第一章 始まりの反乱《リベリオン》
第一節 運命を変える出逢い
第1話 平穏な昼下がり
「うーん、いい天気だなぁー今日も絶好の勉強日和って感じだ」
昼休み。凛は学校の屋上で身体を伸ばし、わざとらしく言った。
「何が勉強日和よ……アンタ授業中ずっと寝ていたくせに」
ランチョンマットを敷きながら少女が半目を作る。
少女の名前は
左右で均等に結われた茜色の髪とそれを彩る純白のリボン。そして、見るからに強気そうな瞳が特徴の少女だ。
「あはは、でも、テスト前はさすがに勉強するよ?」
「ふーん、そのノートを貸しているのはどこの誰だったかしらね?」
「ぐぬぬ……」
間髪入れずに返してきた夏音に返す言葉が見つからなかった。胸の発展は中途半端のくせに。というか、成長しなさ過ぎて困る。幼馴染としてそこが心配だ。
「アンタ……今、失礼な事考えているでしょ」
「滅相もございません……」
鋭い視線を向けてくるつるぺた少女にそう返すのが精一杯だった。
「……まあいいわ。早くお弁当食べるわよ。そうこうしていたら、昼休み終わっちゃうわ」
「はいよ」
誰のせいだ。と言いたくなったが、言ってしまえばまた面倒な事になるのは間違いないので腹の底へと飲み込み、ランチョンマットに腰かける。
「はい、これアンタの分。それにしても、アンタも大変よねー」
「何が?」
「だから……お姉さんが旅行に行っている間、アンタが家事全般やってるんでしょ?」
呆れた表情をしながら言ってくる夏音。
「あーそういう事ね」
そうだった。今、姉である
だが、凛とて平凡な高校に通う平凡な高校生だ。唯一の肉親である彼女の事が恋しくなったりもするのだ。
一〇〇歩譲ってそれを差し引いたとしても、彼女の旅行好きには困る。
彼女は旅行先から別の場所へと再び旅行する――通称もあトラベル(凛が名付けた)を頻繁に行うのだ。そりゃあもう、週一ぐらいのペースで。
確か昨年は三日ぐらいしか自宅にいなかった気がする。
そのせいか、姉弟でのコミュニケーションが不足しがちなのだ。
その最たる例として、凛は雪羅の仕事を知らない。かつて、幾度となく彼女にその手の質問を投げかけた事があるのだが、見事にかわされ今に至る。
これはコミュニケーションがどうとか関係ないな。そもそも、いつまで独り身でいるつもりなのだろうか。あの年増は。
「どうしたの? そんなもの想いな顔して……」
「いや、どこかで呑気に旅している姉さんに文句言ってただけ」
「そう……」
夏音はそれ以上何も言わなかった。
「ふぃー食った、食った」
「お粗末様」
「いつもありがとな、こんなに旨い弁当を作ってくれて」
食後、後片付けをする夏音の頭を凛は撫でてやる。
「別に……お昼菓子パン一個とか寂しすぎるでしょ。だから私が作ってあげてるの。勘違いしないで」
つんけんした物言いだが、その表情や言葉の端々から、喜びのようなものが見て取れた。素直ではないが、可愛い幼馴染。そんな彼女が愛おしく思え、凛は微笑む。
「はいはい」
「むぅー絶対、分かってない」
「分かってるって。ほら、教室戻るぞ」
「ちょっと、待ちなさいよ」
パタパタと夏音がふくれっ面のまま、追いかけてくる。
「もう少しゆっくりしたかったなぁ」
教室への道を歩く中、夏音が言った。
「屋上使ってるのは先生達にも秘密なんだろ? だったらバレないように早めに退散するべきだろ」
「そうだけどさー折角の青空よ? お昼寝したくなるのが、人情ってものじゃない?」
「知らん」
少なくとも、そんな人情は知らない。
「やっぱり、お父様に頼むべきだったかしら?」
「やめてやれ、屋上云々で校長達が辺境の地に飛ばされでもしたら可哀想でしかない」
そう、夏音のお父様、小野宮 源三郎は世界中にシェアを広げる小野宮エレクトロニクスの社長。そんな人物の娘である夏音は社長令嬢という事になる。
話を戻すと、凛達が二年生に上がったばかりの頃、「二人で昼食が食べる場所が欲しいから、屋上を使わせてくれ」と夏音が教師達に頼んだのだが、そんな要求は通る事なく突っぱねられてしまった。
そこで夏音は源三郎氏の力を以て、彼らを辺境の地へ飛ばそうと画策したのだ。だが、凛の必死な説得により、思い留まらせる事に成功した。
それが中々の苦労だった事は言うまでもないだろう。
「鍵を交換するだけじゃ、物足りないわ。やっぱり、あの教師共、半分ぐらい異動させてやる! 特に数学の杉林! 私に対する露骨なご機嫌とり、挙句の果てには可愛い子だけ加点! これだけで十分黒よ! 大体何よ、杉林って……確かに顔面杉の林みたいだけど――」
止まらないマシンガントーク。そして愚痴。これが僅か一分前に人情とか言っていた少女の言う事なのだろうか。そもそも、杉の林みたいな顔とはなんなのだろう。
「とりあえず一旦落ち着け。もう教室だぞ」
「あ、小野宮さん。こんにちは」
「こんにちは浜中さん」
後ろから声をかけてきた女子生徒に、夏音が返す。人前で話す時用の快活な声色。そして笑顔。カメレオンも真っ青な変わり様に思う。
女子って怖い。
「どうしたのよ」
視線に気付いたのか、夏音の表情が愛想笑いから一転、普段の不愛想なものになる。
「いや、やっぱりお前ってスゲーなって」
「当たり前じゃない」
「いや、褒めてないから」
折角の休み時間というのに余計に疲れた気がして、凛はこめかみを押える。しかし、教室である二年二組は目の前。気を取り直して教室へと入る。
