第三幕 其ノ一

「戻ったぞ。それと例の女だ。受け取れ」

 ヒラキは抱えていたユノをフテリに渡す。

「おお! 流石は先生! お見事です! して、もう一人の少女の方は?」

「アレは化物だ。それがしでは手も足も出ん。こうして某がここにられるのも奴の気まぐれに過ぎん。けられた気配は感じなかったがここも早く引き払った方が良いだろう」

「先生がそこまでおっしゃるとは……それ程ですか」

 ヒラキの言葉にフテリは顔を蒼ざめさせる。

「案ずる事はない。ここには多くの兵が詰めておるし、頼もしい味方もる。そこにヒラキ殿の力が加わればどんな相手であろうと恐るるには足りぬよ。のう?」

「はい。御安心下さい。私と部下達が常に殿をお守りしております。ここ程安全な場所は他に御座いませぬ」

 部屋の奥の高座に座る男──ナキアヅカの言葉に、傍にはべる妙齢の女が答える。

 所はアクダイの街の領主が住まう館。

 通称『アクダイ館』。その内の広間に今、三人の男と二人の女が居た。

「ふん……。アレを知らぬからそんな事が言える。が、フテリ殿がここから逃げぬと言うのであれば某もここでもう一戦するより他あるまい。それに、この街で一番ここが安全であろうと言うのも一理はある」

「済みませんがもう一仕事お願いする事になりそうですな」

「フテリ殿が気にする事ではない。これも仕事の内だ」

 ヒラキはチラリとナキアヅカに侍る女に一瞥いちべつをくれるが、女は素知らぬ顔でナキアヅカに奉仕している。

 ヒラキはそれ以上踏み込む事はせず、「見張りに出る」とフテリに告げると返事を待たずに姿を消す。

「して、それが例の……?」

「ええ。大変お待たせいたしました。聖剣の勇者に御座います。どうかお納め下さい」

 フテリは気を失ったままのユノをそっとナキアヅカの前に横たえる。

「うむ……。見れば見る程に実に見事だ……」

 ユノの体を味わおうと伸びるナキアヅカの手を女がそっと止める。

わたくしが見た所、この奴隷には呪印がほどこされてらぬ様ですが? いつ暴れるとも知れぬ物を殿に差し出すとは、フテリ様ともあろうお方がどういう事でありましょうや?」

「ははー! 申し訳御座いません! どの様な技を用いたのか分かりませぬが、呪印を消せる者が現れまして……」

「…………っ!?」

 フテリの言葉に女が一瞬驚きと恐怖の表情を浮かべた様に見えた。がそれも一瞬の事、直ぐに元の表情を取りつくろう。

 絶対に解呪不能であるはずの呪印が破られた事による驚きであろうと、フテリは大して気に留める事はなかった。

「気にする事は無い。呪印はまた施せば良いだけの事だ。そうであろう?」

 ナキアヅカは女にそう問い掛ける。

「ええ。その通りで御座います」

 女がユノの下腹部にそっと手を当て、直接呪印を刻み込んで行く。

 ものの一分と掛からずに再びユノに隷属の呪印が刻み込まれてしまう。

「これでよう御座いましょう。その呪印を破った者と言うのは、この娘ではありませんね?」

「はい。この娘の仲間と思しき女子おなごの方で御座います」

「その娘、銀の髪の……?」

「ええ。銀の髪のとても美しい少女で御座いました。御存じで?」

「……いえ。恐らく人違いでしょう」

 女の脳裏には「まさか」と「もしや」がぎり、「まさかそんなはずはない」と自身を納得させる。

(そうだ。そんなハズはない。フテリの言う少女がアレであるなら、あの剣士が生きているハズがない。しかし、アレではないとしても注意が必要ですね)

「先程の剣士が言う様に、尾けられているにせよいないにせよ、いづれは此方こちらに攻め込んで来る事でしょう。これよりしばらくの間殿はこの娘でお遊びになられますゆえ、その他の雑事でお心をわずらわせる事のなき様くれぐれもご注意下さいませ」

「はは。心得ております」

「館の警備には私の手の者を厚く配置しておきましょう。其方そなたには不便を掛けるが、暫くの間この館に留まっていただく。その方が殿も安心なさる事でしょう」

「それが良かろう。お主には何時も世話になっておるからな。事が落ち着くまではこの館に避難しておくがい」

「はは。恐悦至極に存じます」

「うむ。では早速だがこの娘で遊んで来るとしようか。それにしても、実に待ったかいがある。この娘がどんな表情を浮かべ、どんな言葉を吐き、どう絶望して行くのか……。実に楽しみな事であるなぁ」

