第十七章 【レイカ】(9/11)

「ヒマワリさん、ごきげんよう」

 うげ。お前が言うな。

「寮長先生、ごきげんよう」

 寮長先生? ヒマワリの声ちっさ。

「おや、殺人鬼さん。町長の名において、アタシがしっかり成敗してあげますからね」

 町長なの、これが? ウチがこの間会った町長とはまったくの別人。どういうことヒマワリ。あれ? ヒマワリはどこ? 部屋の隅で縮こまってる。

「ところでヒマワリさん。いつまで大塔宮女子学院の冬季制服を着ているのです?」

「はい。申し訳ございません。寮長先生」

 さっきの威勢はどうしたの? ヒマワリ、なんでこんなところで服脱ぐの? 制服の下、ブラとショーツしか着けてないんだ。ヒマワリすごく痩せちゃったんだね。あのしなやかだった体はどこいっちゃったの? 背骨、曲がってない? 肩甲骨が飛び出て見える。どうしたのその背中、傷の跡がいっぱい。

 ヒマワリは、そのままの姿で脱いだ制服をショーケースのマネキンに着させると、テーブルの上の丁寧に畳まれた違う制服を着はじめた。今度のは胸に三つ葉の模様のついた明るい緑のやつ。

「三ッ葉女子学館高等学校の夏季制服に着かえました。寮長先生」

「そう、それでいい」

「二時間ごとに着替えて私に見せに来る。約束を破ると」

「鞭で打たれます。寮長先生」

「今回は、私が来てさしあげたからいいようなものの、そうでなかったら」

「鞭で打たれます。寮長先生」

「よろしい。こっちに来なさい」

 ヒマワリは体を固くして、動こうとしない。

「もう一度いいます。ヒマワリさん。こっちに来なさい」

 やっぱり動かない。

「命令に背くと」

「鞭で打たれます。寮長先生」

 ヒマワリの声、震えてる。

「制服の裾を上げ、向うをむいて、壁に手をつきなさい。早く!」

 メタボの町長が、机の引き出しから鞭を出して手にすると、牙の生えた口の端から汚い色の涎をたらし、ヒマワリのいる方へ歩み寄っていく。

 ヒマワリ、ヒマワリ、ゴメンね。ウチ何にも知らなかった。違う。

知ってた。

ヒマワリがパパのことで悩んでるの知ってたのに、話を聞いてあげなかった。

 あの時、ウチは逃げだしたんだ。だって、そんな深刻な話、ウチには受け止められそうになかったんだもん。ホントは、みんなの苦しみを知ってたのに、ウチはこの町から逃げ出しちゃった。ヒマワリ、ゴメン。ミワちゃん、ゴメン。みんな、ゴメンね。

 なんとかしてあげたいけど、体が動かない。ヒマワリを助けてあげたいけど、この黒い木刀のせい? 動かない。

 ウチはホントに役立たずだ。みんなが怪我したり、体調を崩したりして大変だった時だって、ママの言いつけを理由に、コートに立たなかった。ウチだって中学の時バスケしてたのに。ごはんの時左手で食べたり、みんなが帰った後こっそりシオネにコーチしてもらったり、家の近くの公園でドリブルの練習とかしてたんだよ。でも、見てみないふりした。

ごめんね。ヒマワリごめん。

知ってたんだ。

ヒマワリが、膝、ダメにしてたの。

それなのにヒマワリは、テーピングもしないで、試合に出てた。試合の時は痛い顔一つしないで、更衣室で一人で足を押さえて泣いてたのウチ知ってたのに、何もしなかった。ヒキョー者だ。ウチはヒキョー者なんだ。

ヒマワリ、逃げて、お願い。せめて逃げちゃって。そいつは化け物だから。

逃げていいんだよ。

パパなんかじゃない。娘にボーリョク振うなんて、化け物のショギョーだよ。

 

 ウチは頭を下げて目をつぶってた。猛烈な菜っ葉の腐った臭いが部屋に充満してる。何回も何回も鞭で皮をたたく音がする。町長室にヒマワリのひずんだ悲鳴が響く。その一つ一つの音は、ヒマワリの命を削り取り、心をコソゲ落とす音。

音がする。ヒマワリの命が削られてゆく。

音がする。ヒマワリの心が消えてゆく。

ウチは、涙をぬぐうこともできなかった。

ウチはまた、みんなのことをミゴロシにした。

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