神々の反乱戦(かみがみのリベリオンゲーム)

月羽しいな

序章

プロローグ

 人は皆、自身の理解が及ばない事は「ありえない、存在しない」と根本から否定したがる。

 それはそうだ。科学技術が進歩したこの世界では理解できない事の方が少ない。だから人は理解できない得体の知れないものの存在に恐怖し、真っ向から否定したくなるのだ。

 だが、世界はそんなに単純ではない。

 多種多様な人間が織り成す世界は複雑怪奇で――

 つまり、何が言いたいのかと言うと、存在するのだ。神だろうが、妖怪だろうが。ただ、人々が認知していないだけ。

 そして、運命の歯車はいとも簡単に狂ってしまうもの。

 彼もまた、平凡な人間だった。そう、あの日までは――



 五月七日、午前八時一五分――穏やかな日差しが蘭葉らんば市を包み込む。所謂いわゆる、五月晴れというものだ。

「はぁ……はぁ……」

 そんな中、県立蘭葉高校へ通う雨村あめむら りんは息も絶え絶えに市街地を駆けていた。

 別に運動が好きとか、体力づくりのためなどではない。むしろ、運動などせずに楽に過ごしたいという願望を持つタイプの人間だ。

 しかし、現実は非常である。そんな凛に走る事を強要させるのだから。

 だが、足を止めてはいけないのもまた事実。足を止めてしまえば待ち受けているものは絶望だ。

 その絶望とは――


「遅刻だぁぁ!」

 そう、遅刻。

 遅刻常習犯である凛は次、つまりは、遅刻してしまうと生活指導の教師との面談が待っている。それだけはなんとしても回避しなくてはならない。

 思考を纏めて、今度は腕時計に目を落とす。

「八時一六分……これなら」

 幸い、始業時間である八時三〇分にはギリギリ間に合いそうなため、安堵する。

 そもそも、寝坊した理由としては単純に休み気分が抜けなかったせいだった。

 前日までの大型連休。俗っぽい言い方をするならば、ゴールデンウイーク。

 そこで堕落した生活を送っていたため、今朝はこの様な地獄を見る羽目となってしまったのだ。

 そんな自分の悪行に舌打ちをしながらも足は止めない。

 だが、ここで想定外の事態が起こった。

 脇道から一人の少女が出てきたのだ。しかも、こちらには気付いていない様子。

 これはマズイ――


「ごめんなさい! どいてください!」

 カラカラに乾いた喉から声を絞り出し、少女に警告する。もちろん、自身も進路を変更し、少女との衝突を回避する。

 が、普段から運動に慣れていない事が災いしたのか、足をもつれさせてしまい、その場でずっこけてしまった。

 それも盛大に。格好悪い事この上ない。

「いたた……」

「大丈夫ですか!?」

 強かに打ち付けてしまった顎をさすっていると、不意に少女の声が響いた。

 どうやら、凛の事を心配に思って来てくれたらしい。


「はい……なんとか」

 倒れ伏さったまま静かに答える。

「立てますか?」

 そう言って、眼前に手が差し出される。

「ありがとうございます……」

 立ち上がった凛は少女へと視線を向けた。

 腰程まで伸びた金色の髪と優しそうな藍色の瞳。

 一見、外国人とも思えたが、少女は日本語が堪能だった。視線を落とすと、若草色の着物、そして帯により強調された胸があった。

 そんな彼女の刺激的なボディを前に、思わず目を背けてしまう。

 ――でかい。幼馴染達とは比較にならないそれ。天国ヴァルハラはここにあったんだね。

 そんな事を考えていると、少女は訝しげな視線で凛に問うた。


「急いでいたみたいですけど、時間は大丈夫なのですか?」

「あっ! 今何時でしたっけ?」

「えっと、八時一八分ですね」

 懐から何かを取り出し、少女が時刻をアナウンスした。おそらく、時計だろう。

「ごめんなさい、もう行かなくちゃ! ありがとうございました!」

 少女を一瞥し、凛は再び学校へと走り出す。



「雨村 凛……ふふ、やっぱり〝あの人〟にそっくりですね」

 路地の陰へと消えていった少年の背を見つめ、少女は静かに呟く。

 こうして――凛の物語は静かに、そして大きく動き出したのだった。

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