第四幕 其ノ三

 二人が屋敷の前に来るまで、フェムトを狙った先程の針攻撃以外の物は一切なく、屋敷の中もしんと静まり返っている。それがかえってフェムトに嫌な予感を掻き立てさせる。

「静かじゃのう」

「おい。これぜってぇ待ち伏せしてるヤツだろ」

「クックッ。お主は冗句じょうくが上手いのう。待ち伏せしておけと言った相手に待ち伏せされてるから気を付けろとは……クックッ」

 トワは笑いながら一切の躊躇ちゅうちょなく屋敷の中へ踏み入って行く。

 迷いなく進んで行くトワにフェムトが後ろから声を掛ける。

「良く何処に居るか分かるな。長生きしてると分かる様になんのか?」

「いや? 大体こういう連中は一番奥におると相場が決まっておるのじゃ」

「確かに」

「じゃろ?」

 ズンズンと一直線に屋敷の奥へ奥へと進んで行く。

 屋敷内でも特に抵抗等はなく、すんなりと最奥の部屋まで辿り着く。

 審美眼など持ち合わせていないフェムトにも分かる程、見るからに高価たかそうなふすまが使われている。

「うむ。ここで間違いないじゃろ」

 トワは襖の取っ手に手を掛けると、勢い良く左右に開く。

 スパアアン! と小気味の良い音を立てて開いた襖の先には、二人の男と一人の女が待ち構えていた。

 男は見知った顔。女はトワの知らぬ顔だが……。

 フテリとヒラキ、女はナキアヅカの侍女である。

「待たせたかの?」

「ふっ。そうでもない」

 冗談めかせたトワの問いに軽く笑ってヒラキが答える。

「罠と知っておきながらのこのことやって来るとは何と愚か! わ、私に恐怖を覚えさせた事を、こここ後悔させて上げましょう!」

 そのヒラキの後ろから命一杯の虚勢を振り絞って声を荒げるフテリ。

「であえ! であえ!」

 フテリが大声で合図を送る。

 

 スパァン!

 スパァン!


 広間の、向かって左右の襖が勢い良く開かれ、今まで見事に隠れ潜んでいた多くの兵士達が一斉に雪崩れ込んで来る。一見普通の兵士の様だが、身に纏う魔力の量が普通の人間のそれとは比べるべくもない。全員が全員達人級とでも言うのなら話は別であるが、恐らくはあの女の部下じゃろうなとトワはあたりを付ける。

 背後にも多数の兵士が現れ、退路も断たれた形である。

「はー。これはまた沢山出て来たのう」

「完全に取り囲まれちまってるじゃねぇか……」

「問題ない。全部叩き斬ってやるのじゃ」

 出来るだけお主にも見える様にの!

 何としてフェムトに良いトコ見せたいトワは、珍しく刀をスラリと抜き放つ。

 トワが構えるのを待たず前後左右から一斉に兵達が襲い掛かる。

「フェムトや」

 横薙ぎ一閃で左右正面の敵を胴から真っ二つにすると、そのまま回転の力でくるりとフェムトと体を入れ替え背後の敵を縦に両断する。

「儂から離れるでないぞ」

 両断された死体が倒れる前に、握っていた刀の柄を蹴り上げ刀を奪うと、そのまま正面に投げ付ける。その結果を見る事なく再びフェムトと体を入れ替え、広間から襲い掛かって来る兵を一太刀で纏めて斬り捨てる。

 クルクルクルクル回転しながら襲い来る兵を斬って斬って斬り捨てる。

 またたく間に辺りには両断された兵の死体で埋まって行く。

 死体が邪魔になってくると、トワは足元に転がってる死体の半分を蹴り飛ばしてぶつけたり、フェムトを引っ掴んで襖を蹴破り(ああっ! 高ぇ襖がっ!)場所を移しては新たに死体の山を築き上げる。