 ナキアヅカはユノを抱え上げ広間の外へ向かう。

 傍仕そばづかえの女がスッと扉を開け、ナキアヅカの手を煩わせる事はない。

「もし何かあれば気にする事は無い、直ぐ知らせに来る様にな。何時もの所におるのでな」

 ナキアヅカは広間から出る前にそう二人に言い置くと、もう頭の中はこれからユノ『で』どう遊ぶかで一杯であった。

 フテリからの献上品を使う為の専用の部屋。ナキアヅカとその近しい者だけが知る秘密の地下室へと向かうその足取りは、とても軽いものだった。


 ◇


 一方その頃、逃走したヒラキを追っていたトワとフェムトの二人はと言うと、途中で遭遇したフテリの手下達を駆け抜け様に、全て一太刀で息の根を止めて行く。そうして地下を抜けた後はと言うと……近くの甘味処であんみつを頬張っていた。

「俺が言うのも何だがな……こんなトコでのんびりしてて良いのか?」

 と珍しくもフェムトが真っ当な事を口にする。

「行先は掴んだのじゃし焦る事は無かろ」

 トワは全く気にした様子もなく目の前の特大あんみつにご執心だ。

「うむうむ。実に美味びみじゃのう。甘味かんみというのはいつの時代でも良い物じゃ」

 ご満悦の様である。

「はあ……。ったく、りにもって領主への献上品だったとはなぁ」

「それの何が問題なのじゃ?」

「問題大ありだろうがっ! あの館にゃぁ兵の数こそ少ないが、その分相当な手練てだればかりが雇われているってぇ話だ。それにここ二~三年前頃から領主のナキアヅカに仕えている女術士、こいつとその部下達もかなりの食わせ者らしい」

「やけに詳しいのう?」

「兄貴達や他の盗賊団の連中が何度か館に忍び込んだ事があったそうだが、気付いたら街の外で寝てたそうだ。館の中で何があったかは一向に思い出せないみたいだったが」

「元が雑魚ばかりじゃから、どの程度参考になるやら」

「…………っぐ」

 仲間の盗賊達を馬鹿にされて一瞬苛立ちを覚えるフェムトだったが、トワの強さを考えるとそれも当然。それ以上に盗賊団の連中の事もよくよく考えれば、別段腹を立てる様な事でもないと思い直す。フェムトは別に盗賊団に対して恩義も忠義も感じてなど居ないのだから。

「で、敵の居場所と言うかあの脳筋女の連れて行かれた先は分かってる訳だが、まあ相手はあのナキアヅカだからな、どっかに連れて行かれる様な事はないとは思うが万一ってぇ事もある。助ける積りなら急いだ方が良いんじゃねぇのか?」

「なんじゃお主、何だかんだ喧嘩しておった割に心配しておるのか?」

「…………は? 誰が心配なんかしてるか。勇者を奴隷にしようってんだ、それなりの設備があの館にはあるに違いねぇ。この機会にだな、それを使ってあのクソ生意気な暴力勇者を徹底的に俺の奴隷として調教してやろうってんだ。早くしねぇとナキアヅカの野郎の奴隷にされちまうだろうからな」

「お主、中々酷い奴じゃの。折角念願の勇者を手中に収めて、今頃はお楽しみの真っ最中の領主からそれを取り上げるとは……」

「そっちかよ! てか、お前に言われたくねぇ!」

 何か根本的な所で認識に差異が感じられるフェムトだったが、自身も世間様から見れば真っ当とはとてもではないが言えた義理ではない。

(まあユノの件に関しては何ら俺に害があるわけでなし、俺が助けられるでなし、助ける気もなし。こいつがまだ行かねぇっつーのなら俺が取れる選択肢なんて他にはないってね)

「行く事自体は決定事項なのじゃから、そう急がんでもよかろ。その時にでもついでに助ければ良い」

「あのクソ雑魚勇者を助けに行く以外に、あんな所に何の用があるってんだ」

「ん? おお! そう言えば言っておらなんだな」

「おおとも。何にも聞いてねぇぞ」

「ほれ、あれだ……。お主がおった盗賊団や、先程のフテリとか言う奴隷商が使っておった呪印があったじゃろ?」

「ああ。それがどうした?」

「アレはこの世界に残しておいてはならん物なのじゃ」

「女にしか効果がないから凄く便利なんだが?」

「アレは本来その様な目的で使う物ではなかったのじゃがな」

「アレにそれ以外の使い道がある様には思えんが?」

「お主等が使っておった物はそうじゃろうな。アレは元々はな、儂を未来永劫封印しておくために開発された術式なのじゃ」

「は……?」

「お主にとってはちと古い話になるがの、儂としてはまだまだ最近の事じゃ。今より一つ前の文明がまだ栄えていた頃の話じゃ。年数で言うとそうじゃの……百万年くらい前の事かのう。当時の文明は今とは比べ物にならんくらい発達しておってな、空の星々を渡り歩いておった。く言う儂もその頃は色んな星に行ってみたものじゃ……おっと話が逸れてしもうた。まあ何じゃ、そんな文明も終わりを迎える時が来たのじゃ。『終末の乙女』『滅びをもたらす者』等と呼ばれる存在に、文明ごと根こそぎ滅ぼされて行っていたのじゃ。あ、ちなみにこの『終末の乙女』やら『滅びをもたらす者』は儂の事じゃ」

