第十七章 【レイカ】(8/11)

「やっべ。火サスみてーに、ついペラペラしゃべっちまった。なんせ、こんなに人と話すのは二年半ぶりなもんで」

「ヒマワリ。大変だったね」

「ああ。泣けるよ」

 ヒマワリが食べ終わったドカ盛り白桃ゼリーの容器を部屋の隅のゴミ箱にシュートした。キレーな放物線を描いて、町長室を斜めに横切って、壁にかかったおもちゃのゴールボードにあたってゴミ箱に吸い込まれた。

「よっしゃ!」

 やった!(小声)

「ま、レイカが殺人鬼云々の話は、お前を陥れるポンチ絵だ」

(「チョーくん。このパワポにシステム構成のポンチ絵入れといてくれる?」)

(「ササマダラが。シラベだっつーの。いーかげん人の名前くらいちゃんと覚えろよ。ねーねー、ユメカ。ポンチエってなに? おいしーの」)

(「ばっか、レイカ。図面のことだよ。ササマダラは、わざとあーいうの。貫禄出そーと思ってか」)

(「ばっかじゃなーい」)

(「ねー。若いくせに」)

「誰がウチを陥れたの?」

「レイカのボケは全然治ってねーな。ハナゲオヤジに決まってるだろ」

「町長がなんで?」

「そりゃ、保身だよ。保身。ゲームで儲けようってのはよかったんだけど、やりすぎて辻沢のヴァンパイアに手を出したのがまずかった。それで皆さんがお怒りになってて、誰かを犠牲にしなけりゃ収まらなくなってる。あのマダラはげ、アー見えて小心者でよ」

 あー、なんか分かる。自信なさそーな感じ。何かにすがってなきゃやってられない感じ。

「ほれ、ここにカメラ、これもそうだ。あっちの棚の上にも。この名札には隠しマイクだ。あーあー、ただいまテストのマイクちゅー」

 隠しカメラだらけの部屋なんだ。

「こうやって逐一監視しないと落ち着かないらしい。ま、小心者ゆえの猿知恵と行動力はたいしたもんだがな」

 そなの?

「シオネが行方不明になった時、すぐさまウチを行方不明にさせた、とかな」

「シオネが行方不明になった時? ヒマワリを? 逆だよ、順番」

「それが逆じゃないんだな。シオネは、ウチの捜索願が出される前に、すでに行方不明になってて、非公開捜査状態だった。それを助役という情報を素早く握れる立場利用して、実はうちの娘がその前からってやって、先に公開捜査に踏み切らせた」

「なんで、そんなこと?」

「娘が行方不明ってことは、犠牲者様の仲間入りってことになるじゃねーの。しかも行方不明者第一号なら誰も疑わない」

「なんで、そこまでして?」

「辻沢の人間で、あの事件がヴァンパイアと関係ないって思ったやつはいない」

「ウチはまったく思わなかった」

「はあ? 黙れ、ボケが」

「じゃあ、辻沢のヴァンパイアは人を襲うことが禁忌ってぐらいは知ってるよな」

「最近知った」

 なあに? その握りこぶし。

「ハナゲオヤジは、もともと余所者のヴァンパイアだ。疑いが掛けられれば、目論んでた町長選の出馬も危うくなる」

「だから、いつまでも欠番にこだっわってるのか」

「なんだ?」

「なんでもない。で、ウチが犠牲にされる理由は?」

「辻のヴァンパイアさんたちが、餌を殺されてお怒りなわけ」

「ウチが殺したのって、殺してないけど、殺したことになってるのって」

「特殊要介護者の介護人。つまり、ヴァンパイアたちの餌。食いぶちをなくしたヴァンパイアがお前の部署に泣きついて来るって構図だ。まあ兵糧攻めってやつだな」

「特殊戸籍課のお客さんって、ヴァンパイアだったの」

「いまごろ……。ボケは一生治らんのだな」

 ヒマワリこそ、鼻くそほじる癖なおす気ないじゃん。

「まあ、仕事熱心なヴァンパイアが、必死に業績伸ばそうとして、やっちゃったと」

「そんな」

「お前がいつ勤め始めただとか、最近ヴァンパイアになっただとかは誰も知らないし、知りたくもない。事実なんてどうでもいい。皆、誰かが処刑されるのが見たいだけだ」

(「ゴリゴリ! 殺せ! ゴリゴリ! 殺せ! ゴリゴリ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」)

「カワイそうだが、大人の事情ってやつ。そういう点じゃ、ミワも犠牲者だがね」

どぃうこと?

「シオネとココロを殺した犯人が誰だか知ってるか?」

「……」

「知らねーのか? とんでもねーな、ママハイってのは」

「……」

「ミワだよ」

「え?」

「正確に言うと、そういうことにされたんだ。オトナたちに」

「オトナたちって?」

「六辻家の面々だよ。ミワに暗示を掛けてそれをムリヤリ信じ込ませた。いまだにそれは解かれてない。あいつが時々変なのはそのせいだ」

 その時、町長室の扉が乱暴な音をたてて開いた。

「おっと、きやがった」

 そいつが町長室に入ってきたときは、蛭人間かと思った。ハナゲ伸び放題のメタボバラ。

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