 フェムトにも辛うじて視認出来る速さで動きながら、トワは掠り傷はおろか兵達と一合すら打ち合っていない。

 フェムトには何故そうなっているのかは分からないが、トワが避けている素振りもないのに敵の攻撃が全て空を切っているのだ。

 いっそわざと攻撃を当てない様にしているかの様ですらある。

 トワは唯々一方的に兵達を斬り捨てて行っている。

「くぅ~~~……。流石にコレは中々こたえるのう」

 敵の兵を百程も斬った頃に、トワがそんな弱音をく。

「お前でも流石にこの数はしんどいのか……」

 百は斬ったと言うのに、まだまだ兵が途絶える様子はない。

 一体どれだけ兵を集めてやがるんだ。

 どんな圧倒的な強者でも物量には勝てない。

 何時かは疲れ果て、動きは緩慢になり、思考は鈍り、技の精度は落ちる。

 そしていずれ討たれる時が来る。

 そんな事になってたまるか! とフェムトは生き残るために知恵を振り絞る。

 ここでトワに倒れられては、自分の命こそが危ないからである!

 そんな緊迫したフェムトの思考をトワがぶった切る。

「こんなゆ~~~っくり刀を振る練習なぞした事なかったのでな。あぁぁぁぁぁ……肩が凝って仕方がないのじゃ」

 ボヤきながら相も変わらずフェムトにも何とか視認出来る速さで、襲い来る敵兵をばっさばっさと斬り捨てて行く。が……。

「先程から大して変わり映えもせぬし、雑魚はさっさと片付けてしまうとするのじゃ」

 そう言うとトワは刀を鞘に納めて行く。

「成敗」

 カチン──

 鯉口に鍔が当たる音が鳴る。

 すると未だ何百と残って居た兵達が全て縦に真っ二つに割れ、物言わぬむくろと化す。

(ふふ。決まったのじゃ!)

 渾身のキメ台詞とポーズでアピールするトワだったが、その効果の程は如何いかばかりであっただろうか。

 フェムトはと言えば、そーだこいつはそーゆーヤツだったわー。と微かにでも心配したのが馬鹿だったと、己の馬鹿さ加減に呆れるのに忙しかった。

 そんなフェムトの態度に、ぷぅと頬を膨らませ不満顔をするトワは、目の前の屍山血河しざんけつがを作り出した張本人とは思えぬ可愛さであった。

「ほれ。ぼーっとしとらんで、行くぞ。これで終わりという事はあるまい」

 トワは少々雑にフェムトを引っ張って先の大広間に戻る。

 そこには変わらずフテリとヒラキ、そして侍女の三人が残っていた。

 目の前の惨劇に腰を抜かしてしまったフテリと、その前で静かに刀を構えるヒラキ。ヒラキの表情には怯えも緊張も感じられず、至って冷静に見えるのが逆に異常である。

 そして残る侍女は艶然えんぜんとした笑みを絶やさずに居る。

 フェムトは腰を抜かすフテリを笑う気にはなれず、むしろこの状況で笑っているあの女こそが一番薄気味悪く感じるのだった。

(なんかまだ隠し玉があんのか何なのか……頭がパーになっちまってるだけなら良いんだがな。チッ! 俺が考えた所でどうにかなるもんでもねぇか……)

「おい、トワさんよぉ。あの女なんかやべぇ感じがするんだが?」

 この妖怪ババアは化物過ぎてもしかしたら気付いてないかもしれんと、フェムトが一言忠告すると、

「おお! 流石じゃの。よう気付いた」

 素直に褒められたぞと、フェムトが思ったのも束の間──

「あ奴、人の振りをしておるが魔族じゃな」

「ファッ!」

 全くフェムトの想定の埒外らちがいの事だった!