「あっ、夏音ちゃんに雨村君。今戻り?」
「いつもお前らどこに食いに行ってるんだ?」
教室に戻った二人に一組の男女が話しかけてきた。
女生徒はお下げに眼鏡という、いかにも優等生的な風貌だった。彼女は前川 美代、夏音の親友だ。
対して、散切り頭で快活そうな少年。彼は久我 友悟、こちらは高校一年の時にできた凛の親友だ。
「ひ・み・つ。ねっ凛!」
夏音が人差し指を立て、友悟に言う。ご丁寧にウインクまでしていて、あざとい事この上なかった
「だ、そうだ」
「そりゃあないぜ、お前ら」
よほどショックだったのか、友悟が膝から崩れ落ち、地べたに這いつくばる。
「ねえねえ、夏音ちゃんって、やっぱり雨村君と付き合ってるの?」
「はぁ!? みっちゃん、いきなり何言ってるの!?」
あまりに衝撃的な言葉を受け、夏音が声を荒げる。ちなみに「みっちゃん」というのは美代のあだ名だ。
だが、夏音の動揺も理解できる。いきなりそんな事を言われて動揺しない人間はいないだろう。それにしても「やっぱり」とはなんなのだろうか、美代には思い当たる節があるというのか。凛にとっては、そこが一番の疑問だった。
「だってぇ、二人って凄く仲いいじゃん? 夏音ちゃんなんか、いつも雨村君にべったりだし……お弁当も作ってるでしょ? これはもう付き合ってるとしか言いようがないじゃない」
「そうだそうだ、イチャイチャしやがって。羨ましいぞ」
茶々を入れる友悟が腹立たしいが、今は我慢する。
だが、周囲からはそう見えてしまっているのだろうか? そんな考えがふと湧き、凛は頬が熱くなるのを感じていた。
「違うって、私はこいつが可哀想だから、作ってあげてるだけで……そこに深い意味なんてないわ! ……たぶん」
夏音の言葉が尻すぼみになる。
これはかなりマズイ。すぐさま話題を転換させなくてはならない。
そう考え、凛は口を開いた。
「それより、お前達はどうなんだよ? 『絶対に付き合いそうな二人組』とかいうランキングで二位になってたんだろ?」
ちなみに、一位は凛と夏音だった。だが、それを口にしてしまえば、更に面倒な事になるため、伏せておくに越した事はないだろう。
「うっ……なんでそれを」
「普通に廊下の掲示板に張り出されてたぞ」
狼狽える友悟にキッパリと告げてやる。そう、これは優しさだ。彼に事実を告げてやる事、残酷かもしれないが、親友である凛にしかできない事だ。
「おのれ新聞部ぅぅぅ!」
叫び、友悟が教室を飛び出してゆく。おそらく、新聞部の部室へ行ったのだろう。
それにしても、元気の有り余っている奴だ。というか、アイツはいつになったら美代へ告白するのだろうか。
だが、気にしたところで仕方がない。ため息をつき、凛は美代達の話に聞き耳立てる。
「で、どうなの? 本当に雨村君との間には何もないの?」
「ええそうよ」
「へぇーじゃあ、雨村君は私がもらっちゃおうかなー」
「……聞き捨てならないわね」
なんか面倒な事になっていた。こういう時、凛は大体傍観を決め込む事にしているので今回もそうしようとしたのだが、雲行きが穏やかではなさそうだった。
「なんで? 夏音ちゃんと雨村君の間には何もないんでしょ? フラグすら立ってないんでしょ? じゃあ、私がもらっても、誰も文句ないよね」
「それとこれとは話が別よ。凛は私がいなくちゃ、何もできないの」
お互いが凄い剣幕で言い合う。取り合ってくれるという事は男冥利に尽きるのだが、このままでは第三次大戦もとい、二人の友情にヒビが入ってしまいそうなため、慌てて二人の間に入る。
「おい、二人とも、少し落ち着けって」
「アンタは「雨村君は黙っていて!」」
二人に言われてしまっては黙るしかない。理不尽極まりない状況だが、ここはぐっと我慢。
「大体、みっちゃん全然そんな素振りなかったじゃない、こんな奴のどこがいいのよ!?」
「こんな奴って……」
指さされたうえに、こんな奴呼ばわりとは。さすがに不愉快だ。
「どこって、線が細くて華奢なところ? 顔も童顔というか、中性的で可愛らしいし……どう? 私の妹にならない? というか、なってください! 雨村君、いや、凛ちゃん!」
ずいっと、美代が顔を近づけてくる。彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐり、不意にドキリとしてしまう。再び、頬が熱に浮かされたかのように熱くなる。
「いや……その……」
「みっちゃん、凛が困ってるわよ……」
「大丈夫! 私個人で楽しむ分には何も問題はないから!」
「ひっ!」
美代が一層顔を近づけてくる。そんな彼女の鬼気迫る姿に息が詰まり、思わず悲鳴が出てしまった。
「怖くないよ。私がしっかりエスコートして、賞味してあげるから……」
じゅるり、と舌なめずりする美代。賞味の意味は分からないが、とにかく危険な香りがする。こういう時に取るべき行動は一つしかない。
「あっ! あそこにUFOが!」
窓の外を指し、叫ぶ。
「えっ!? どこ!?」
彼女の注意が窓の外に向いた瞬間、凛は走り出す。そう、逃げるのだ。
「待って、凛ちゃん!」
「勘弁してくれー!」
今日は厄日だ! 走りながら凛は、そう思うのだった。
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