「お前かよ!」

「何だか照れるのう。彼奴きゃつ等は儂に対抗するべく様々な兵器や魔法を開発したが、その全てが無駄に終わったのじゃ。その中で最後に持ち出された物がアレの原型となった魔法じゃ。中々悪くはなかったがの、儂を止めるには足りんかったのじゃ。まあ今儂がこうしてのびのびしておるのじゃから、結果は言わずもがなじゃったな。まあただこの儂を永劫封じ込めようと言うのじゃ、まかり間違っても解除などされない様に作られておった」

「……つまり、自分に害があるかも知れんから潰しとこうって事か?」

「人の話をちゃんと聞いておったのか? アレを幾ら改良した所で儂には効かんのじゃ。問題はそんな所ではない。アレは仮にも儂を封じ込めようという代物じゃ、もし良く知らん者が誤った使い方をすれば、下手をすればこの宇宙丸ごと封印されて仕舞うやもしれんのじゃ」

「うちゅう……って何だそれ?」

「空のはる彼方かなた、この三千世界さんぜんせかいの全てと思うておけば良い」

「ほーん。どっちみち良く分からんな」

「この世の終わりと言えば少しは分かるかのう」

「おう。そりゃあ大変だな」

 全く大変そうじゃない感じでフェムトが答える。

「するってぇと何か、世界を救う的なそういう事か? お前の目的は」

「いや全然違うのじゃが」

 真顔で全力否定するトワ。

「そうじゃの、結論から先に言うてしまうと暇つぶしと言うのが一番しっくり来るかの。仮にじゃがこの世が終わったとして、その時儂がどうなると思うかの?」

「普通に考えれば一緒にお陀仏だろ。まあそんな風に訊く以上はお前は平気なんだろうけどな」

「その通りじゃ。儂だけが残される事になるのじゃ。儂なりにこの星には思い入れも愛着も沢山あるのじゃよ。百年単位で世界を歩いて回るのが儂の趣味での、一巡りする頃には人や景色が変わっておったり変わって居らなんだリ、そんな些細ささいな事を眺めながら旅するのが丁度良い暇つぶしなのじゃ。儂はのう、儂の楽しみを邪魔するやから何人なんぴとであろうと容赦はせぬのじゃ。先の文明もそれで滅びる事になったのじゃが、まあそれは今はどうでも良かろう」

 さらりと恐ろしい事を述べるトワに、こいつマジかトンでもねぇ奴に目を付けられちまったんじゃねぇかと、今更ながらに自分の置かれた立場に恐怖を抱くフェムト。

「でもあれだろ? 仮に封印されちまったとしても、お前があの呪印みたいに消しちまえば良い事じゃねぇか」

「さっきも言うたが、アレを元にして居る以上あの呪印にも解呪法など無いのじゃ。儂は魔法も得意ではないしの。であればどうやって消して居るかと言えばじゃ、なぁに簡単な事、ただ力任せに破壊して居るに過ぎんのじゃ」

「力任せっつったって、腕力でどうにかなるもんじゃねぇぞ」

「力にも使い様と言う物があるという事じゃ。人の体に施す程度に改良してあるあの呪印ならばこのやり方で問題無かったのじゃが、星ごと、宇宙丸ごととなるとのう……。中身もまとめてぐしゃっと潰れてしまいそうでのう。試してみようという気にはならんのじゃ」

 トワは親指と人差指でプチっと潰す動作をして見せる。

「話を聞けば聞くほどお前が化物だって事しか分からんのだが? お前が俺をたばかってるんじゃなければだが、まあ俺を謀る様な理由もないしなあ」

「儂の話を信じた上で化物扱いする割には、お主は儂の事をあまり怖がらんのじゃな」

 フェムトの変わらぬ態度に、逆に感心するトワ。

「別に鵜呑みにしてる訳じゃあねぇぞ。裏付ける事実はあっても否定する材料がねぇってだけだ。それにお前のげんを信じるならむしろ俺の身は安泰だからな。その内俺の奴隷ものになる女に何をビビる必要があるってんだ。今からその時が楽しみだぜ」

「クックックッ。そうかそうか。精々気張るがよいじゃろう。儂もその時を楽しみにしておるのじゃ」

 実に愉快そうにトワは笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る