第一章 【ヒビキ】(7/8)
センプクさんのところから直行して子ネコちゃんに会いに行った。いつになく心がぞわぞわしたから。ミルクをあげてたらまた時間忘れて明け方になっちゃって、そのままカイシャ来た。まだ頭がボーとしてる。幸い、社長も朝から外出で、「デイケアセンター」は平和そのもの。
「ねーさん。ホントに山車、この外形でいいんすか? どう見てもチ○コですけど」
こいつは後輩のカワイ。イケメンを自認してやがって生意気なくせに小心者。芸人でもないのに人のことねーさん呼ばわりする。
カワイしつこいぞ。いいつったらいいんだ。ったく、コマイこと気にすんなっての。
「いいよ」
「でも、町長から苦情来ますよ、絶対。その時は、ねーさんが社長に変な屋号で怒られてくださいよ」
「いい? カワイくん。まず、これは町長サイドの要望。次に、町長はうちに文句を言える立場にない。分かったらさっさと設計書仕上げる」
「りょーかいっす。でも、なんで町長はうちの社長に頭上がんないんすか?」
「そりゃーね、キミ」
お、吉田エグゼクティブ。机間巡視専任役員。高下駄でも履いてんのかってくらいの背丈。カイシャに3人いるエライ吉田さんの一人。
「ヤクザ破門になって野垂れ死にしそうになってたところを、うちの社長に拾ってもらったからだよ。青物市場で」
「「そーなんですかー」」
カワイ。顔がニンギョーになってるぞ。ビジネスは表情からだ。眉毛くらいは動かせな(無声)。ねーさんこそ(無声)。
あたしらに何の反応もないから吉田エグゼクティブ行っちゃったよ。次の獲物探してる。
さてと、設計書仕上げなきゃね。
「それにでっかく町長の名前入れとけな」
「おーけーっす」
「でっかく」
「っす」
廊下を歩いてるのは北村シニアマネだ。また厚生室の方に消えてった。ちょっと聞きたいことあるからお邪魔しちゃお。
あれ? 中でうろうろしてる。変だな、黄緑のバランスボールはあるのに。どうしたんだろ。前に社長からいただいた屋号(=怒号)、バランスボールだけじゃ癒されなかったの?
「北村シニアマネ。ちょっといいですか」
「やあ。ヒビキ君ね。知らんかな? ここにあった紫のバランスボール」
紫のは今朝、カワイが水平リーベ棒でつんつんしてたら簡単に割れちゃったんだよな。あんな分厚いゴムなのに。
「いえ、知りません」
「そうか。困ったな。また、社長に頼んで、紫の置いてもらおう」
黄緑のじゃだめなんだ、紫のじゃないと。ナニガチガウノ? やばいから後で証拠隠滅しとこ。
あれ北村シニアマネ、出て行っちゃう。呼び止めなきゃ。
「ちょっ、ちょっと北村シニアマネ」
「なんだい?」
「あの、聞きたいことがありまして」
「僕に聞くより、ウキペディヤだったかな? あれの方がよっぽど有意義な答えが載ってるんじゃないかい?」
大方はそうでしょうが、これは北村シニアマネしか知らないことなので。
「あの、辻沢不動産の千福オーナー落とした時、芸者ごっこした話を聞かせていただけないかと」
「なぜそれを? そうか、社長が話したのか。社長は君には腹を割って何でも話すんだもの、知ってて当然か」
なんだろな。北村シニアマネの台詞、そのままあたしもトレースしたことがあるような気が。
「いいよ。望まれて何ぼのサラリーマンだ。お話して進ぜよう」
うーん、誰の言葉だろ。松下幸太郎か稲森和夫ってところか。世代的に。
「芸者ごっこっていうのは誤解があるな。まあ、ジョーロリのお稽古なんだけどね」
お稽古してたの? 3か月間。二人で?
「君は知らないと思うけど、ジョーロリの演目で……」
うおー、そんな情報いらない。失礼ですけど、そんなだからダラダラと仕事が進まないんじゃないですか? もっと考え廻らして、相手の欲しいものをダイレクトに提示しましょうよ。
ナニナニ? 父親が殺されて、母親も死んじゃったイナカ娘が、江戸で花魁やってる姉を頼って上京して涙の再会を果たしたのち、二人で剣術を習って親の仇を見事果たすって話なの。ふーん。どっかで聞いたことあるような。そんで? お稽古の合間に二人で衣装付けて遊んだんですか。
北村シニアマネが姉の花魁おきの、千福オーナーが妹のイナカ娘おのぶで、ちょっと二人の姿を想像できない。というかあたしの脳内にそれを拒否る何かがある。
でも、なんでそんなに楽しそうなんですか? 北村シニアマネ。
「キレイだったのよ。おのぶさんが。とっても。色が白くてが肌が透き通るようでね。鼻筋がすっと通ってて、ふっくらとしたほっぺ、黒目が闇のようで。前歯がちょっと出てるのが玉にキズなんだけど、それも愛嬌でゆるせちゃえるほどなの。それが、『ござるチャー』ってかわいらしくいうのなんて、もう」
なんとなく北村シニアマネ、おねー言葉になってない?
ただでさえ鈍い北村シニアマネから、それと知られずに情報引き出そうってのが無理だったな。社長に直接聞いたほうが早かった。志野婦神社の土地は誰のものか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます