第十二章 【ヒビキ】(6/6)

 やたらアメージングな逃行だったけど、ツジカワさんったらよりによって役場に置き去りにしなくてもじゃない? 途中の大通り交差点のところで降ろしてもらえばよかった。こっからどうやって帰れっての? こんな夜中じゃバスもないし、それどころかあたしは全身血まみれなんだっての。ユサ呼び出そうにもあの子車持ってないしな。あれ? あの庁舎の中でガラケーいじってんのはシラベじゃない? そっか職場、夜間窓口だったな。ちょっと脅かしてみよ。


 そっと足を忍ばせてシラベのいる窓口まで近づいて、

「レイカ。カリンだよ。ウチら友だちだよね」

「もう、その手は一度やったしょ。それに入口入って来るの見えてたし」

「だめか」

「あたりまえだよ。でも、今度のコスプレはこの間よりリアル。髪まで血糊でべとべとにキメてるし」

「そう? ありがと。でも早く流したいんだ。たしか、役場の風呂使えるって言ってたよね。それとついでで悪いけど、着替え貸してくれないかな?」

「いいよ。ここに座って待ってて、取ってくるから」


 『特殊縁故結縁届』。この書類にサインすると、役所から血の供給がうけられる仕組み。引き出しの中にあるのは、控えか。

 新しめの欄にはココロんちの近くのオジサンの名前はなさそう。言った通り土に戻った? 役所から食餌を供給されるより土に潜る方がましってどんな粗悪品なんだ。

 過去の履歴を見るとだいたい2カ月ごとに3人ずつのパターンになってる。会長主導ってこと? まてよ、細かく見るとそうでもないか。2か月の間にもぽつぽつあるな。頻度は圧倒的に会長で、そこにスレーヤーマターが混入してる感じだな。

「着かえ持ってきたよ。あ、名簿見てたんだ。その名簿に載ってるのが養子縁組した人なんだよ。ここで書類作って名簿に控えを記したらウチの仕事は終わり。それとたまった書類を厚生課食餌係ってところに持って行くのも。そこにショーンがいてね。カリン、知ってたよね、ショーン」

 ショーン? あー、中学ん時のあいつか。めっちゃ軽い男。

「ねえ、カリンのそのカッコーって、実は仕事なんでしょ?」

「そんなとこ」

「カリンの会社ってブラックだね」

「そうかな?」


 シャワーしか使えなかったけど、助かった。シラベの私服、レディース全開。空色のミニワンピにレーススカート。こんな格好したの初めて。ひらふわって感じでマジ女の子。


ん? 窓の外横切ったの蛭人間だった。


水平リーベ棒はシラベんとこに置いて来たけど、どうしよ。あとつけてみるか。外の階段を誰か登って行く。さっきの蛭人間か? 階段上ってきたら吹きっさらしでめっちゃ風強い。スカートってこういう時ホント邪魔。お、駐車場にノーブルシャイニングホワイトのエクサス停まってる。

 えっと蛭人間はっと。ちょうど1階分上か。蛭人間に見えたけどあれは、さっきの家にいたメタボおやじだ。踊り場で立ち止まった。何してるんだろう。

 煙草吸ってる? ちがうな。

目の錯覚かな? 

メタボバラが引っ込んできたような。背が高くなって来たような。顔が細くなってきたような。


あ、町長! メタボおやじが町長になった? 


変態するんだ。ご愁傷様だね。ということは、あの家にいたのは町長でだったってことか。


 朝までシラベのおしゃべりに付き合って、そっちのほうで疲れた感じ。

「大通り交差点まで」

 ゴリゴリーン。

〈大通り郵便局前。皆様の毛根を見つめて30年。ヘアーサロンひこばえにお越しの方はここでお降りください〉

 昨晩の現場近くだ。サラリーマン乗ってきた。


「夜、隣家で騒ぎがあってですね」

「隣って空き家の方?」

「そうです。夜遅くにバイクの連中が大勢、家の前にたむろってたんですよ」

「最近多いですね」

「しばらく見てたらそいつら空き家の中に入って行きまして」

「騒いでうるさくするんです。そういう輩は」

「そう思ってですね、後で警察に突き出す時の証拠にするためビデオで撮っておいたんですけど、変なんですよ」

「変とは?」

「朝になってもバイク置きっぱだったんですけどね、撮ったの見たら入った連中誰一人出て来てなかったんです」

「まだ中にいるってことですかね?」

「そうじゃなかったんです」

「反対側から出たんですか?」

「いや、それは無理でしょう。向う側は結構高い壁だから、空でも飛ばないと」

 あのツジカワさんだから飛び越えられたけどフツーは登れないな、急傾斜のコンクリート擁壁。

「警察呼んで空き家の中を調べてもらったら、廊下とか壁に大量の血痕がついてて死体が一体だけあったそうで。それも半分になった。でも、他はどこにもいないって。本当にそんなにいたのかって疑われてしまいましたけど、撮った動画見せたら、変ですねーって」

「他の連中はどこ行ったんでしょうね?」

「変なんですよ」

〈大通り交差点。辻沢のへそ、大通り交差点です。へその垢とりは腹痛の元、渡辺内科診療所におこしのかたはこちらでお降りください〉

 ゴリゴリーン。


 コインパーク大助かり。車で現場に乗り付けなくてよかった。警察に接収されずにすんだから。

 バスのリーマンの話が本当なら、アベック以外の長坂モンキーズの連中は本当に蛭人間にされた可能性高い。出て行かなかったんじゃなくて、出て行ったけど映らなかったんだ。てことは、


町長が蛭人間を作るヴァンパイア、ポリドリ。幹事のアベックが本当のこと言ってればだけど。


 『スレイヤー』のゲームシステムから分かったこと。『V』で射幸心を煽って課金地獄に落としつつ、『R』という裏ゲームをちらつかせて利益を最大化する。さらに『R』参加資格を手にした者には、恐怖、戦闘、殺戮という彼らが普段味わうことのできない体験を提供し、最後にはゲームのキャラクターにして『R』の世界に永遠に閉じ込める。

 こんなキラーシステムをYSSなんて子会社だけで運営できるはずない。ヤオマンに裏店舗があったことから推してカイシャが絡んでるのは確実。

 そのシステム使って己の劣情を慰めてるのが会長。町長はあいつらのネットワークで何かやってるけど、それに会長を利用してる。隠し撮りは多分脅迫用。脅迫されてるのは、会長じゃなくて社長。だから社長はやむなく本社ぐるみのシステム運営を黙認している。社長はこれらを一度に両方排除して禍根を断ちたい。ってとこでいいかな。


 あたしは納期厳守主義だから、プロジェクトの善悪は問わず完遂を目指すのみ。まずは町長。舐めくさって、許さない。

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