第三章 【ヒビキ】(3/4)

 ここ、あたしが最初に配属された部屋だ。今は会議室になってるのか。ちょうど駅がよく見える場所なんだよね。このカイシャ入ったばっかのころ、ホントにこれでよかったのかなって、発着する汽車みながら思ったもんだった。

「ねえ、カリン」

 会社では名前で呼ばないしようって約束しなかった?

「あ、ヒビキ、さん」

「さんはいいよ、二人の時は」

「ヒビキ。今日はなんで来たの? 仕事じゃないよね」

「仕事だよ。社長に勉強して来いって」

「そうなんだ」

「なに?」

「カイチョー、ヒビキが来るって聞いて、すっごい警戒しててね。社員に箝口令しいてるの。だから……」

「お待たせしました」

「「「「失礼します」」」」

 ぞろぞろと。どうして技術ってのはどこ行っても大勢出てくんだ。お前らのうち何人発言するんだっての。どうせ一人だけなんだろ、しゃベんのは。こんなに名刺いらねーよ。おまえらとは今後も接点ないから。アプリ担当だの、データベース担当だの、ネットワーク担当だの、セキュリティー担当だのって、ユサは広報担当なのね。で、今しゃべってるのが? プロマネか。お前一人でオケ。

 なるほどね。のらりくらりと。肝心の会長の悪事が見えてこない。これじゃ、物見遊山専任役員の吉田ディレクタが来ても一緒だな。


 1時間半。がっつり『スレイヤー・V』の仕様説明されたけど収穫なしか。社長の言う「やばいこと」と、『スレーヤー・V』は関係ないってこと? そもそも、会長は社業にノータッチだもんな。しかし、結局しゃべったのプロマネとユサだけだったじゃねーか。他の開発の連中、無言でずーっと虚空を見つめてて、マジ晒し首だったぞ。


 送ってくれるってから遠慮なくジャガーに乗せてもらったけど、どうしてユサまで一緒なんだ?

「どうだった? ヒビキくん。僕も真面目に勤めてるでしょ。こう見えても、ヤリガイ持ってコトに当たってるからね」

 何がヤリガイだっての。お前はYSSの社長SNSに釣りの記事書いてるだけじゃねーか。ちょっと続いたなって思ったら、僕にはもうムリですって終了宣言しやがって。再開すると、ヘラ釣り、ルアー、フライフィッシング、アユ釣りってどんどん変わっていって。いつまでたってもフォロワー数100超えねーだろ。ん? 真剣に見たことなかったけど、こいつが普段、何してるかぐらいは分かるのか。


「お迎えどころか送ってまでいただいて、ありがとうございました」

「じゃあ、おたくの社長さんによろしくね。会長は社長業、真面目にやってたって言ってよね」

「ユサ、家帰るならあたしの車で送ってゆくよ」

「あ、ユサちゃんは、これからもどって打ち合わせあるから」

 どうしてカバン持って出てるかは聞かないけど、ユサはいいのか? その助手席で。

「ごめんね。ヒビキさん」

「いいや。また子ネコにミルクでもあげに行こう。一緒に」

「……、うん」


 走り去ってくジャガー。そっちは、青物市場じゃねーだろ。どこ行くんだ? ボールケースなくなってたから二人でバスケしに行くんでもないよな。

 あ、社長室の窓に影が。社長帰ってたんだ。浮気相手はユサでしたって報告しても、完了届とは認めてくれないだろうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る