第十九章 【レイカ】(2/2)

 シオネがウチの目をジッと見て言った。

「レイカ、オレたち友だちだよな」

「さ、返事をしなさい」

 うるさいぞ、マダラハゲ。お前に言われなくても返事するんだって。もうウチはシオネたちに血を分けることしか役に立てないんだもん。

 近いね。シオネの顔。シオネがこうなってから、ちゃんと顔を合わせるのって初めてだ。

シオネってこんなにかわいかったっけ。

なんだか、ファーストキスのときの乙女みたいじゃない? 

こんなこと言ったらシオネいやがるね。

目の色、深い灰色だったんだね。キレイ。瞳の中に何か見える。

深い、深い暗闇の中に。

 星空。遠い街並み。山影。吹きすさぶ風。冷たい雨。ざわめく森の木。落ち葉。倉庫。コウモリ。空腹。脇。リスのしっぽ。歯がゆさ。稲の香り。田んぼのぬかるみ。カエルの足。玄関の扉。懐かしさ。父の顔。怒声。刃物。驚愕。火。恐怖。炎。焼け落ちる家。冷たい水。寂寥。ドブの臭い。ハゲデブ。ネズミの死骸。敗残。朝日の恐怖。土の臭い。ムカデ。ゲジゲジ。ダンゴ虫。駐車場の光。金色。友だち。セイラ。バスケ。温もり。レイカ。

「レイカ。オレたち友だちだろ」

「うん、シオネ。友だちだよ」

 シオネがウチの首筋にかぶりつく。

いたくないよ。シオネ。いっぱい栄養付けて風邪ひかないようにね。

「レイカ。ウチら友だちだよね」

 ココロ。

ココロ、こんなにきりっとした顔立ちだったんだね。

やさしい顔をしてると思ってたけど、強い気持ちが現れたきれいな澄んだ目をしてる。

青みがかった黒い瞳。

ココロの目の中は、さびしい色だね。

 暗い夜道。森。獣の足。変なオジサン。疲労感。山道。原っぱ。脇。重い足。風。月の光。町の灯。川の水。冷たい。魚。カエル。ママ。パパ。車。部屋。怒声。ネコたち。足。コンクリートの壁。ママ。温もり。泣き声。檻。すすり泣き。柵。泣き声。扉。静寂。扉。コンクリート。檻。変なオジサンたち。辛い。コンクリート。扉。檻。カリン。うれしい。カリン。すき。変なオジサンたち。嫌い。コンクリート。扉。檻。冷たい床。ロッカータンス。ゼッケン。うれしい。カリン。バスケ。温もり。レイカ。

「レイカ。ウチら友だちだよね」

「そうだよ、ココロ。ウチら友だちだよ」

 ココロもウチの首筋にかぶりつく。

ココロは、しっかりと噛むんだ。

このほうが痛くないんだね。

こうしていると、なんだか二人の赤ちゃんにオッパイをあげてる気分になってくるよ。

お母さんって、赤ちゃんに自分の血を分けてるんだよね。

すごいよね。

ウチ、きっとオッパイ出なかっただろーから、二人にオッパイをあげて幸せを二つ分けてもらえた気がするよ。

ありがとう。ココロ、シオネ。

さようなら。これからもカリンとセイラに優しくしてもらってね。


 高倉さん。わかったよ。カリンとセイラがこの二人にとって大切な人であり続けた理由。

それは、ココロとシオネをちゃんと受け入れたからなんだ。

ココロとシオネのバラバラになってゆく思いを、カリンとセイラが一つ一つ丁寧に繋ぎ留めた。

だから二人の間の絆が生き続けたんだ。


だんだん意識が遠のいていくよ。もうウチ無理かもしんない。

立ってらんないかもしんない。


場内どよめき。

なんか力がみなぎってるって感じなんだけど。どして? 

ココロ、シオネ。何したの? 

ウチに何が起こってる? 

身体動く。まずこの胸の木刀を抜いて捨てちゃえ。

「あ、しゃべれる。あー、あー、ただ今テストのマイク中」


場内騒然。

「辻王が立ったぞ」

「辻沢の王。ヴァンパイアの王が立ち上がったぞ」

 悲鳴。怒声。

「ご安心ください。この化け物は町長の私が退治します。穴埋めなどメンドーなことは言わずに、この名刀『火血刀』で即刻成敗しますので」

 お、お前エグイ武器持ってるな。

「宮木野に敬意を示して斬首せずにいたに、バカな娘よ。そこになおれ。この怪物め!」

 お前が言うな。

〈地方自治体の首長ともあろう人間が、司法・立法・行政の弁えを知らぬとは、恥ずかしい限り。民主主義の教科書と……〉

「あー、うっさいよ。こんなときに」

〈この町長は、議会政治の根幹の……〉

「あー! 黙れってのこの……」

 場内再びどよめき。

「げっぷだ」

「辻沢の王がげっぷをした」

「辻王レイカは、ずっと前からヴァンパイアでなかったのか?」

「げっぷだ」

「なりたてのヴァンパイアがする、げっぷをしたぞ」

「どういうことだ」

「げっぷだ」

「げっぷだ」

 冷たく静まり返っていたギジドウに、熱気が起こりつつある。

「みなさま、ご静粛に、辻王家のヴァンパイアは下品ゆえ、いつまでもげっぷをするのです」

「辻のヴァンパイアに限ってそんなことはありえまい。余所者のお前のようなヴァンパイアこそ、汚らしい屍人を作る」

「言うがいい。すぐにその汚い屍人のありがた味を分からせてやる。その前にこの怪物の斬首をとくとご覧じろ」

 町長が刀を振り上げると、それまでの熱気が一気に退いて、また冷たい空気で満たされた。

ココロ、シオネ離れてて、はやく。町長が切りかかってくるから。どいていて。はやく。危なーい!

がっし。って、刀つかんじゃったよ。

痛ったーい。

掌に切り込んじゃってる。

でも、絶対はなさないから。

これで町長の武器は封じたよ。でも、これからどうすれば。

足、痛い。なんなの。

蛭人間。新しめなのね。

どっかで見たことあるTシャツ着てらっしゃる。

あ、ゲリ男改めセーヘキ君。

そーいうことになったんだ。ご愁傷様。

これスリコギじゃないの。尖らしてあぶないな。

あれ、足、力入らない。

でも刀は放さないからね。

痛い。くっそー、町長までいつの間にそんなぶっといスリコギ。

「最後までバカな辻王レイカに、過ぎ越しの唄でも歌ってやろうかね。辻沢の人間が歌うスギコギの唄とはちょっと違うやつをね」


「どこから穴をあけましょお。そーらよ」

 痛い。脇腹!

「すぎこぎもって

 ごりごりごり。そらよ」

 ちくしょー。なんなの? 攻撃がテキカク。

「すぎこぎもって

 ごりごりごり。ここじゃないねー」

 肩! このスリコギすごく痛い。

「もうすぐ穴があきますよ。おやー、ここでもないねー」

 お腹! 痛いよ。また、どんどん力が抜けてくよ。

「すぎこぎけずって

 ぎりぎりぎり

 すぎこぎけずって

 ぎりぎりぎり なかなか死なないねー」

「そうら穴があきました。次は大本命! 脳天だ」

 さすがにもう無理。ウチ終わりかも。

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