやっぱり、俺が一番だと信じているから。
ユキのエロ可愛さを知っているのは俺だけだから。
そんな親衛隊だとかファンクラブだとかが生まれるのだとしたら、俺を一番に呼べってんだこんちくしょう! ということだ。
むしろ俺ひとりで今までもファンクラブをしていたと言ってもいい!
「……恐れ入ったよ。浅間紘。認めよう。貴様がナンバーワンだ。僕たちが甘かった……」
「ああいや……その、お前たちもなかなか分かってたんじゃないか? 幼馴染じゃないにしては」
「そ、そうだろうか……」
「それに、これから少しずつ知っていけばいいだろ? 親衛隊の小ブタさん?」
「そう、だな……感謝する。浅間紘。大切なことに気づけた気がするよ」
そうしてお互いを認め合った俺たちは固い握手を交わした。
そこには、ユキを通して友情のようなものが生まれたのかもしれないと、そう思った。
「たが、貴様にブタと言われる筋合いはないぞ。浅間紘。僕をブタと呼んでいいのは雪様だけだ!」
「うっわーでたよ。あれだけでユキにとって自分たちは特別だとか思っちゃった? 残念。ユキはいい玩具が手に入った程度にしか思ってないぞ」
「ガッ!? き、貴様ぁ〜!」
「せいぜい捨てられないように頑張りたまえ」
「貴様に言われるまでもないわ!」
やっぱり友情なんてのは気のせいかもしれない。でも磯貝と話すのは退屈しなそうな気はした。
「……うーん、いい話……だったのかな?」
星乃がひとり呟くのが聞こえた。
まあ、いいんじゃない?
少なくとも俺は満足しました。
✳︎ ✳︎ ✳︎
———俺が!!!! 藤咲雪の!! 一番のファンだってことだあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!
愛しい人の声が聞こえた。
周りの人たちは突然聞こえた大声に騒然としている。きっと何が起こったのか理解しているのは私だけ。
私は顔が綻んでしまうのを隠せていなかったと思う。
きっと今の私はすっごくふにゃふにゃな顔をしている。
「もう……ヒロくんのばーか」
私はひとり、口の中で呟いた。
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