第8話 幼馴染には親衛隊がいる。

「ヒロさんヒロさん」


 登校中、普段よりも落ち着きのないユキが俺を呼ぶ。きょろきょろと周りを気にしていて、その度にきれいな銀髪が揺れていた。


「どうした?」


「最近ですね、なんだか見られている気がするのです」


「見られてる?」


「はい。登校中や学校にいるとき、誰かの視線を感じます」


「変質者……いやストーカーか?」


 だとしたらとっ捕まえてはっ倒すぞおい。


「かもしれないですね。なんとなくねちっこくて、えっちな視線の気もします」


 うん見つけたら○そう。もう決めた。

 絶対に許さない。


「……ヒロさん?」


 沈黙した俺の様子を見てか、ユキが少し心配そうにこちらを見る。


「ん?」


「私がどこかの変態さんの妄想の捌け口にされているのがそんなに気にくわないのですか?」


「い、いやべつに…………ってことはないな。そりゃ幼馴染がストーカーされてれば腹も立つ」


 腸は煮えくり返る。


「そうですか。良かったです」


「良くはないだろ」


「ヒロさんが怒ってくれるのが、嬉しいんですよ」


「……そうですかい」


 嬉しがるのはストーカーを撃退してからにしてほしい。


 とりあえず、どうしたものかなぁ。

 周りを見渡してみても、当然それっぽい人影を発見することはできない。


 学校でも視線を感じるということはやはり学校関係者である可能性が高いだろう。


 しかしユキの場合、単純に美人だから人目を集めるというのもある。俺が見ただけではそれとストーカーの違いはよく分からないかもしれないな……。


 少し、考えておくとしよう。




✳︎ ✳︎ ✳︎




 昼休み。


「ヒロさん。ご飯に行きましょう」


「あいよー」


 軽く返事をして俺は席を立つ。


 2人で学食へ行こうとするのだが、今日はクラスメイトの1人から声をかけられた。


「あ、藤咲ふじさきさん! 浅間あさまく——っん!!??」


 そしてそのクラスメイトは盛大に前方へつんのめって転けた。

 それからなぜか勢いのままに回転しまくり、こちらに思いきりお尻を向けた状態で止まった。


 当然スカートの中は丸見え。純白!


 2話連続でこれはありがたいかぎり。


「いだい"〜〜〜」


「どういう転び方をしたらこうなるんですかね」


「狙ってるか、そうでなければ才能だな」


 才能だとしたらスカートは履かないようにすることをおすすめしたい。


「狙ってないよ〜……。ていうか助けてもくれない……ひどい……」


 少女はしょぼしょぼとした様子で立ち上がる。特に怪我はないようだ。

 下着が見えていたことにも気づいていないらしい。


 そして彼女は改めてこう切り出した。


「あの、良かったら私も一緒にお昼いいかな? 学食だよね?」


「ダメです」


「ええ!? そんなぁ……」


 おっと、忘れていたがこの少女は先日喫茶店で出会った星乃夏帆ほしのかほである。


 いやあ本当にクラスメイトだったんだなぁ……。


 ユキと仲良くしたいというのは方便でもなんでもなかったらしく、こうしてクラスでもよく話しかけてくれるようになっていた。


「ユキ。べつにいいだろ飯くらい」


「いやです。ヒロさんと昼休みを堪能することだけが私の学校での楽しみなのです」

 

 つーんとするユキ。


「な、なんかそう言われると邪魔しちゃ悪い気がしてくる……」


「たまにはいいだろ」


「いやです」


「俺はユキと2人で星乃を弄るのも楽しいぞ」


 普段できないから、マジで楽しい。


「それは私も嫌いじゃないです」


「ひどい!?」


 「ひどい」しか星乃には語彙がないんじゃないだろうか。弄る方も飽きるぞ。もっとバリエーション豊かにいけ。


「よし、じゃあ今日は星乃もついでに連れて行くということで。いいか? ユキ」


「……わかりました。あ、でも先程星乃さんの下着を凝視していた件については後でゆっくりお話しましょうね?」


 にっこり笑顔。

 怖い。世界の終わりが近いかもしれない。


 それからユキは納得いかなそうに「私ならいつでも見せてあげるのに……」とか呟いていた。


 実際先日も拝見しました。非常に素晴らしい光景でした。はい。


「それじゃ行くかー」


「お〜!」


 星乃が元気よく俺に続く。



 ——が、どうやら俺たちはまだ昼飯にあり付けないらしい。



「たぁぁぁのもぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!」


 

 耳をつんざくような大声が教室に響き渡った。


 それからその声の主を筆頭に、ずらずらと10人以上の生徒が教室に押し入ってくる。


 なんだこれ。何の行事だ?

