二 目覚めた日
この世界の人口三分の二が特殊能力を持ち、三分一の人間は無能と揶揄される。
西暦二千年、能力の多様化時代が始まり、能力を持たない人間は職に就くのも難しくなった。
能力を持つ人間が優遇され、力を持たない人間は蔑まれ、価値化社会の構築は進んだ。
そして僕、
しかし貧乏ではあったが両親には恵まれて幸せだったのだと思う。
どうして歯切れの悪い言葉を使うのか、貴方は不思議に思うだろう。
なぜならば、両親と暮らしていた記憶が不鮮明なのだ。
両親との思い出がないわけではない。しかし記憶を思い出そうとするとスノーノイズのように記憶にモヤがかかってしまう。
だけどあの時のことだけは今でもはっきり鮮明に覚えている。
僕が七歳の頃、両親は奇妙な病気で死んでしまった。
おやすみなさいと挨拶をして、次の日におはようと返ってくることはなかった。
両親はなにかに怯えながらその最後を遂げた。
死因は原因不明の病であり、母も父も枯れ果てたミイラのようになってしまい。かつての活気溢れる面影は、そこにはなかった。
両親を亡くした僕たちは疫病神と呼ばれ、親戚の家をたらい回しにされた。
だけど辛くても生きなきゃいけない。
涙を流しても意味がないことを僕は知っている。
神様、僕に力をください。強くなるための勇気を。
神頼みは何の意味もないことを知っている。
しかし人間はなにかに縋らなければ生きていけないのだ。
それがきっと希望なのだから。
もう僕は絶対に泣かない。そう決めたんだ。
もう二度と大切なものを失わないために決意する。
それから数年が経ち。昨日から田舎に帰っており、今にいたる。
今何をしているのかと言うと、必死に化け物から逃げている。
どうしてこんな状況なのかと尋ねられても、正直僕もわからない。
時間を一時間ほど遡る。夏休みに生まれ故郷である祖父の家に遊びにきていた。
昔のように縁側で
「…っち……こっちに来て」
「!?」
誰かに呼ばれている。
理由はわからないけど行かなきゃいけない。
行かなきゃきっと僕は後悔することになる。
頭では理解することができない。しかし感情が、心の奥深くから込み上げる思いは声のする方へ行けと告げている。
進め、行け。僕は会わなければならない。
……誰に?
僕の体と頭は、相反した動きをする。
「早くこっちにきて」
先ほどより声が鮮明に聞こえた。
この先には、昔よく遊んだ小高い山の神社がある。
十五分ほどで神社に辿り着いた。しかし誰もいない?
神社の周りを探索していると、木々が茂る神社の北側からドカドカと大地を踏み砕く、何かが疾走する足音が聞こえる。
その何かは木々をなぎ倒したがら進んでいる。
音はだんだん近くなり咄嗟に神社の境内に隠れた。
息を潜め、しばらくすると音の正体が現れる。
それは熊に見えて明らかに熊ではない。
体長二メートル以上、頭が三つあり、腕が六本ある化け物。
化け物は僕に気付いている。そう感じた。
なぜなら一直線に僕に向かってきたからだ。
体は震え、それでも死にたくない。
僕は不格好に走り出した。
だが案の定、化け物は僕を追いかけてきた。
何か武器はないのか必死に頭を働かせる。
走っていて気付いたがこちらは崖で逃げ場がない。
しかし引き返す道はないのである。
何でこんな所にこんな化け物がいるんだよ。
僕の運の悪さは相変わらず絶好調だな。
マジで死ぬから短い人生だったな。
って嫌々、死にたくないから。
大体何で熊が頭三つ、腕が六本もあるんだよ。わけわかんねー。
この状況を打開する手段は無いのか?必死に考えるがアイデアは浮かばない。
そんな時にふと祖父のことを思い出す。
祖父は、猟師の仕事を依頼されることもあり、口癖で「熊に出くわしたら死んだふりをせずにどうしても助かりたいなら鼻を突け」と言う。
しかし武器になりそうなモノはない。
もうすぐ逃げ場が完全になくなる。
僕は逃げながら、石を拾って化け物と対峙した。
後ろは崖、目の前には化け物。
心臓がドクドクと脈打ち煩い。
化け物は飛びかかり、僕は咄嗟に石を投げる。
石は化け物の口の中に入り、運良く喉に詰まったようで化け物は悶えた。
その隙に化け物と地面の隙間に身を投げ出す。
化け物が着地すると崖は崩れてその巨体は崖の下に落ちた。
崖の下を確認すると、化け物の胸には尖った木が突き刺さっていた。
どうやら化け物は死んだようだ。
ホッとして頭が冷静になると不満が爆発した。
何で僕ばっかりこんな目に遭わないといけないんだ。
周りの人間はあんなに幸せそうなのに不公平だろ。
暗い気持ちで神社に戻ると、白髪の美少女が境内の前に佇んでいた。
少女は僕に気づいて近寄ってくる。
僕はこんにちはと挨拶をして立ち去ろうとした。
すると少女は、白馬、ちょっと待って。と呼び止める。
「君は誰、初対面だよね。何で僕の名前を知っているの?」
白馬は驚いた。そして少女に対して質問攻めにする。
少女は影のある表情で俯いた。
「記憶を失ってるんだね…ちょっと目を閉じて」
僕は言われた通り目を閉じるとおでこに柔らかい感触がした。
「これで多分そのうち記憶が戻ると思うよ。ファーストキスだから大事にしてね」
少女は顔を真っ赤に染めてはにかみ、寂しそうに笑った。
「次、私のこと忘れたら許さないからね」
白馬が逡巡していると、少女のスマホが鳴り出した。
「ごめんね。もう行かなきゃ、またね」
少女は踵を返そうとする。
そんな少女に懐かしさを感じ、一瞬何か違う景色が見えた気がした。
このままでは少女は遠くへ行ってしまうとそう感じた。
「お前は必ず救う、絶対だ」
白馬の口からは自然と言葉が出た。
不思議に感じながらも胸が苦しくなった。
少女はビックリした顔でニッコリと笑う。
「白馬はやっぱり白馬だね。私は、私だけは白馬の味方だから。約束守ってね」
そう言って少女は小走りで階段を降りて行く。
僕もそろそろ帰らないと爺ちゃんに怒られる。
しかし急いで家に帰ろうとして異変が生じた。
あれだけ五月蝿かった蝉の声が今は鳴りを潜めている。周りから音が消えている?
次の瞬間、僕は目隠しされ意識を失った。
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