第四幕 其ノ二

 二人は日の出に合わせて地下から出て、アクダイ館へと続く大通りを堂々と歩いていた。

 トワの時間感覚は非常に正確で、トワに言われるまま地上に出て見れば、本当に丁度日の出の時刻であった。

 昨日トワがヒラキに宣言した通り、アクダイ館への合図は地上に出た時に済ませてある。

 トワが路傍ろぼうの小石を、館の敷地内にある鐘楼しょうろう目掛けてぶん投げたのだ。

 尋常ではない速度で鐘楼に激突した小石は小爆発を引き起こし、早朝の街一帯に目覚めの轟音を鳴り響かせていた。

 その轟音で叩き起こされた街の住人達が、すわ何事かと外へと飛び出し、通りと言わず街中がごった返して上を下にの大騒ぎであった。

 昨日の神だの悪魔だのといった荒唐無稽こうとうむけいな話も、あながちホラって訳じゃねーのかもなと、少し感心した目でフェムトはトワを見る。

「驚いた様な顔をしてどうしたのじゃ?」

「ん? いやぁ、昨日の話も満更まんざら嘘じゃねぇみてぇだなと思ってな」

「何じゃ。信じてらんかったのか」

「信じる方がどうかしてるわ!」

 にぎやかに会話しながら歩く二人を中には見咎みとがめる者も居たが、二人の事を知る町人とは即ち昨日の惨劇を知る者でもあったため、触らぬ神に祟りなしとばかりに目も合わせる事なく、そそくさと家の中に引っ込んでしまっていた。正に賢明な判断だと言えよう。

 街の警備隊も爆発が起きたアクダイ館周辺に集まっており、二人の行く手をはばむものはない。

 まあ阻まれた所で……ではあるがの。

 邪魔なら斬って捨ててしまえばいいだけの事と、トワはそうするのが当たり前の事の様に考えて居た。

 とトワは考えてんだろうなと読んでいたフェムトは、頼むから誰もコイツの邪魔をしてくれるなよと、神様仏様お天道様に無信心ながら心中でお祈りしていた。

 すると隣を歩いていたトワが急にフェムトの方に振り向く。

「そんなに熱心にお願いされると意地悪したくなってくるのう!」

 にまぁっと意地悪気な笑みを浮かべる。

「…………っ!?(ビクゥッ!!)」

 この妖怪ババア俺の心を読んだのかと、心の臓が胸を突き破って飛び出すんじゃないかと言う程驚いたフェムトが口をパクパクさせているのを、トワは愉快そうに眺めている。

「クックッ。冗談じゃ冗談。良い物も見られた事じゃし、お主の願い通り大人しくしてるとしようかの」

 その後フェムトの願いが届いたのかどうか、二人がアクダイ館に着くまで特に邪魔が入る事はなく、トワが無駄に暴れる事もなかったのだった。


「おい! そこの二人! 止まれ! これより先は──」

 皆まで言わさず真っ二つ。

 アクダイ館の正門前に集まっていた街の警備隊員の一人を、トワが相変わらずの不可視の斬撃で斬り伏せる。

 突如起こった怪奇現象に騒然とする中、我関せずと一歩一歩アクダイ館へと向かって行くトワと、もうどうにでもなーれとやけっぱちなフェムト。

 その二人の様子に不幸にも気付いてしまった隊員が、二人の行く手を阻もうと立ち塞がると、第二、第三の犠牲者が生まれていく。

 何が起きているかは分からないが、あの二人が何かしているに違いない。

 周囲の警備隊員達がそう結論付けるのには、そう時間は掛からなかった。

 仲間を無残に殺された隊員達の怒りは瞬時に頂点を突破する。そしれそれは惨劇の序曲であった。

「貴様らぁぁぁぁぁ! 何をしたああああああああああ!」

 隊員達は一斉いっせいに抜刀し二人に斬り掛ろうとしたその姿勢のまま、全員が体を縦に真っ二つに断ち斬られていた。

 一拍遅れて噴出す大量の血が辺り一帯を血に染める。

「うっ…………オェッ……」

 その光景に、フェムトは胃のの中身が込み上げて来るのを必死でこらえる。

 トワは何事も無かったかの様に正門に手が届く位置まで歩みを進めると、扉に手を当てる。

 トワの可愛らしい小さな手が扉に触れた瞬間──

 メキメキメキと木が割れて行く音がしたかと思うと、

 バガアン!

