三 分かれ道

 見慣れない殺風景な部屋のベッドで目が覚めた。


 ボーッとする頭で部屋を見回し、現状を整理する。


 広さ十畳、ベッドを除けば何もない部屋。


 なぜ僕はこんな場所にいるのか?思い出そうにも記憶がない。


 このままここにいてもしょうがないので、部屋を出るために出口を探す。


 ドアはすぐに見つかったが、これは出口なのだろうか?


 ドアノブに手をかける、どうやら鍵はかかっていなかったようだ。


 部屋を出ると、広い空間が広がっており、いくつものドアがあった。


 そのうちの一つのドアが開き、出てきた人物に驚く。


「!?」


「おや、サイコパス少年。また会ったね」


「……貴方は何者ですか?そしてここはどこですか?」


 普通に考えれば、誘拐である可能性が高い。しかし拘束されているわけではない。部屋の鍵は開いていた。


 それに僕なんかを誘拐しても、メリットがあるとは思えない。


「これもまた運命。君はこちら側の世界に足を踏み入れてしまったんだね」


 この人は何の話をしているんだ?


 こちら側とは、どちら側だ?


「あの時の出会いは偶然だったと思っていたけど、結果として必然だった訳ですね」


 目の前の伊達男は、話を誤魔化して答える気がないのだろうか? 


 僕は怯えた顔で再度問う。


「貴方は何者で、ここはどこですか?」


「申し訳ない。まずは自己紹介をしないといけませんでしたね」


 そして男は、一拍置いて自己紹介を始めた。


「私の名前は筑波傭推つくばようすいと申します」


 自分を筑波傭推と名乗る男は、芝居がかった仕草でお辞儀をする。


「そしてこの施設はテロリスト集団God Killerのアジトと言えばわかるかな?」


 ということは……僕はテロリストに拉致されたということ?


 しかし、にわかに信じられない話だ。


 僕を洗脳して兵隊にしたり、生物兵器の実験体にでもするつもりなのか?


 というか、そんな極秘情報を僕に話したということは、ここから決して出さないことを意味する。


 隙を見て逃げなきゃ。表情に出さないよう平静を装う白馬。


「噂で何度か聞いたことがあります。政府でも手を出せない、ヤバいテロリスト集団がいると」


「そうだね、テロリスト集団はヤバいよね。でもうちは、君が思っているテロリスト集団ではないことは確かだ」


 いやいや、テロリストってだけでも十分にヤバイでしょ。


 筑波の隙を見て逃げ出すタイミングを見計らうが、そもそも闇雲に逃げても脱出出来るとは思えない。


 アジト内の脱出経路を見つけなきゃ。


「そして、ここはGod Killerのアジトなので、少年を簡単に帰すわけにはいかない」


 あからさまに動揺する僕。目が泳ぐとはこのことかという風に。


「僕の思考を読めるんですか?」


 そう質問せざるを得なかった。しかしそれは言った後悪手だと気づく。


「面白いことを言うね。思考を読んだ訳じゃないよ。君の目線で逃げ出すタイミングを狙っているのがバレバレだし」


 逃げ道を塞がれた。強引にでも逃げるか?筑波から逃げられる気がしないが。


「貴方方は、僕をどうするつもりなんですか?」


「それについては今から話すよ。少年が動物兵器のThree faces bearを倒したことに、ボスが大変興味を持ってしまってね」


 動物兵器!Three faces bear?


