第五幕 其ノ一
ボティスを倒してから屋敷の中を歩き回る事半刻程。
広い屋敷とは言え、一巡りするのに
そうだと言うのに未だに二人は屋敷をウロウロしていた。
「おい! どうなってんだ!? どこにも地下室なんてねぇぞ!」
「儂に言われてものう……そうじゃ! いっそ──」
地面ごと消し飛ばしてくれるのじゃと、ないすあいであを披露しようとしていたトワにフェムトが先んじてツッコむ。
「ヤ メ ロ !」
「……分かったのじゃ」
しゅんと
そう、二人は
地上部分をざっと
「はあ……取り敢えず次が最後の部屋だな」
そう言って入った部屋も、これまでと大差のない至って普通の客間に見える。
フェムトはドスドスと足音を立てながら部屋をウロウロ。
トワは音もなく周囲の壁を消し飛ばして居た。
こんな事を屋敷のありとあらゆる場所でやって来たため、屋敷を支える柱以外
一通り探してみるがやはり特に変わった様子もない。
「あーくそっ! 見つからなきゃ見つからねぇでイライラすんなっ!
「おお! それじゃ!」
ポンと一つ手を打って、うむうむと
「魔法で入り口を隠してあるのじゃな。言われてみればどうして気付かなんだんじゃろうなぁ。であれば──」
パン
とトワが
すると──
ボティスを倒した広間の直ぐ横の廊下に、それまで無かった地下への階段が姿を現していた。
あっさりと見つかった地下への入り口に、何故か余り嬉しそうじゃないフェムト。
「散々屋敷を歩き回らされた俺の苦労は一体……」
「ま……まあ、そう言う事もあるのじゃ……ほ、ほれ、行くぞ」
ここからはトワが前に立って地下への階段を下りて行く。
階段を降りると直ぐに壁になっていて、左右に一本廊下が伸びている。
階段と合わせて丁の字の形だ。
その廊下も十歩も歩けば行き止まりになっている、短い物だ。
その左右それぞれに一つずつ扉があるのが見て取れる。
聞き耳を立ててみるが特にこれと言った音は聞こえて来ない。休んでいるのか防音がきっちりとしているのか……。
「まあどっちでも良いのじゃ」
トワは単純に気分で左を選ぶ。
ガチ
「鍵が掛かっておるのう」
「そう言う事ならこの俺に──」
バキン
「よし。開いたのじゃ。ん? お主今何か言うたか?」
「言ってねぇよ!」
いとも容易く鍵を破壊して開けてしまったトワのせいで、フェムトの数少ないであろう活躍の場が奪われてしまうのであった。合掌。
鍵の開いた──容赦なく破壊された──扉を開けると、鼻がひん曲がりそうになる程の悪臭が立ち込めていた。糞尿の匂いは言うまでもなく、酸や肉の焼けた様な匂いも混じり、一瞬にして吐き気を
そこは疑う余地のない拷問部屋であった。
その中央には手足を椅子に拘束され、全身至る所を
腕や脚、秘所などに無数に突き立てられた鉄串ですら、常人ならば目を覆いたくなる惨状であるのに加え、ユノは瞼を開いたまま固定され眼球に直接鉄串が突き刺さり、脳髄を突き抜け椅子の後ろにまで鉄串が貫通している。
余りにも凄惨な光景の中、トワは特に気にした様子もなくユノへと近付いて行く。
「これ。まだ生きておるな?」
どう考えても生きている筈などない相手に対し、生きていて当然の様にトワは声を掛ける。
鉄串はユノの心の臓にも突き立っていると言うのに。
「ふぅむ。反応がない……」
「いや……そりゃぁそうだろ……」
出る物を出し尽くしたフェムトが、鼻が少しは慣れて来たのか鼻と口を押さえながら部屋の中へと入って来る。時折「オェッ」とえづいている所はご愛敬だ。
「意外と
「いやいや待て待て。そう言うこっちゃねぇだろ。どう見たって──」
「寝ておるだけじゃろ」
んな馬鹿なとフェムトがユノに顔を近付けると、
「すぅー…………すぅー…………」
とホンの微かではあるが、確かに呼吸している音が聞こえる。
それを聞いて今度は逆の意味で、んな馬鹿な思うフェムトであった。
「とは言え、このままでは
トントントンとトワが軽く鉄串に触れる
数十本は刺さっていた鉄串を全て消し去るのに、僅かな時間しか要しない。
すると、鉄串で出来た生々しい傷跡が人としては驚異的な速さで治癒して行く。が、それをトワは待たない。
「『戻した』方が手っ取り早かろ」
ほいほいっと簡単にユノの時間だけを巻き戻して、傷一つない状態まで簡単に戻してしまう。
最後にユノに施されている呪印を破壊しておくのも忘れない。
「うむ。これで元通りじゃな」
自分の仕事振りに、うむうむと感心するトワ。
「これ。ユノ。起きるのじゃ」
ペシペシと軽く頬を叩いてみるが、ユノが目を覚ます様子はない。
「へっ! 寝てるなら今がチャンスじゃねぇか!」
「あっ!? コレ! フェムト──」
フェムトはユノが起きないのを良い事に、先ずは胸でも揉みしだいてやろうと両手で鷲掴みにする。その瞬間、カッ! と両目を開きユノがフェムトに襲い掛かる。
「貴様……遂に死ぬ覚悟が出来た様だな」
「いででででででででで……」
ユノの胸を鷲掴みにしていた両手は、そのまま
「おお! やるのう。まさかその様な起こし方があろうとはのう」
その言葉でトワの存在に気付いたユノは、フェムトをゴミ屑の様に──ユノに取ってはまさにゴミ屑である──ポイと横に放り捨て、トワに向かって
「トワ様のお手を