「ままままま……魔族だとぉぅ!」

 思わず大声で叫んだフェムトのその一言に、だが女はピクリとも反応しない。

「何じゃ。気付いておったのではなかったのか」

「気付くわけねぇだろ! こちとらチンケな小悪党様だぞ! クソッ! 言ってて悲しくなってくるぜ……。魔族なんてぇのはほらあれだ……アレだアレ」

 学のないフェムトが何かを思い出そうとしている様だが、上手く行っていない様だ。

「千年前の神魔戦役じゃろ?」

「それだ!」

「魔族と神族の馬鹿共がこっちでドンパチ初めおったのはまあ良いとしてじゃ。あ奴等あろうことか儂の大事な……大事な……ああっ! 今思い出すだけでも腹立たしいのじゃ!」

「……おうっ。何があったってぇんだ」

「儂の大事なけぇきを台無しにしくれおったのじゃ!」

 怒り心頭なトワの大音声が広間に響き渡る。

 何の話だ? と疑問符を浮かべるフテリとヒラキ。そして何故か女の顔が引きつり始めている。

「その店の店主はもう年でのう……その日が最後の営業日じゃった……。絶品と噂のけぇきを楽しみに数刻も並んで買ったのじゃ。買えたのじゃ! その時の儂の高鳴るこの気持ち分かろうが!」

「お……おう。分かる。わかるぜー」

 熱弁するトワに引き捲るフェムトは、これは逆らってはいかんヤツだ、と即座に賢明な判断を下しテキトウに頷いておく。

 フェムトの同意を得られた事で気を良くしたトワはなおも言いつのる。

「そうじゃろ! そしてその貴重な貴重なけぇきを食そうという時にじゃ! 魔王じゃとか神王じゃとか名乗っとる阿呆共が突っ込んで来おったのじゃ! 勿論あ奴等如きかわすのは容易であったのじゃが、けぇきまではそうは行かんかったのじゃ……」

 一転今にも泣きだしそうな程悲し気な表情を浮かべる。

「気付けば儂のけぇきは……」

「分かった。皆まで言うな……」

 ケーキが大地の一部と化したのだろう事は、フェムトにさえ聞くまでもなかった。

「悲しみと怒りに狂った儂は、取り敢えずこっちに来ておった魔族と神族をみなごろしにしたのじゃ。それが千年前の神魔戦役の顛末てんまつで、その時使っておったのがユノの持っとった『鏖丸みなごろしまる』じゃな。それ以後はこっちにちょっかいを掛けて来る事はそうなかったのじゃが……」

「ふざけるなああああああああああああ!」

 突如少し前まで笑みを浮かべていた侍女が、怒りの絶叫を迸らせる。

「きさまぁぁあああ! そんな下らない理由で……よくも……よくも!」

 般若の如き形相ぎょうそうに、フテリとフェムトは腰を抜かしてそれぞれのおりの影に身を隠す。

「クックックッ。こんな程度でボロを出す様ではいかんのう? ボティスや。仮にも魔族の将軍がこんな安い挑発に引っ掛かっておる様ではな」

 トワはボティスの魂の形を記憶していたのだ。

 トワの言葉で自身の失態に気付かされ、ボティスと呼ばれた侍女は冷静さを取り戻す。

 だがそれも後の祭りである。

大方おおかた、この街の領主を操り隠れ蓑にして何やら暗躍でもしておったのじゃろう。くだんの魔法陣を使い、さて何を企んでおったのやら……。まあしかしそれもここまでじゃ。先の時の様に見逃してやったりはせんぞ?」

 魔界への伝達係としての役目も無い事じゃしなとトワは付け加える。

 お主の価値はそれだけじゃとボティスを更に挑発する。

「く……クックックッ……ハァーッハッハッハーッ!」

 ボティスは気が狂った様に、身を仰け反らせて両手で顔を覆いながら笑いだす。

 一頻ひとしきり笑い声を響かせると、ピタリと声が止む。

 そこには先程まで艶然と余裕の笑みを浮かべていた女も、怒りに狂い鬼と化していた女も居なかった。

 そこに居たのは冷酷にして無慈悲な一柱の女魔族であった。

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