 と大きな音を上げて門が開く。

 見ると大の大人が一抱えする程の巨大なかんぬきが半ばからし折れ、期待された役目を果たす事なく瓦礫と化して辺りに散乱していた。

「何じゃ。門が開くと同時に集中砲火くらいあるもんじゃと思っとったのに……。詰まらんのう」

 罠等を警戒する様子もなく無造作に敷地内に入って行く。

 フェムトの方は周囲にキョロキョロと視線をやり、警戒心マックスで慎重に歩を進めている。歩幅では圧倒的に狭いトワだが、スタコラ歩いて行くせいでフェムトとの距離は開く一方である。

 フェムトが付いて来ていない事に気付いたトワが振り返り、トワからすると挙動不審なフェムトに声を掛ける。

「何をしてるのじゃ。あまり儂から離れると危険じゃぞ」

「お前が変な呪いを掛けるからだろ!」

「そっちじゃのうて、ここは──」

 一瞬トワの言葉が途切れたかと思った次の瞬間、トワの手から大量の針が落ちる。

「もう敵地じゃからな。どうやら儂ではのうてお主を狙っておる様じゃのう」

 フェムトには認知出来なかったが、何処からか足手纏いのフェムトを狙って一斉に針──恐らく毒が塗られているであろう──を飛ばして来たのだろう。そしてそれを苦もなく全てトワが掴み取ったのだとフェムトは理解する。

「ああくそ! てめぇと出会ってからろくな事がねぇ! そもそも、何で俺がこんな所に来なきゃならねぇんだってんだ。どう考えたって只の足手纏いだろうが!」

 荒事に関して丸っきり役立たずのフェムトが、自信たっぷりに主張する。

「クックッ。それはあれじゃ、儂の傍に居るのがこの世で一番安全じゃからじゃな。それに……片時もお主の傍を離れたくない。そんな可愛らしい乙女心なの…………ぶふぅぅぅ! この歳で乙女心じゃって! どの口で言うておるのかのう!」

「自分で言って自分で笑ってんじゃねーよ!」

「いやはや、自分でも心にもない事を言ってみるもんではないのう。余りに可笑しすぎて……クックッ。あー実に可笑しい。こんなに楽しいのは久しいのう。またやってみるとしようかの」

 カラカラと無邪気に笑うトワは、こうしていると本当に普通の少女の様だ。

 その実態は妖怪クソロリババアだが。

 フェムトは内心で毒づくものの、口と態度には出さな──

「妖怪クソロリババアめ、という顔をしておるの」

 表情には露骨に出ていた様である。

「お主で無ければ今頃は三途の川を渡ってったじゃったろうな」

 ほがらかに恐ろしい事をのたまうトワ。

「案ずるでない。儂が何の意味もなくお主をここに連れて来たと、本当に思うておるのか?」

「ほう。じゃあどんな理由があって俺がこんな所に連れて来られたのかお聞かせ願おうじゃねぇか」

「ん? あー……えっとそれはじゃな……」

 フェムトに尋ね返され急にしどろもどろになるトワ。

 嘘や誤魔化しも余り得意ではない様だ。

 トワはしばしモジモジとした後、意を決して口を開く。

「儂の恰好良いトコも多少は見て欲しいじゃろ! それだけじゃ!」

 恥ずかしそうに顔を赤らめながらトワはそっぽを向く。

 何とも見合わぬ子供っぽい理由に、どうやら本気で恥ずかしがっている様で耳まで赤くなっている。

 フェムトはその余りにも下らなさ過ぎる理由に全身の力が抜けてしまう。

「くだらねぇ……」

 と思わず零してしまう程に。

「むっ」

 怒りの表情を浮かべて詰め寄って来るトワを面倒くさそうに押し退けながら、フェムトはトワに先へ進むよう促す。

「まあ良い。嫌でも儂の雄姿をその目に焼き付けさせてやろうぞ」

「はいはい。まあ今まで一度もお前が戦ってる姿が見えたためしがないがな」

 何の気なしに只の事実を述べたフェムトの一言に、トワの驚き様と言ったら、当のフェムトの方がギョッとする程だった。

「な……何だってんだ?」

「くぅぅぅぅぅ……。しまった……。儂としたことが、トンだ盲点じゃったわ……。まさか見えてらなんだとは……」

「むしろ何で俺に見えてると思ってたのかの方が謎だわ!」

「ちょーしょっくじゃ……。儂やる気だだ下がりなんじゃが……はあ……」

 短い付き合いながらも分かる、分かってしまう程の落ち込みようである。

 フェムトは「ここだ!」とばかりにトワに提案する。

「よし! じゃあ今からでも遅くねぇ。ここは一つさっさと帰──」

「うむ。さっさと済ませてしまうのじゃ」

 そう来たかー。

 トワはフェムトの腕を掴みスタコラと屋敷の方へフェムトを引きって歩いて行く。

 フェムトはもう諦めを通り越した悟りの境地で、ズルズルと引き摺られていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る