16 アンナプルナへ
ボスは宴会の席で楽しそうに身の上話をはじめた。
「私は道場の生まれで、才能のなかった私は毎日しごかれてな」
「辛い毎日ばっかりだったけど、今思えばそんなに悪くはなかったとそう思える」
神殺しメンバーやサノラムも、黙って狂花の言葉に耳を傾けている。
「私の師匠がよく言ってた言葉があって」
「負け犬になるのは良し、されど負け犬であり続けるのは認めるな」
「私なりの解釈で負けることを経験して、世界の広さを知り、強さを学び、驕ることなく、臆することなく」
「されど負けて負けて負けた先に勝利がある、私はそう信じる」
「人間は負けることで成長するものさ」
「停滞は後退と変わらない。置いていかれる怖さもあるけど、焦る必要はない。停滞したなら今まで以上に進めば良いわけだ」
「私は負け犬の遠吠えって言葉が好きでな」
「負けたけど負けてない次は勝つ、まだ諦めてない」
「強い心がなければ言葉にも出来ないし、諦めてしまう」
「強がりにも感じるが大事なことだ」
「うちはそんな奴等の集まりだからさ」
ボスはお酒がまだ飲めないから、甘酒を飲んで酔っていた。
白馬は疲れたので、宴会の席を出て、サノラムさんの用意してくれた部屋で寝ることにした。
喧騒から遠ざかり、庭園のような場所に出た。
遠回りになるが、よく整備されている庭園を眺めることにする。
庭園を中程進んだところに、申し訳程度に薄汚れた布で、体の露出を隠した少女が佇んでいた。
紫の毛色に黒のメッシュの入った、青い目の女の子。
少女は目が合うと、白馬に問いかける。
「お兄さん、私を買わない?」
突然のことに驚き、固まっていると。
「お兄さん童貞でしょ?」
と、追撃を受ける。
白馬は思わず吹き出した。
いわゆる、売春婦というものだろうか?
この国では、これが一般的なのかもしれない。
「あれ?もしかしてお兄さんって、テロリストさんですかー?」
「まあ、一応テロリストとは名乗っているね」
それらしいことは一切してないけど。
「私のお願い聞いてもらえませんか?」
お願い?何故突然に。
「聞くだけなら」
「本当ですか!ありがとうございます」
少女は嬉しそうにその願いを言葉にする。
「私を貴方達の仲間にしてください、足は引っ張りません。必ず役に立ちますので」
なにこの急展開。テレレレッテッテッテー、おめでとう売春婦が仲間になった。どこのエロゲだよ。
「…ごめん、僕の一存では決めれないよ。ボスには話を通しておくから」
「それで十分です」
少女は喜んで跳び跳ねた。
「君の名前は?」
「ALICEです」
「アリスさんね。ボスに伝えとくよ」
「だけど、私のことホントに抱かないんですか?」
少女は、誘惑するように自ら布をたくし上げる。
白馬は少女から目線を逸らし。
「女の子が、自分の価値を下げるようなことはしない方がいいよ」
「…そうですか?私はそうしないと生きることができませんので」
「…」
白馬は言葉に詰まり、無言になった。
「それでは、また明日。返事を待ってますね。私はこれから予約が入っていますので」
アリスは手をブンブンと振って、その場を離れた。
そして宴会の席に戻った白馬は、ボスにかくかくしかじかと話す。
するとボスは、まるまるくまぐまと返す。
「仲間にするのは構わない、しかし白馬もこれで大人の仲間入りか…追い抜かれてしまったな」
「ちょ、何を勘違いしてるんですか。変なことは何もないですよ」
「そうか、うんうん」
ボスは納得したという顔で頷く。
…絶対わかってないな。まあ、僕も展開が急すぎて意味がわからないけど。
了承は得たし、部屋に戻って寝よう。
白馬は再び、今度は遠回りせずに部屋に戻る。
そして白馬が用意された自室に入ると、布団を被ったミナサが寝ていた。
僕はミナサを起こさないように、ミナサをミナサの部屋に運び、僕も寝ることにした。
ベッドに横になると疲れていたのか、すぐに意識が遠ざかった。
朝起きて豪華な朝食を済ませて庭園に行くと、そこにはアリスの姿があった。
「おはよう」
「おはようございます」
「加入の件だけど、ボスには了承を得たよ」
白馬の言葉を聞き終えたアリスは、涙を流して喜んでいた。
「良かった…良かった…良かった」
何度も何度も、アリスは喜びの言葉を繰り返す。
アリスの生い立ちや、どんな感情が渦巻いているのかは僕にはわからない。
ただ僕にわかるのは、この涙が嘘ではないということだ。
リナとアリスの二人が増えた神殺しは、サノラムさんの用意した車でアンナプルナを目指すことになった。
移動中ミナサは、目が合うと顔が赤くなり目を逸らして目を合わせてくれなかった。
傭推さんは微笑ましいものでも見る目で「青春だね」と笑っていた。
アンナプルナの山麗に着いた僕達は、動きやすい登山服に着替えて、登山を開始した。
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