第一章 【ヒビキ】(6/8)

 昨日はなんとなく過ぎちゃったし、今日も午前中、何もしないでボーと過ごしてた。たまにはこんな休日もいいよね。でも今日は3時に高校の女バスで一緒だったセンプクさんのとこ行く約束してるからそろそろ出かけなきゃ。車ないからバスで。

「出かけてきます」

「あなた何言ってるの? 今日お客様来るって言っといたわよね」

 占い師は客じゃないよ、おかーさん。あいつの言葉信じても幸せなんかにならないから。

「今日はあなたのためにいらっしゃるのよ。特別料金なのよ」

 なんだよ特別料金って。見料、月額定額制なんだろ? そもそも占いでサブスクって何なのだけど。

「占い師に用はないから」

「占い師じゃないのよ、霊媒師さんよ。何度言ったら分かるの」

 知るか! 

 ったく、むかつく。おとーさんがいなくなってからああいうのにどんだけボラれたか。占いだ、宗教だ、オカルトだ、健康グッズだって、他人の言うことに振り回されてさ。前を向いて自分の頭を使わなきゃ人生は見つからないって。

……あたしにそんなこと言う資格ないか。


 久しぶりのバス。あれ、小銭切らしてら。

「ゴリゴリカード、2000円のください」

 お、辻女冬服バージョン。辻女コンプ。これ使えない。

「すみません。もう一枚、2000円のください」

 青洲女学館の夏服か。使うの惜しいけど、いっか。運転手さん、なに? その目。あたし制服フェチじゃないから。

「六道辻まで」

 ゴリゴリーン。

 目の前、成女工の生徒たちだ。土曜にガッコ? そっか、もう学生休みでなくなったんだった。


「なんか、よく変な人見んの、ウチ」

「どんなよ」

 人の前で足開いて座んなよ、見えちゃってるぞ、P。

「それがさ、ノースリーブで半ズボン履いてる女の子で、夜一人で歩いてんの」

「夕涼みっしょ。最近暑いし」

「いや、それが冬も同じカッコして歩いてるんだって」

「はあ? それはツリだわ」

「いや、マジでマジで」

「ツリツリ。だまされねーし」

「それより、ミノリ。でっかい鼻くそついてっから」

「うっそ、マジで? カエラ、鏡貸して」

「はいよー、鏡。その人、ウチよく見るよー」

「ありがと、あ? カエラなんて。アイリどこよ、どこついてんの?」

「うっそー。だまされてんのー」

「こんの。テメ、コロス」

「テメーがクソネタぶっ込むからだろ!」

 

 六道辻。やっぱりここに来るのはしんどい。嫌なこと思い出すから。ツジカワさんがここで行方不明になって、すぐにシオネが、そして……。事件の発端の場所。バス停に立つと、ツジカワさんの家はほんのすぐそこ。この短い距離で何があったんだろうって思う。

 センプクさんち、すんごいお屋敷。蔵が3つもある家ってどーよ。辻沢の中でも1位、2位じゃないかな。しかし、女バスのセンプクさんと辻沢不動産の千福オーナーがどうして結びつかなかったかね。あたし頭どうかしちゃった? センプクさんのおじーちゃんが千福オーナー。 

 玄関先の垣根、いい香り。クチナシだね。フツーは、いくつかくたって汚くなった花があるものなのに、全部真っ白。手入れが行き届いてる。


「ヒビキ様。どうぞこちらへ」

 電話した時はさんざん女バスの頃の話して盛り上がってたくせに、なんなの他人行儀なこの態度。しかし、広いにもほどがあるよ。玄関からどれだけ歩かせるんだ。冗談じゃなく迷子になりそう。

「しばらく、こちらでお待ちください」

「すみません。お手洗いを貸してもらえないかな」

 お腹こわした。コンビ二に売り切れ続出のオレンビーナ・スカンポあったから買って飲んだのがいけなかった。あれ飲むと必ずお腹こわす。

「この前の廊下を、あちらにまっすぐ行かれて、突き当たりを左に行ったところに雪隠がございます」

 雪隠ってまさか外でしろって? したものを雪で隠すから雪隠っていうって、ウィキに載ってなかったっけ。

 まっすぐね。まっすぐって、ずいぶん長い廊下だ。突き当たってと、あれか。なるほど、これを雪隠って。ただの和風の便所じゃない。一応屋内で安心した。それに水洗だし。わざわざ雪隠っていうことあるか?


