8 地獄の前の休息

 ドアをノックする音が聞こえた。


 白馬は、筋トレを止めて汗を拭き、ドアを開ける。


「やあ、白馬君。晩御飯の時間だよー」


「わざわざ呼びに来てくださったんですか!ありがとうございます」


「ハルさんに頼まれてね。それと白馬君は、これからお世話になる人のことを詳しく話しておくね」


「お世話になる人ですか?」


「うん、アジト内の炊事、洗濯、掃除は全部、凪沙さんが担当してるんだ」


「全部!?凄い!」


「ホンと凄いよ。白馬君は、凪沙さんにまだ会ったことがなかったよね?」


「お会いしたことないですね。どんな方何ですか?」


「メイド服を着た美少女なんだけど…怪力…いやなんでもない」


 今、誤魔化したけど、怪力って言わなかった?いわゆる美少女の形をしたゴリラってこと?


「それはそうと、凪沙さんの作った料理は美味しいよ。美味しすぎて、きっとびっくりすると思う」


 美少女でゴリラ、手料理が美味しい。うん、そんな人いないよね。きっと聞き間違いだ。


「そうなんですか!楽しみです」


「今日は白馬君の入団を祝って、歓迎会を開くことになったんだ」


「僕のために歓迎会を!嬉しいです」


「だから、主役がいないと始まらないよ。みんな待ってるから急ごう」


「はい」


 それからしばらく、傭推の案内でアジト内を移動する。


 すると、食堂らしき場所に辿り着いた。


 辿り着いたのは良いが、流石に緊張する。


「白馬君、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。ほら、深呼吸をして、気楽にいきましょう」


「いやいや、忘れそうになってましたが、テロリスト集団ですよね?絶対怖い人いますよね?」


 入り口で逡巡する白馬に、ハルが気がついて白馬に近寄ってくる。


 ハルはにっこり笑うと、白馬の手を引いて、食堂の中心まで白馬を案内する。


「この子が、新人の黒水白馬さんです。期待の新人さんなので仲良くして下さいね。白馬さんも何か一言お願いします」


「初めまして、黒水白馬と申します」


 よろしくーっと笑い声が聞こえた。


「えーっと、僕はわからないことが多すぎて、弱いですし、足手まといだと思います」


「みんな最初はそんなもんだよ」


 どこからか、誰かが優しい言葉を投げかけてくれた。


 テロリスト集団って、こんな和やかな雰囲気でいいのだろうか?


 先入観を持ち過ぎてたかなと反省する。


「はい、ありがとうございます。だけど、頑張りますのでよろしくお願いします」


 白馬は歓声と拍手に包まれた。不思議な感じ、嬉しいのか僕は?仲間と認められたから?何故だろう、気分が高揚する。


 そして白馬は、ハルに案内されて、白いテーブルの席に着く。


 傭推は白馬の前の席に座ると、僕にGod Killerの主要メンバーを紹介してくれた。


 右から順にギャルみたいで、黒髪が美しいのが翔姫しょうひめサヤさん。


 おしとやかで優しいのが、風鳴姫かぜなきハルさん。


 料理が美味しくて、可愛いのが凪沙なぎささん。


 茶髪でチャラそうなのがUNA《ウナ》さん。


 イケメンで暑がり、上半身裸になる癖がある深山輝みやまてるさん。


 神の子である佐藤雫さとうしずくさんと鳴神柘榴なるかみざくろさん。雫さんは強気な性格で柘榴さんは大人しい性格のようだ。


 一通り挨拶が済み、傭推さんはラストナンバーのことを詳しく話してくれた。


『ラストナンバーとは、最後に披露する楽曲って意味だけど、ボスはここで終わらせるって意味を付けて、私達六人に与えてくれた』


「ボスには感謝しかないよ。話が長くてごめんね。料理が冷めるといけないので食べようか」


 白馬は、凪沙さんの作った料理に舌鼓しながら食事を済ませた。


 周りを見ると、女性メンバーがコマーシャルでよく見かける飲み物を飲んでいた。


「甘っ甘、シュワシュワ、甘酸っぱいのが癖になる、甘甘味屋かんかんみやさんの炭酸いちごみるく」


 コマーシャルの曲を覚えてしまうくらい、有名な飲み物だ。


 炭酸いちごみるくだけではなく、炭酸ばななみるく、炭酸ぴーちみるくなどバリエーションが豊富である。


 しかも、中毒性があり、怪しい薬物が入っているという都市伝説もある。


 しかし、行政機関の立入検査があり、問題はなかったそうだ。


 ハルが炭酸きういみるくを飲んで、恍惚とした表情になっていた。


 白馬は何も見なかった事にして、部屋に戻り今日はもう寝る事にした。


 色々あって、疲れていたのかすぐに寝息をたてた。


「白馬、ねぇ白馬」


「あれここはどこだ?僕は自室のベッドで寝ていたはず?でもこの場所は見覚えがあるような?」


 少女は呼び掛ける。


「もうここに来るのはやめて白馬。白馬が私に会いに来て、叱られてるの知ってるんだよ」


 少女は泣きそうな顔で呟く。


「◯◯ちゃんと遊んでる方が他の子と遊ぶより楽しいし、気にしなくて良いよ」


「気にするなって言われても気になるよ」


 白馬が大丈夫だよっと言うと、少女はそれ以上なにも言えなくなった。


「そんなことより、◯◯ちゃんは外の世界に出て見たくないの?」


「そりゃあ、この檻から抜け出せたら良いけど鍵が……」


 白馬はポケットから大きな鍵を出す。


「白馬やめて、白馬が鍵を開けた事がバレたら白馬が……」


 少女は悲痛な顔で懇願するが、白馬はニカッと笑う。


「大丈夫だよ、一緒に逃げよう」


 白馬は鍵を開け、少女の手を引く。


「やめよう、まだ間に合うから」


「大丈夫だよ、◯◯ちゃんには笑っててほしいから」


 少女は泣いていた。白馬は少女の涙を拭くためにハンカチを貸した。


 少女が泣き止むまで、白馬は少女の手を握っていた。少女はか細い声で『ありがと』と告げた。


「わかった、でも危ないことはしないで」


 僕は頷いて、少女の手を握った。そして僕等は、この村から逃げ出した。


 夜になると、村の方から声が上がる。


「鬼子が逃げたぞぉー。見つけたら殺せぇー」


 大人達が、松明や武器を手に少女を捕まえようと探し始めた。


 追っ手はまだ遠い、山の中を走りながら街を目指す。


 もう声が近い、少女は足を止めて呟く。


「もうやめよう、無理だよ」


「大丈夫、神様がきっと助けてくれる」


 白馬はそう少女に言い聞かせる。


 しかし、すぐ後ろから男の声が聞こえた。


「居たぞぉー。捕まえろー」


 僕達は、追っ手に見つかってしまった。僕は咄嗟に少女の手を離す。


「逃げろ、僕が時間を稼ぐ」


「そんな事は出来ない、白馬を置いていくなんて出来ない」


 白馬は男の足にしがみついた。


「いいから逃げろ。逃げてくれ」


 大人と白馬を交互に見て、少女の体は震えていた。


 そして少女の視線が、白馬と交わった。


 白馬の必死な思いが、少女に伝わった。


「白馬、ごめん」


 少女は泣きながら、白馬を置いて闇に消えた。 


「クソガキ離せ」


 蹴り倒されて捕まった僕は、村人達により記憶を消された。


 白馬は、長い夢から目が覚めた。


「良かった……本当に良かった……」


 白馬は泣きながら少女の無事を喜んだ。

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