 セリフ的にやっぱり道場破り? 教室破り?

 これから各クラスごとに血を血で洗う戦いの幕が切って落とされるのだろうか。


 その謎の集団は戸惑う俺たちの目の前に整列した。


 正確にはユキの前に、だが。


 ユキに正対するのは最初に声を上げて入ってきたリーダーらしき男子生徒だ。

 眼鏡をかけていて、微妙にインテリっぽい。



 そしてその男子生徒はユキを前に跪く。

 他のやつらはビシッとユキに向かって敬礼をした。心臓を捧げるあれだ。



「我ら、これより藤咲雪ふじさきゆき様の忠実なしもべ! 

 藤咲雪親衛隊ふじさきゆきしんえいたい! 

 別名、ユキちゃんしゅきしゅきファンクラブ! 

 別名、あのクールな目で蔑まれたいの会!

 なんなりと、どんな御用命でもお申し付けください! 我らの命、ゆき様のために!」



「「……は?」」



 俺とユキの声がハモる。星乃は状況が飲み込めずにあわあわしていいる。



 まあ話を要約するに、ユキのファンクラブができたと。そういうことだろうか。


 そしてこっそり盛り上がるだけでは飽き足らず、親衛隊ごっこまでしたいと。


 うん、ぶっ飛ばそうか。

 というか絶対ストーカーこいつらだわ。

 間違いないわ。


 別名とか、明らかやべえ奴らだろ……。それに名前くらい統一しやがれ。


「つまり、あなた方は私の言うことをなんでも聞くブタさんたち。ということでしょうか」


 心臓を捧げられたユキが応答する。

 いきなりパンチ効いてんねえ!


「こ、小ブタ……!?」


「おい、ユキ。相手にすんなよ。やべえやつらだって絶対」


「そ、そうだよ! ああいう人とは話しちゃいけないんだよ!」


「いいじゃないですか。私に忠誠を誓うらしいですし」


 親衛隊長(恐らく)の動揺を他所よそに俺たちはこそこそと話す。


 ユキ的にはとりあえず遊んでみるつもりらしい。怖いもの知らずの幼馴染だ。


「わ、我らは小ブタではなくて親衛隊でして、……あの、雪様?」


「さっき、私に蔑んだ目で見られたいって言っていましたよね。それって、こういうことですか? 小ブタさん?」


 ユキが暗黒微笑を見せる。

 あ、これ俺のときよりヤバいやつだわ。本気の本気で蔑んでるやつだわ。


「うひぃ!(ゾクゾクゾクッ)」


 そして親衛隊(自称)のほとんどが身悶える。うっわレベル高え……俺なんかまだまだだな……。


「ちょっと蔑んであげただけなのに……キモチワルイ人たちですね。あなたたちは親衛隊でも何でもありません。ただの醜い小ブタさんたちです。わかりましたか?」


「は、はい!! 我らはブタです!」


「ふむ、よろしい」


 ブタであることを受け入れたらしい。

 ユキも楽しそうだなぁ……。

 活き活きとしている。

 いい玩具が手に入って良かった良かった。


 って簡単にそういうわけにはいかないかなぁ……。


 ちょっと俺個人としても言いたいことがあるし。


「では、今日は特に用もないので帰ってください。さようなら」


「えっ……」


 親衛隊改めブタどもが物足りなそうな声を上げる。


「なんですか? 何か文句がありますか?」


「い、いえ! そんな滅相もございません! 失礼致します!」



「——ちょっと待った」



 踵を返そうとする彼らを俺は呼び止める。


 いやぁユキの親衛隊だかなんだか知らないが? 俺に全く何も言わず、関心も寄せず、この場でもいない者のように扱うのはどうなんだろうなぁ? ユキの幼馴染であるこの俺を。


「……ヒロさん?」


「ああ、ユキはちょっと席を外してくれるか? 俺はこいつらに話があるんだ」


「でも……」


「いいから。学食の席でもとっておいてくれ」


「……はい。わかりました」


 ユキは不服そうにしながらも頷き、教室を出た。


「それで、何の用だ。浅間紘あさまひろ


 ブタの隊長がさっきまでとは打って変わった態度で聞いてくる。

 どうやら俺のことを知ってはいたらしい。



 さて、対話を始めようか。


 ブタども。



 ユキはそれなりに楽しんでいたようだが、俺にだって譲れないものはあるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る