 洗面台、天然岩? 水つめたい。きっと井戸水だ。格子窓の向こうに裏庭か。って、普通の庭より広いし。殿様がこうやって格子越しに裏庭を見ながら手を洗ってて、「そろそろ、あの枯れ枝も払うときよのう」なんてつぶやくと、隠密が下でそれを聞いてて、シュタタタって走り去るの。それで城代家老が暗殺されるっていう筋書き。

「ごきげんよう」

 なんだ? センプクさんのお姉さん? じゃない。青洲女学館の制服着てるし。妹さん? キレイ。いや、びっくりするほど。

「はじめまして、おじゃましています」

 ほんとに初めてだった? 試合の応援とか来てたかも。

「つかぬことをお尋ねしますんですが、中村先生のお部屋はどちらですか?」

「へ? 知りません。何分、今日初めてなので」

「あら、あなたも修学旅行生ですの?」

「……」

「京都には、初めてですか?」

「……」

「あ、もうこんな時間だわ。いそいで中村先生のお部屋にまいらなきゃ。では、ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 やばいのに会っちゃった。あんだけの美人そうそういない。後ろ姿も見惚れちゃうくらい。青洲女学館の制服着てたけど、あんなに鮮やかな空青だったっけ。ゴリゴリカードのと色が違うような。印刷のせい?


 センプクさん、あのさ。って心ここにあらず。早いとこ用事すませて帰ろ。この時間ならまだ子ネコちゃんにミルクあげに寄れるから。

「これなんだけど、センプクさんのハンカチだよね」

 カマ掛けて言ったのに、すごい動揺。あらら、泣き出したよ。まさか一枚かんでる? 会長の悪事に。

「で、このガラケーだけど」

 ちょっと、そんなに握りしめたら壊れちゃうよ。あーあ、これじゃ話しもできやしない。収まるまで少し待つか。


 この部屋広いねー。こんなの修学旅行以来。あの時、女バスだけ大広間に寝かされたんだよね。

「ぜってーなんか壊すだろお前ら」

 川田先生に隔離されたんだけど、朝起きたらやっぱり誰かがフスマ蹴破ってた。全員2日目、3日目の自由行動なし。

「2度とフスマは蹴破りません」

 って旅行ノートにずっと書かされてた。結局犯人は分からずじまい。誰の仕業だったんだ、でっかい穴、4つは開いてた。


 センプクさん、落ち着いたと思ったら何だよ。今度はべらべらと。辻沢には古い家で構成する六辻会議っていうのがあって影の世界を支配してるとか、それが全部宮木野の家系だとか、センプクさんとこや町長の家もその一つだとかって。辻っ子ならなんとなく知ってるような話し始めて。どうでもいいっての。町長が昔、東京でヤクザやってたなんて、カイシャじゃ掃除のオジサンまで知ってる有名な話だよ。あ、でも町章にある6つの山椒の実の意味が分かったのは勉強になった、その六辻会議ってのが表象されてるのね。え? 志野婦神社の隠された真実聞きたいかって? いいよ、もう。感情に起伏ありすぎだよ、センプクさん。一応聞いとくけども。


 例のメッセージを聞かせたら、しばらく黙ったままでいて、

「わかった、こいつはあたしが始末つけるから」

 って。全部ヤリ方教わってるからって、あんたら何もん? あたしは何のネットワークにアクセスしちゃったんだ?

 いまいち不安だけどガラケーもハンカチも置いてきた。雄蛇ヶ池に捨てに行く手間が省けたって考えることにする。

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