「別に大したことはしておらんのじゃ。ただの、相手は良く選んで戦うのじゃな。特にお主の様な別嬪な女子は、負けた時が悲惨じゃからのう。じゃがまあ、これも一ついい勉強になったじゃろう」
「はい……。より一層の精進に努めます」
「うむ。おっと、そうじゃそうじゃ忘れて
少し言いにくそうにトワが続ける。
「ヒラキの奴が持ち逃げし
取り返そうと思えば取り返せた事は黙っておく。
「……っ!? ……そうですか……。いえ、敗れた以上『聖剣』を奪われたとて文句を言う筋合いではありますまい。しかし……そうですか……」
がっくりと落ち込むユノに多少の罪悪感を感じるトワは、
「代わりとしては力不足じゃろうが、
そう言って差し出された刀をまるで──いやユノにとっては正に神からの
その刀を『聖剣』を扱うよりも更に
「有難き……幸せに御座います……」
「お主は一々大袈裟に過ぎるのじゃ」
その遣り取りをより下の位置から眺めていたフェムトが口を挟んで来る。
「おいお前。この俺様にも何か言う事があるんじゃあないのかな?」
「死ね」
先程までのトワに対する態度とは打って変わって、ド直球の豪速球を投げ込むユノ。
「てめっ! さっきまで針鼠みてぇな姿で哀れな姿晒しといてまぁ、剣の腕と見た目しか取り柄のねぇ脳筋女を、わざわざ……そう! わざわざ助けに来てやったってぇのに、言うに事欠いて死ねとは……。はぁ~あ、これだから脳筋は。感謝ってもんをしらんのかね? ん? カラダで恩を返すくらいの事はしたらどうなんだ? え、おい」
その返答にブチ切れたフェムトがユノに詰め寄る。
と同時にフェムトの顔面にユノの拳が突き刺さる。
「黙れクズが。殴るぞ?」
顔面を両手で押さえて床をのたうち回っているフェムトに、ユノが吐き捨てる様に宣言する。
そんなフェムトの所に歩み寄ったトワが、
「お主も大概阿呆じゃのう」
と追い打ちを掛ける。
「ふぅーう……ふぅーう……(目から火が出るってーな、こういう事か!)」
「トワ様。そんな阿呆は放っておいて領主を成敗しに行きましょう。奴は隣の部屋に居るはずです」
「ああそれなのじゃが、先程上で領主を操っておった魔族がおったのでな、討ち滅ぼしておいたのじゃ。今頃は元通りになっておるはずじゃ」
「…………?」
トワの言葉に
(あれは操られていたとか、そう言った感じではなかった様に思うが……いやしかし、トワ様の
と自身の感覚よりもトワの言葉を優先する。
「であれば、無闇に殺してしまう訳にも行きませんね」
「いや? 酷い目に遭わされたのはお主じゃからな。斬り捨ててしまっても構わんのじゃ。操られていたから仕方ないなどと、儂は言うつもりはないのじゃ」
領主が生きようが死のうがどちらでも構わないトワは、ユノのしたい様にしろと告げる。
その言葉を受けてユノは自分の心にどうしたいか問いかける。答えは直ぐに出た。
「私は…………許します。…………ただ、この悪趣味な部屋だけは完全に壊してしまいましょう」
罪を憎んで人を憎まず。
悪の元凶が滅びたのであれば、それ以上の無用の罰は必要ない。
敗れ、囚われた女戦士にもたらされる運命を、御多分に漏れず自分も辿っていただけの事。そう思えば呑込む事は出来る。
「へーへー、お優しいこって。その調子で俺にも優しくしたらどうだってんだ」
「だから殺してやろうと言っている」
「それの何処に優しさがっ! あるってんだ!」
「貴様の様に性根から腐った輩は死なねば治らん。真人間になるための手助けをしてやろうと言うのだ、仏の如き慈悲深さではないか?」
「なにおう! 言わせておけば!」
「何だ? やるなら掛かって来るが良い」
「よし。行け! トワ! あの生意気な小娘をボコボコにしてやれ!」
「なっ!? 貴様! 卑怯だぞ!」
「卑怯で結構! フハハハハ! 観念しやがれ!」
「楽しそうじゃのう、お主ら」
二人の遣り取りを横で眺めていたトワがポツリと漏らす。
「「楽しくない!」」
二人同時にトワの方を振り返り、ハモりながら反論する。
「そういうところじゃぞ?」
全くこれだから近頃の若いモンは……そんな仲良さそうにされたら妬けるではないか。
トワは少し拗ねた様なフリをして見せる。
「ああ……! トワ様! 私はほんっとうにこんな
ユノが焦った様子で一気に捲し立てる。
「お前からも何とか言え!」
とユノは肘でフェムトを小突く。
小突かれたフェムトは、面倒くさそうに口を開く。
「お前の機嫌なんぞ知ったこっちゃねぇが、初めから言ってるが俺はとっととこんなトコからはおさらばしてぇの。ガキみてぇに拗ねた振りしてんじゃねぇよ」
「つーん、じゃ」
トワの至近まで歩み寄り、トワの顔に向かって手を伸ばす。
「おい! 貴様! 何をする気──」
トワもフェムトの動きには気付いていたが、敢えてそっぽを向いて無視を決め込んでいる。
それを良い事に、フェムトはそのまま伸ばした手でトワの顎をクイッと軽く持ち上げ、顔が上向いた所で顔だけ回り込ませて素早く唇を重ねる。
触れ合う事──数秒。
トワの顔は今までに見た事のないほど赤く染まり、その容姿も相まって全く恥じらう乙女そのままであった。
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