「あの三つ首の熊の化物のこと?」


「そうそう。だけど、何も取って食おうって訳じゃないから、そんなに心配しないで大丈夫だよ」


 安心しろと言われてもできるわけがない。


「まずは少年にしてもらうことは運命力鑑定機という、太古の遺跡から掘り起こした特殊装置により、少年の運を調べさせてほしい」


 運を調べる?一体何の話だ。


「運とは何ですか?それが終われば解放していただけるのでしょうか」


 筑波は苦笑いをするが。まあ、そうだよねといった顔で口を開く。


「掻い摘んで話すと、運とは神より与えられた序列だね。運が強ければ強いほど、能力の差が生まれる」


「神に与えられた序列?」


「うん。この世界の人間は、運が左右して裕福だったり、貧困になるかが生まれる前から決まっている」


 生まれる前から幸福か不幸が決まっている?ふざけるな。僕の両親が死んだのも運命だとでもいうのか。


「少年を帰すかは、少年の能力を調べてからになるかな。そこはボスに聞かないとわからないけど」


「僕は無能です。能力何て持ってません。早く帰して下さい。それに貴方の言葉通りなら、僕は不幸だった。裕福な家庭でもない」


「そう慌てないでくれ。君は両親を病気で失っていると聞く、どんな病気で死んだか聞いても良いかな?」


「どうしてそんなことを聞くんですか?」


「いいから答えてくれ、大事な質問なんだ」


 筑波は至って真面目な顔で、僕の目を見据える。


 僕は迷いながらも言葉を吐き出した。


「お父さんやお母さんは、朝起きたらミイラになっていました………救急車を呼んで、死因を聞いてもわからないの一言」


「やはり………」


「何で、何で………普通に一緒にご飯を食べて、お休みって言ったのに。何で僕ばかりがこんな不幸に」


 僕の中で、言葉では表現できないような黒い感情が沸々と湧き上がる。


「私はその病を知っている。少年、それは神の病だ。私たちは、その病を送り込んでいる神を滅ぼす為に戦っている」


「神の病?」


「そうだ。神は人間の運命を操り、気紛れで命を奪う。神は神の先兵と呼ばれるものを送り込んで、人間を試している」


「神の病を治す手段はあるんですか?」


 筑波は悲痛な顔で、ただ事実を告げる。


「残念なことに、神の病の対処法は未だに見つかっていない」


「そうですか……」


「君が望むなら、神に対抗する力を手に入られる。うちに入団する気はないかい?」


「何で僕なんですか?他に強い人なんて山ほどいるでしょ?」


 僕は何の力もない凡人だ。


「それは違うよ。君には君にしかできないことがある。それは他の誰にも真似のできないことだ」


「僕にしかできないこと?」


 僕のような無能が何の役に立つのだろうか。


「君がThree faces bearを倒したようにね」


「あれは運が良かっただけで」


「そう、運なんだよ。君は運命に抗う力がある」


「買い被りすぎです」


 僕は暗い表情で俯いた。


「そういえば少年の名を聞いていなかったね」


「僕は………黒水白馬こくすいはくば


「白馬君。君はどうしたい?すぐに答えを出せとは言わない。断るのであれば、私達に関わる記憶を消して、今までの日常に戻る選択肢もある」


「僕は………」


「そうだね。ボスをあんまり待たせると怖いから、半日待とう。半日経ったら、また君に返答を聞きに来るよ」


「わかりました………」


「それまでの間は、その部屋を自由に使っていいから」


 筑波はそうい言って部屋に戻った。


 今逃げるチャンスなのでは?なんて考えたが、その考えは頭の隅に押しやった。


 一旦部屋に戻ろう。


 そして殺風景な部屋のベッドに体を預け考える。


 Three faces bearのこと、両親の死に方と神の病、筑波の能力、サイコパス少年とは?


 どれも普通じゃない。でも何も知らないまま帰って、普通の生活を送るのは僕には耐えられなかった。


 真実を知りたい。たとえテロリストになってでも、両親を殺したやつに復讐をしたい。


 僕は立ち上がり部屋を出ると、筑波の部屋をノックする。


 ドアを開けた筑波は、興味深げに白馬を見る。


「おや?白馬君。まだ一時間しか経ってないけど、どうしたのかな?」


「決めました。たとえテロリストになってでも、僕は真実が知りたい。僕の両親がなぜ死ななければなかったのか?貴方達と一緒なら、それがわかる気がする」


「うん、賢明な判断だ。じゃあ今から、白馬君の能力を調べに行こう」


 筑波は白馬に笑いかけ、歩き始めた。筑波の屈託のない笑顔を見た白馬は、この人は嘘をついていない、今はこの人を信じよう。


 そう自分を納得させて、筑波の後を追いかけた。

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